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 階段の踊り場に着いた私たちは、魔械(マギア)創駆の制作のために魔械工学棟へ行くグループと、操導者の魔法の練習のために練磨演武場へ行くグループで分かれる。


「行ってきまーすっ!」


 詩乃ちゃんが軽快に左足の義足を鳴らすと、パッと手を振り、勢いよく鏡に飛び込んで行った。詩乃ちゃんも、もう鏡での移動に慣れたみたい。


 続いて優ちゃんと玲央くんが軽やかに鏡に入っていき、最後にカナタが残った。


 ふと目が合う。僅かに揺れた瞳は、何かを言いたげに見えたけど、結局何も言わずに鏡へと身を滑らせて行った。その残像が消えても、胸の奥にほんの少しの余韻が残る。


「……さて、俺たちも行くか」


 短く告げる拓斗の声に、私はハッと我に返った。拓斗のぶっきらぼうな言葉の裏に、不思議と頼もしさを感じる。


「そうだねっ」


 私は練磨演武場の光景を強く思い描きながら、左手の義手を鳴らす。小さな衝撃が掌から腕へと響き、次の瞬間、鏡の表面が波紋のように揺れた。


 練習が楽しみな気持ちと、ほんの少しの緊張とが混ざり合いながら——私は鏡の中へと飛び込んだ。

  鏡を抜けると、いつもの練磨演武場の光景が広がった。


 外の訓練場では、選択授業『赤』を受ける人たちが、演習服を着て集まっていた。


 私たちは、訓練場に沿ってある長い廊下を歩いていく。やがて辿り着いたのは、魔械(マギア)訓練館。


 天井は高く、どこまでも広がるような開放感がある。壁は淡い灰色の石でできていて、所々に魔力を吸収する紋様が刻まれていた。魔法の暴発を抑えるためのものだと聞いたことがある。


 その広さは学校の体育館なんて比じゃなく、奥の方にはいくつも仕切りがあり、それぞれが小さな訓練室として区切られているようだった。


 広々とした空間は何度も足を運んだはずなのに、足を踏み入れる度に胸の奥がキュッと引き締まる。


 魔械(マギア)訓練館の中央には、練習用の器具がずらりと並んでいる。義手や義足を置いて魔法を発動するための台座や、衝撃を吸収するための魔法石を埋め込んだパーテーション、さらには魔力の軌跡を確認するための鏡面パネルまで用意されている。最初に来た時はその物々しさに圧倒されたけど、今では自然と自分の義手を鳴らす手が動くようになっていた。


 奥の方からは、他の生徒たちが訓練をしている音が響いてくる。義足を床に打ち鳴らす乾いた音、火花の弾ける音、風を切る轟音。それらが交じり合い、まるで大きな楽団の演奏みたいに部屋全体に広がっていた。


 私たちは三人で個室の訓練室へ入った。扉が閉まると、外のざわめきがスッと消え、張り詰めた空気が胸に触れる。


 個室の訓練室の中は縦長で、奥の広い空間に創駆が静かに待っていた。入口付近には、机の上と床にひとつずつ、義肢を嵌めるプレート状の魔械(マギア)機器が置かれている。あの小さな金属に自分の義手を嵌めると、創駆から魔法が発動する。


「じゃあ今日は、どれを練習しようかなぁ……」


 私は今日、重点的にする魔法をどれにしようか悩んだ。どの選択が一番効率的で、かつ自分に合っているのか考えれば考えるほど、胸の奥に小さな緊張が重くのしかかる。


 操導者が使う魔法は、主に三つ。


 一つ目は、触覚魔法の触裂撃(しょくれつげき)。創駆から衝撃波を放ち、障害物や飛来物を粉砕する魔法。


 破壊の音が訓練室に響いた時の迫力を思い出すだけで、背筋に電流が走るような気がする。


 二つ目は聴覚魔法の聴護環(ちょうごかん)。創駆の周囲に音波の壁を巡らせ、迫りくる攻撃を弾き返す。


 耳を澄ませば、結界が生まれる瞬間、空気の震えと一緒に低く唸る音が広がるのが分かる。その包まれる感覚は不思議と心を落ち着ける。


 三つ目は視覚魔法の視壁結界(しへきけっかい)。光の屈折を操り、姿を霞ませることで、まるで存在を消すかのように駆け抜ける。狙撃してくる魔械(マギア)のレーザーに見つからないように走れるようになる。


 うーん、と悩んでいると、晶くんが私たちに向かってふわりと笑みを浮かべながら尋ねた。


「ふたりは、三つの魔法でどれが得意なの?」


 その笑顔は、見ているだけで胸の奥が温かくなるような、安心感を与えるものだった。私は思わず肩の力を少し抜き、素直に答えた。


「んー、私は聴護環(ちょうごかん)かなぁ。防御の方が安心する」


 答えると、晶くんは目を細めてうんうんと頷いてくれる。その仕草に、ホッとした気持ちが広がるのを感じた。


 そしてすぐに視線を拓斗に移す。視線だけで「拓斗は?」と聞いているように見える。


 拓斗は少し眉をひそめた後、言葉を絞り出すようにして答えた。


「……触裂撃(しょくれつげき)、かな」


 私は内心、晶くんの視線に拓斗が押されてないか少し気になったけど、その答えは素直で、ちゃんと自分を見てのものだった。


「それじゃあ、今日は誰も得意じゃない視壁結界(しへきけっかい)にしない? 俺もこれ苦手なんだよねぇ」


 そう言って晶くんは早速準備に取り掛かる。わざと私たちに合わせているような、ほんの少しだけ人たらしっぽい雰囲気——


 でもその裏に悪意はなく、寧ろ楽しそうに挑戦を勧めてくれる。その微妙な空気に、私は少しだけ違和感を覚えた。


(カナタが言ってたのは、このことかな……?)


 ふと拓斗をチラッと見ると、拓斗もどうやら同じように違和感を感じたようで、少しだけ居心地が悪そうな雰囲気だった。


「……よしっ、準備できたよーっ」


 晶くんは、準備をしてくれていたようで机の上の魔械(マギア)機器は、光を発していた。私たちは拓斗は、チラッと目を合わせた後、無言で晶くんの元へ向かった。

 一時間ほど、視壁結界の練習を続けた私たちは、もうヘトヘトになっていた。


(流石に、一時間ぶっ続けは、やり過ぎたかも……)


 頭の奥がジンジンして、視界が少し揺れる。私はフラつく足を止めて、隣のふたりの様子を伺った。


 拓斗は両手で目元を覆い、明らかに私より辛そうだった。晶くんは息を整えながらも、すぐに拓斗へ声をかける。


「拓斗くん、大丈夫? 視覚魔法、苦手な方だった?」


「あぁ……うん、苦手……」


 拓斗の声は微かに掠れていて、本当にキツそうだった。私だって目が回っているんだから、苦手な拓斗は尚更だろう。


「すごい真剣に打ち込んでたもんね。真面目だなぁ。すごく頼りがいあるよ。俺、横で見てて安心するもん」


 不意にかけられた言葉に、拓斗は手を下ろして晶くんを見た。その表情は、悪い気はしていないのに、どうにも落ち着かないような…居心地の悪さが滲んでいる。


「……そうか」


 短く答える声に、妙な硬さが混じっていた。


「本当だって。拓斗くんが頑張ってるの見てると、俺も頑張らないとなって思えて助かるよ」


 さらりと、まるで用意された台詞みたいに褒め言葉を重ねてくる晶。素直に受け取れば嬉しいはずなのに、拓斗は口をつぐんでしまった。


 そのまま、今度は私に向き直る。笑みを崩さず、声色までも柔らかくして。


「莉愛ちゃん、手付きが綺麗だよね。だからかな? 魔法も見惚れるくらい整ってる」


「えっ……」


 あまりに突然で、私は思わずキョトンとしてしまった。


「それに、やっぱり気配りがすごいね。俺が余計なことしないように、いつも先に気付いてくれるし」


「…………」


「こうして一緒にいるとさ、俺、何か安心して笑ってられるんだよ」


 優しい声が降り注ぐ。褒め言葉に包まれて、心のどこかがくすぐったくなる。それなのに、胸の奥では小さな違和感が膨らんでいった。


 ——自然すぎる。

 ——上手すぎる。


 悪意なんて感じない。寧ろ気を遣ってくれているのは分かる。だけどそれが逆に、どこか取り繕ったもののように思えてしまう。


 拓斗もまた、同じように居心地の悪さを滲ませていて、私はその横顔を見ながら「私だけじゃないんだ」と胸の奥で小さく息を吐いた。


「個室を次の人に交代しないとだけど、二人共こんな状態だし、練習はやめて創駆制作の方に合流する?」


 晶くんは、私たちの様子を見て、あっさりと魅力的な提案を口にした。


「あっ、それがいいかも……今日はもう無理……」


 まだ視界がゆらゆら揺れている私は、迷わずその提案に乗る。


「……俺も」


 拓斗も低く唸るように同意した。その声は弱々しく、普段の拓斗からは想像できないものだった。


「よしっ、それじゃあ二人はそのまま休んでて。俺、片付けちゃうから」


「いやいや、俺らもやるよ」


「そ、そうだよっ。私も——」


 そう言って立ち上がろうとした瞬間、足元がグラりと揺れた。


 頭の奥で鐘が鳴ったみたいに世界が傾き、視界が真っ暗に沈んでいく。


(っ! 転ぶっ!)


 心臓が跳ね、思わず目をギュッと閉じた。だけど、いつまで経っても床に叩きつけられる痛みは来ない。


 恐る恐る目を開けると、すぐ目の前に晶くんの顔があって、私をしっかりと抱き留めているのが分かった。


「大丈夫っ!?」


 耳元で焦った声が響く。距離が近過ぎて、心臓の鼓動まで聞かれそうで、顔が一気に熱くなる。


「あ……ありがとう……」


 震える声でそう返すしかなかった。


「これから歩くからさ、ふたりは大人しく休んでて」


「は、はい……」


 逆らう余地のない優しさに、私は素直に従うしかなかった。こんな状態じゃ、戦略どころか足手まといだと痛感する。


 拓斗も同じことを思ったのか、壁に寄りかかって座り込んでいた。私はそっとその隣に腰を下ろし、同じように背を壁に預ける。


 鼓動が早く鳴っているのは、魔力疲れのせいか、それともさっきの出来事のせいか。


 視線の先では、晶くんがテキパキと後片付けを進めていた。動きは無駄がなく、息切れの気配すらない。


「……晶くんは、何で平気なんだろう……?」


 思わず口にすると、自分でも小さな嫉妬が混ざっているのが分かった。


「……それな」


 拓斗も短く呟き、半眼のまま晶くんを見ている。


 私たちふたりが、ぐったりと座り込んでいる間に、晶くんだけが軽々と立ち働く。その光景に、安堵と同時に、言葉にできない居心地の悪さが胸に広がっていった。


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