09
「芽依ちゃんは、操縦者と操導者はどっちになったの?」
今は弥生寮の食堂。朝のざわめきとパンの香りに包まれながら、詩乃ちゃんと芽依ちゃんたちと一緒に朝食を摂っている。
コーンスープと、グラノーラを散らしたヨーグルトを食べ終わった私は、食後のミルクティーを両手で包み込むように持ちながら、芽依ちゃんに尋ねた。
「私は、操縦者だったよっ」
「あっ、私と一緒っ!」
詩乃ちゃんが弾むように声を上げる。その明るさに、芽依ちゃんは詩乃ちゃんとパチンと手を合わせて、柔らかく微笑んだ。
「優ちゃんも操縦者だし……なかなか操導者が周りにいないなぁ」
私は思わず視線を上げて思考する。詩乃ちゃんも芽依ちゃんも優ちゃんも、それにカナタもみんな操縦者。私の近くで操導者なのは、拓斗と玲央くんくらいしか思いつかない。
「そうだねぇ……他のクラスの友達も、操縦者だった気がする……」
芽依ちゃんが少し首を傾げながら思い出すように言った。その仕草が可愛らしいのに、答えの内容に私は一気に肩を落とす。
「え〜ん……」
情けない声が口から漏れて、ティーカップを持つ手が力なくテーブルに落ちた。周りの操導者が少なすぎる現実に、胸の奥が沈んでいく。何だか私だけ置いていかれたみたいで、ほんの少し心細くなる。
「……で、でもペアは詩乃ちゃんでしょっ! すごいね、またふたりが一緒なんてっ!」
芽依ちゃんが少し慌てたように、でも真っ直ぐな声で言ってくれる。その気遣いが胸に響いて、じんわりと温かいものが広がった。
「そうだね、それは本当に嬉しい」
私が素直に言葉を返すと、詩乃ちゃんはパッと花が咲いたみたいに笑った。その笑顔が、眩しいほどに輝いて見える。
(あぁ、やっぱり一緒でよかったな)
そんな想いが胸いっぱいに膨らんで、自然と私まで顔が綻んでしまった。
「操導者同士の関係も必要かもしれないけど、やっぱり大事なのはペアの相手じゃないかなって思うよっ」
芽依ちゃんが、ふわりと柔らかい笑みを浮かべながらそう言った。その声音は、慰めというより背中をそっと押してくれるようで、胸の奥が温かくなる。
自分でもどこか納得できる言葉だったから、自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
「……うん、そうだね。私もそう思う」
そう答えると、詩乃ちゃんが嬉しそうに体を小さく左右に揺らして微笑んだ。その仕草は、弾む気持ちを隠しきれない子どものようで、とっても可愛らしかった。
不安よりも安心が、胸の中に広がっていく。こうやって笑い合える仲間がいることが、きっと一番の支えになるんだなと思った。
「それじゃあ、操導者同士の相談は拓斗と玲央くんとするかなぁ」
「うんっ、それがいいよっ!」
詩乃ちゃんが、明るく同意してくれる。その声を聞いただけで、何だか本当にうまくいきそうな気がしてくるから不思議だ。
「えっと、拓斗くんはたまに一緒に帰ってる人だよね? 玲央くんは……あっ、階段で会った人?」
芽依ちゃんが、少し首を傾げながらも確かめるように言った瞬間、私は思わず息を呑んだ。
これは……チャンスだっ!
芽依ちゃんに、玲央くんの印象を聞けるかもしれない。
そっと詩乃ちゃんに目をやると、同じことを考えていたみたいで、目をまん丸に見開いて私と視線を合わせてくる。
思わず小さく頷き合った。心の中で、秘密の合図を交わしたみたいでちょっと楽しい。
「……そうそう、よく覚えてたねっ」
私は自然に会話が続くように相槌を打つ。声が僅かに上ずったのは、心臓が期待で早く打ち始めたから。
「芽依ちゃん、玲央くんに会ったことあったんだっ! 私、最初はちょっと怖かったんだけど、芽依ちゃんはどう思った?」
詩乃ちゃんが、まるで用意していたみたいに質問を繋いでくれる。
(ナイス詩乃ちゃんっ!)
「えっ。う〜ん……そうだね、莉愛ちゃんがいなかったら、話しかけられない雰囲気だったかなぁ」
芽依ちゃんは、少し考えるように視線を泳がせながら答えた。その仕草を見て、やっぱり第一印象はみんな同じなんだな、と胸の奥で小さく呟いた。
「でも、カッコいい人だよねっ。化粧の仕方次第で、色んなタイプのイケメンになりそうっ」
(おぉっ!!)
思わず心の中で声を上げてしまう。確かにその通りだ。私だってそう思ったし、前に優ちゃんも、寧ろ芽依ちゃんの方が化粧したがるかもって言っていたのを思い出す。
「じゃあ、部活の方で男の子がモデルの時に、お願いしてみる?」
詩乃ちゃんが目を輝かせて提案する。詩乃ちゃんのこういうところ、本当に頼もしい。
「え〜、いいよって言ってくれるかなぁ?」
芽依ちゃんは、楽しそうに眉を下げながら小首を傾げる。
(絶対に言うよ)
私は心の中で即答した。多分、横にいる詩乃ちゃんも同じ気持ち。私たちの間に一瞬、目に見えない電波が走ったような気さえした。
そんな話をしているうちに、私たちの食堂利用時間も終わりが近付いてきた。名残惜しい気持ちを胸に、それぞれ食器を片付けて一旦部屋へ戻る。
私と詩乃ちゃんは、洗面所で並んで歯を磨いた。鏡越しにチラリと目が合うと、ふたりして小さく笑ってしまう。
こうして毎朝同じ時間を過ごしていると、日課のひとつが小さな儀式みたいに思えてくる。
歯磨きが終われば学生鞄を手に取り、忘れ物がないか入念にチェック。心のどこかで「今日は大事な一日になるかもしれない」何て気がして、普段よりも少しだけ真剣になる。
そして待ち合わせをしていた、芽依ちゃんがいるエレベーターホールへ向かう。エレベーターの扉の前で待っていた芽依ちゃんは、私たちを見つけると手を軽く振ってくれた。
小さなその仕草に安心感が湧いて、私たちは三人揃ってエレベーターに乗り込み、一階へと降りていった。
一階に着いて寮を出ると、バスロータリーへ向かう道の途中に、見慣れた背中が目に入った。優ちゃんだ。詩乃ちゃんが真っ先に声を上げる。
「あっ! 優ちゃーんっ!」
呼ばれて振り向いた優ちゃんが、私たちだと気付いて立ち止まる。その瞬間、自然と足が速くなり、小走りで駆け寄った。
「おはよー!」
「おはようっ」
「おはよっ」
三人同時に声を揃えて挨拶すると、優ちゃんは目を細めて笑いながら言った。
「おはよう。『女三人よればかしましい』って言うけど、本当ね」
「かしまし?」
聞き慣れない言葉を首を傾げて反復する詩乃ちゃん。
「賑やかってことっ」
優ちゃんはクスリと笑いながら答えると、再び歩き出した。私たちも並んで肩を寄せ合うように歩き出す。その途中で、優ちゃんが小さく声を上げた。
「……あら、あれ、カナタちゃんじゃない?」
言葉に釣られて如月寮の方へ視線を向けると、確かにあの独特のマスク姿は見間違えようもなくカナタだった。
その隣には見知らぬ男の子がいて、ふたり並んで歩いている。
(如月寮の友達、かな?)
そう考えると同時に、胸の奥がチクリとした。カナタはそう簡単に心を開かない。だからこそ、新しい友達ができたのなら、それは本当に喜ばしいことのはずだ。
でも、心のどこかで「自分の知らないところに、カナタの時間がある」ことを思い知らされて、少しだけ取り残されたような寂しさが生まれる。
——分かってる。カナタにはカナタの世界があって、そこに私が全部入り込む必要なんてない。
そう言い聞かせても、心の片隅に疼く痛みは簡単には消えてくれなかった。
ほんの少しの胸の痛みを抱えながら、私は視線を前に戻し、バスロータリーへ向かって歩みを進めた。




