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証拠は、作られる——繋がる記憶

「まぁまぁ、うちの菊理事情なんて置いといて……」


 真耶が軽く手を振って、

 場を仕切った。


 へらっとした顔はなくなり、

 すぐに探偵の顔に戻った。


「昨日の放課後、誰もいなくなった廊下で、犯人はタオルを使ってロッカーを開けた」


 真耶は大袈裟に両手を広げた。


「すると何と言うことでしょう。事件を盛り上げるにはこれ以上ないくらいお誂(あつら)え向きの菊理が入ってた」


「……盗るよね。こんなの、事件としては“最高の駒”だ」


 僅かな笑いと、

 冷たい確信が潜んだ声。


 クラスの空気がざわりと揺れた。


 真耶は淡々と、

 でも逃げ場の無くすように続けた。


「そして今日、隙を見てカナタの荷物に忍ばせようとしたら、登校してすぐカナタが荷物検査をしたせいで、無実が証明されてしまった」


「そして莉愛は先生に報告した。そこで気づいたんだ」


「――まずいってね」


 私の行動で、犯人を追い詰めることができた。


(みんながいてくれて、よかった……)


「犯人は頭は切れるんだろうけど、すごく突発的な人。先生に言えば、菊理が放課後には見つかるってことも、きっと知っていた。だから盗む物の候補に、菊理は初めっから入ってなかったはず」


「……でも、衝動的に手を伸ばしてしまった。結果、後悔しただろうね。自分で自分に、時間制限を作ってしまったんだから」


 確信を持って告げる真耶の声が、

 教室全体をじわりと染めていく。


「犯人は、今日中に終わらせる必要があった」


 静かに、でも確信を持って言い切る。


「学園長が動く前に……カナタを犯人に仕立て上げるために」


 空気が重く沈む。


「でもこの時点で、“仕込み”は使えなくなった」


 真耶は顎に指を当てる。


「だから犯人は、次の手を選んだ」


 そして、カナタを見る。


「……カナタ。何か無くなってない?」


「ペンやハサミとか。硬くて、丈夫なもの」


 その問いに、

 カナタは一拍遅れて動いた。


 私の背に添えていた手を静かに離し、

 机に置いていた鞄を開ける。


 その動作はいつも通り落ち着いているのに、

 なぜか胸の鼓動が早くなる。


 鞄の中から、

 黒い布製のペン入れが現れた。


 ジッパーを開ける音が、教室に小さく響く。


 中を指先で探る。


 ひとつ、ふたつ……


 そしてカナタは動きを止めて、

 ひとつ瞬きをして答えた。


『……ボールペンが無い』


 カナタの静かな声に、

 教室の空気は瞬時に爆ぜたように

 ざわめき返した。


「やっぱりね」


 真耶の口角が、

 ほんの少しだけ跳ねた。


 勝ち誇ったような、

 楽しげな微笑み。


「な、何でわかったの……?」


 詩乃ちゃんの震える声に、

 真耶はゆっくりと言葉を紡いだ。


「犯人の新たな狙いは単純――」


 真耶は目を細める。


「菊理を壊す」


「その“痕跡”として、犯行現場にカナタの物を置く。あるいは傷に混ぜる」


「そうすれば、“証拠”が自然とカナタを犯人にしてくれる」


「計画としてはベタだけど、効果は抜群」


 真耶の声は冷静で、どこか楽しげだった。


 その論理の鋭さに、

 クラスのざわめきが一瞬、

 吸い込まれたように静まる。


「でも、ペンだけで壊せるか?」


 拓斗が眉を寄せて反論する。


「別にペン一本で完璧に壊す必要はない」


「例えば、先に踏みつけてボロボロにしてから、印象付けるためにペンを刺す」


「残るのは“証拠”だ」


 真耶の表情が、引き締まった。


「重要なのは事実じゃない」


 一瞬、教室の空気が止まる。


「事象を“どう受け取るか”だよ」


 その一言が、静かに突き刺さる。


「証拠があればいい。本当かどうかは関係ない」


 真耶の目が細くなる。


「……そうやって、人は簡単に犯人にされる」


(……そんなことで)


 息が詰まる。


(そんなことで、人の“正しさ”が決まるの?)


 もし、

 誰も事実を見ようとしなかったら、

 カナタは本当に犯人にされてた。


 たった一本のペンで。


「だけど――ここでも誤算があった」


 ぽつりと落とされた真耶の言葉に、

 胸の奥がひやりとする。


「誤算……?」


 真耶はゆっくりと頷いた。


「莉愛が、朝のホームルームの後、先生に報告した」


「あれが原因で、莉愛は今日一日中、誰かと一緒に行動するように言われた」


 そうだ。


 私は今日、

 一人にならないようにと、

 念を押されていた。


「だからカナタが……あと詩乃もかな?」


「この二人がずっと莉愛のそばにいた」


 真耶がふっと呆れたように笑う。


「……トイレまでついて行ったの?」


 茶化すような真耶の問いに、

 詩乃ちゃんが元気よく手を挙げた。


「私と外で一緒に待ってたよ!」


「おっ、いいね!」


 真耶の顔がふっと明るくなる。


 その笑顔に、

 張り詰めていた空気が少しだけゆるむ。


「要するに、カナタには“一瞬の隙もないアリバイ”がある」


「犯人はこの作戦も実行できなかったってわけ」


 その言葉を聞いた瞬間、

 私は思わず息を詰めた。


 ずっと一緒にいた。


 カナタが一人になる瞬間なんてなかった。


 何気ない行動が全部繋がっていく。


 カナタが自主的にした荷物検査。


 教室で、廊下で、昼休みのときでさえ、

 カナタと詩乃ちゃんは私のそばにいてくれた。


 その事実が、今は“証明”になっている。


「せっかくペン盗ったのにね」


 司が辺りを見回しながら、

 小声で呟いた。


 それは妙に現実味のある言葉だった。


「犯人、顔真っ青になってたんじゃない?」


 わざと軽い調子で言いながら、

 真耶は白髪の前髪を指先でさらりと払う。


 細めた目は笑っているのに、

 その奥はどこか冷えている。


 真耶は腕を組み、

 視線だけで教室をゆっくりと見渡した。


「カナタのアリバイが無い時を確認してから、菊理を壊すつもりだった。でもさ、当のカナタは、朝からずっと莉愛にべったりだったんだもん」


 ざわめきはないのに、

 視線が集まる気配だけ感じる。


「仕掛ける隙なんて、どこにもなかった。だから焦って、詰めを間違えた」


「……ほんと、お粗末」


 その声は軽いのに、

 どこか冷たかった。


 ――逃げ場を、ひとつずつ塞ぐような声だった。

読んでくださりありがとうございます。


証拠は、作れる。


だからこそ、

見えているものだけでは足りない。


静かに、確実に、

犯人は追い詰められています。


次は、その先へ。

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