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詩乃ちゃんと軽くおしゃべりをしながら、勉強机で教科書をパラパラとめくっていたその時だった。机の端に置いてあった菊理が、キラキラと澄んだ音を鳴らし、中央の魔法石がふわりと光始めた。
視線を移すと、隣の詩乃ちゃんの机の上にある菊理も同じように淡く輝いている。どうやら、詩乃ちゃんの菊理にも連絡が届いたらしい。
光を帯びる菊理を見つめていると、頭の中に芽依ちゃんの姿が思い浮かぶ。
「あっ!芽依ちゃんだっ!」
詩乃ちゃんも同時に声を上げた。芽依ちゃんが私たち2人に同じ連絡を送ってくれたみたい。
「複数人でお話しできるのかな?」
「どうだろうねっ。取り敢えず出てみよっか!」
私が頷き、菊理の魔法石をトントンッと優しく叩く。すると、すぐに澄んだ声が響いてきた。
[わっ!できたっ!2人共、聞こえるかなっ?]
「うんっ、聞こえるよー!」
[莉愛ちゃんは?]
「うん、ちゃんと聞こえるよっ。」
菊理を通して繋がる声に、部屋の空気が一気に明るくなるような気がした。
[よかったっ! ねぇねぇ、夕食みんなで一緒に食べない?]
芽依ちゃんの弾むような声が菊理から響いた。夕食のお誘いだった。私は隣の詩乃ちゃんと目を合わせ、同時に笑みを浮かべて頷き合う。
「うんっ! 一緒に食べよっ。」
「誘ってくれてありがとう。」
[わ〜いっ! 何時に行く〜?]
そんなやりとりを交わし、食事の時間を決めると、芽依ちゃんが時間前に私たちの部屋まで来てくれることになった。
[それじゃあ、また後でっ!]
明るい声と共に通信が切れ、菊理の魔法石がゆっくりと光を落としていく。
「じゃあ、芽依ちゃんが来るまでゆっくりしてよっかっ!」
「そうだね。」
私は机の上に広げていた教科書を鞄へしまい、詩乃ちゃんとおしゃべりしながら時間を過ごした。
やがて、軽やかなノックの音が部屋に響く。
「はぁ〜いっ。」
スリッパをパタパタと鳴らしながら、詩乃ちゃんがドアへ駆けていく。カチャリとノブが回り、扉が開くとそこには笑顔の芽依ちゃんが立っていて、元気に手を振ってくれた。
「ふふっ、どう?準備できてる?」
「うんっ、お腹空いた!行こっかっ!」
振り返った詩乃ちゃんの視線に促されて、私も頷く。
「うん、行こっ。」
私は鍵を手に取って立ち上がり、3人で並んで部屋を出た。カチリと音を立ててしっかり施錠し、エレベーターへ向かう。ボタンを押して、待つ間に自然と話題はクラスのことに移った。
「20組はどんな感じ?」
「んー、まだ初日だからちゃんとは分からないけど……同じクラスの弥生寮の人は、私以外みんな男子だったのはちょっと残念かな。」
ちょうどエレベーターが到着し、扉が開く。私たちは3人で乗り込んだ。
「そっかぁ……。仲良くなれるといいねっ。」
詩乃ちゃんが、少し心配そうに言葉を添える。
「うん、寮に関係なく仲良くなれそうな子もいるから大丈夫っ!」
芽依ちゃんは明るい笑みを浮かべ、胸を張るように答えた。
19組の弥生寮の子は、私と詩乃ちゃんと優ちゃんの三人。初日は詩乃ちゃんと一緒だったから不安もなかったし、思いがけず優ちゃんとも仲良くなれて———少しずつ、この場所が居心地よくなってきている。
芽依ちゃんにとっても、20組がそんなクラスになって欲しいなと、私はそっと願った。
1階に到着したアナウンスと共に、エレベーターの扉が開く。外に1歩踏み出すと、食堂の方から賑やかな声と音が聞こえてきて、賑やかな空気が廊下まで溢れていた。
私たちは人の流れに混ざって食堂へ向かう。大きな扉をくぐると、温かいスープの香りや、焼いた魚の香ばしい匂いがふわっと鼻をくすぐった。
壁際の掲示板には、その日の夕食のメニューが並んでいる。
今日の夕食は、『カレー』『焼き魚』『ビビンバ』。
「わぁ、今日はカレーもあるっ!」
詩乃ちゃんが嬉しそうに声を上げる。
「私はお魚にしようかな。いい匂いだしっ。」
芽依ちゃんがメニューをじっと見ながら小さく微笑む。
「うーん…どうしようかなぁ。」
私も悩みつつ列に並ぶ。やっぱりスープに引かれてしまう私は、ワカメスープが付いているビビンバにすることにした。私たちの順番になり、厨房の人にお願いをする。
受け取ったトレイには、温かい湯気を立てる料理と、彩りのいい小鉢、そしてスープが並んでいた。
3人で辺りを見渡すと、少し空いていた窓際のテーブルを見つけて、私たちはそのテーブルにトレイを置き、椅子に腰を下ろす。「いただきます」の挨拶をして、そしてまた、会話に花を咲かせる。
「芽依ちゃんが優ちゃんと知り合いなのは、驚いたよっ!」
詩乃ちゃんが目を丸くして言い、カレーをスプーンでひとすくいして口に運ぶ。
焼き魚を箸でほぐしていた芽依ちゃんは、ふっと小さく笑った。
「初等部は一緒だったんだ。でもクラスは違ったの。その頃から優ちゃんはね、自分をちゃんと持ってて…化粧もすごく上手で、カッコよかったんだ。」
そう言って、大根おろしと一緒に魚を口に運ぶ。頬を少し緩めた芽依ちゃんの瞳が、記憶を辿るように煌めいていた。
「…優ちゃんって、初等部の時からずっとあんな感じだったの?」
私がそう尋ねると、芽依ちゃんは首を横に振る。
「ずっとじゃなかったよ。確か、4年生の時からかなぁ。ある日突然お化粧して登校してきてさ。先生もみんなもびっくりしてたの。でも…子どもながらに、本当に綺麗だなって思ったの。」
芽依ちゃんの声には、あの瞬間を思い出しているような憧れが混じっている。
「男子はからかう子もいたけどね…。でも、そういう子は体育のドッジボールで、優ちゃんにコテンパンにやられてたの!」
芽依ちゃんは思い出し笑いをするように肩を揺らした。
私はその光景を想像して、思わずクスッと笑ってしまう。
「わぁ…優ちゃんらしいなぁ。」
「ねっ!」
詩乃ちゃんもすぐさま頷いて、嬉しそうに同意した。
「………何の話してんの。」
私たちの頭上から、不意に落ちてきた声。
思わず3人で同じ方向を振り向くと、そこには——どこか見覚えがあるけど、誰なのか分からない男子が立っていた。
私と詩乃ちゃんは、ただポカンと口を開けたまま見上げる。すると、芽依ちゃんが「あっ」と声をあげた。
「あっ、優ちゃん。今からご飯?」
「いや、もう食べ終わった。……で、俺の名前が聞こえたから見てみたら、何か盛り上がってるから気になって来てみた。」
その一言に、私と詩乃ちゃんは同時に固まった。頭の中が真っ白になって、言葉がようやく口から飛び出す。
「「えっ!?優ちゃん!?」」
2人同時の声に、芽依ちゃんと優ちゃんは揃って肩を震わせて笑った。
「いい反応だねぇ、優ちゃん。」
「ああ。……この姿では初めまして、かな。」
そう言って軽く笑う優ちゃんは、私が学校で見たあの「優ちゃん」とは、まるで別人だった。
深みのある色黒の肌、光を受けて輝く銀髪。大人びた雰囲気は変わらないけど、服装はもちろん、口調も全然違う。どこからどう見ても、男の人だった。
「こんなに変わるものなんだぁ……。」
私と詩乃ちゃんが優ちゃんの変わり身に感動していると、芽依ちゃんが楽しげに笑って席を勧めた。
「座れば?ここ空いてるよっ。」
「じゃあ、飲み物持ってくる。」
優ちゃんは軽く手を挙げて歩き去り、その後ろ姿を見送る私たちは、ただただ唖然としたままだった。