表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機械仕掛けの魔法使い  作者: Runa
2章 門出の選択。
7/72

01

♩〜♩♬〜♫〜♪〜





——————————————————————————




「最後の卒業練習、終わっちゃったね。莉愛ちゃん。」


 午後の日差しが、校庭の向こうから差し込んでいる。廊下の窓から差し込む光が、ほんのりと春の香りを運んできた。


 卒業生だけの特別練習が終わり、みんなが体育館からそれぞれの教室へ戻っていく中に、詩乃ちゃんと私は、並んで歩いている。


 明日は卒業式。だから、これが初等部での最後の1日だった。


 前に届いた中等部の制服と羽織は、袖を通しただけで胸が高鳴った。直しもいらなかった。準備はすべて整っている。


 あとは明日、初等部を卒業するだけ。


「そうだね。何だか、あっという間だったね。」


 私がぽつりと呟くと、詩乃ちゃんは小さく頷きながら、ふふっと笑った。


「中等部から、魔法の実技授業とか試験があるんだよね。少しだけ楽しみなんだよね!」


 詩乃ちゃんは、魔法を使うのがとても上手で、いつも教室で、折り紙で作った鳥を魔法で舞わせていた。


(きっと、中等部でもすぐに人気者になるんだろうな。)


「中等部……“天律学園(てんりつがくえん)”は、みんな寮生活なんだよね。少し不安だな。」


 私がそう呟くと、詩乃ちゃんはちらりと私を見て、また笑った。


 天空律環(てんくうりっかん)学園———通称、天律学園(てんりつがくえん)


 中等部と高等部が一緒になってる学園は、空中大陸に暮らす13歳から18歳までの学生、約70000人が通う巨大な学園都市。


 中央都市内にある、広い敷地に校舎と12の寮、そして魔法の研究施設や訓練場が集まっている。


 そこで私たちは、また新しい生活を始める。魔法を学んで、仲間を作って、自分だけの未来を探していく。ほんの少しの不安と、沢山の期待を抱えて。


「寮はどこになるんだろうね〜! 莉愛ちゃんと一緒だったら嬉しいなっ!」


 詩乃ちゃんが、明るい声で笑いながら言う。


 天律学園(てんりつがくえん)には、和風月名がつけられた12の寮がある。どの寮になるかは、入学式の儀式によって決まるんだって先生が言ってた。


 その儀式では、魔力の資質や性格の傾向、魂の響き方まで見られるらしく、学園はその結果を基に、生徒たちの可能性をもっとも引き出せる環境へと導くらしい。


 この寮は、ただ勉強のために用意された場所じゃなくって、食事も、眠ることも、毎日の暮らしそのものを共にする、まるでもうひとつの家のような空間。


 ——魂の波長が似た者同士が集められる。


 そんな話を、お母さんがしてくれたことがある。


“波長の合う人が集まるから、とても過ごしやすいのよ。”


 微笑みながらそう言ったお母さんの顔を思い出す。


 誰と同じ屋根の下で日々を過ごすのか、まだ知らないけど、不思議と不安はなかった。きっと、心の奥のどこかが、ちゃんと繋がっている。そんな人たちと出会える気がしていた。


「ねっ! 一緒だといいね!」


 私がそう返すと、詩乃ちゃんはにっこりと笑って、嬉しそうに頷いた。そんな他愛もない会話をしているうちに、いつの間にか教室の前まで戻ってきていた。

 教室の扉を開けて中に入ると、もう何人かのクラスメイトが席に着いていた。詩乃ちゃんとバイバイして、自分の席に向かうと、もう後ろの席にはカナタが座っていて、頬杖を突きながら静かに窓の外を眺めていた。


「明日は卒業式だね。カナタは初等部生活、どうだった?」


 私が席に座り声をかけると、カナタは顔をこっちを見て、相変わらずの穏やかな表情で目を細めた。


『んー…楽しかったって言えるほど簡単じゃないし、辛かったって言い切るほど悪くもなかったけど…。』


 言いながら、カナタは少しだけ目を細めて、機械混じりの声を漏らす。言葉を探すように宙を見上げたあと、小さく首をかしげて、ぽつりと続けた。


『…よく分からないや。でも、大事な時間だったと思う。』


「うん、何か分かる気がするっ。」


 曖昧だけど、どこか核心をついているようなその言葉に、思わず私は笑ってしまった。


 カナタはしっかりしていて大人びているけど、時々ぼんやりしている。だけど、そういうところが何だか心地いい。


 いつものように帰りの準備をして、席でカナタとお喋りをしながら先生を待つ。この時間も、今日で最後。


 チャイムが鳴って、教室のざわめきが少しだけ静まった。扉が開き、担任の先生がいつものように教室に入ってくる。


「みんな、席に着いてください。今日はちょっとだけ、話したいことがあります。」


 先生の声に、空気が自然と引き締まる。立っていた生徒は席に着き、窓際の光が傾く教室に、しんとした静けさが広がった。


「……明日は、いよいよ卒業式ですね。こうしてみんなの顔を見るのも、もう明日で最後になるのかと思うと、ちょっとだけ寂しくなります。」


 先生の声は、普段と変わらず丁寧だったけど、どこかその奥に、温かくて切ない何かが滲んでいた。


「みんなと出会ったのは、もう6年前になりますね。あの頃は、学生鞄が大きくて、小さい体で一生懸命に歩いていましたね……。今じゃ、ちゃんと力強く歩いていける子たちになりました。」


 教室のあちこちで、クスッと笑いがこぼれた。だけど、すぐにまた静かになった。先生は、少し間をおいてから続けた。


「この初等部で過ごした時間は、みんなの中で、きっとこれからも静かに息づいていくと思います。楽しかったことも、悔しかったことも、全部があなたたちを作っていきます。」


 先生の真剣な眼差しと、その奥にある優しい言葉が、静かに、でも確かに胸の奥に降り積もっていく。


「中等部に進んでも、失敗を恐れずに、自分の心の声を大切にしてください。あなたたちなら、大丈夫。自信を持って進んでください。」


 気付けば、ほんの少しだけ息が詰まりそうになって、私はそっと義手の指先を握りしめた。


 温かくて、ちょっぴり切ないその思いに、胸の奥がきゅっと、優しく締めつけられるようだった。


 誰も声を出さなかったけれど、きっと全員が、先生の言葉をちゃんと心の中で受け止めていた。


 先生が、ふっと柔らかく笑った。


「では、明日の卒業式について連絡します。式は朝9時から。制服と羽織を着て、8時半までに教室へ集合です。遅れないように。家族の方と一緒に来る人は、入口の案内にしたがって入場してください。」


 メモをとるペンの音が、小さく教室に響く。


 ああ、本当に明日で卒業なんだ。


「……それでは、今日はここまで。また明日、会いましょう。日直、号令を。」


 先生が、いつも通りの明るい声で言った。全員で声をそろえて挨拶をする。


 椅子の軋む音、鞄を閉じる音、机の引き出しを確認する音。だけど、みんな何となく名残惜しそうに、すぐには教室を出なかった。


 私は、窓の外をもう一度見た。柔らかな日差しが、街並みを金色に染めていた。


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

あなたの一押しが、物語を未来へと運びます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ