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私たちの戦い方——双輪試走

 次に現れたのは“魔障コース”。


 床に道筋だけが描かれた、

 何もない広い空間。


 見た目は簡単そうなのに、

 実際はそうじゃない。


「あー、ここか……」


 教室のあちこちから、

 そんな小さな声が漏れた。


 みんな一度は苦戦したコースだからこそ、

 空気が少しだけ引き締まる。


 スクリーンの中で、

 詩乃ちゃんの創駆は道順通りに進もうとする。


 だけど、

 どれだけ前へ出ようとしても、

 その場からまるで動かない。


〈ん? あれ〜?〉


 詩乃ちゃんの困った声に、

 教室の何人かが苦笑した。


 そのとき、

 アナウンスが静かに響く。


〈聞こえてくるのは、重なり合う音の調べ。その響きに、どんな和音(わおん)を見出すのか〉


 直後、

 いくつもの音が重なり合って鳴り始めた。


〈出たなっ! 和音(わおん)っ! 拓斗くんに聞いておけばよかったー!〉


 詩乃ちゃんの半ば叫ぶような声に、

 教室の空気が少しだけやわらぐ。


「……何で俺なんだよ」


 拓斗が眉をひそめる。


「音楽って言ったら、拓斗くんでしょ?」


「初等部で習っただろ……」


 呆れ半分の返しに、

 近くの席からくすっと笑いが漏れた。


 スクリーンの中の私は、

 慎重に耳を澄ませるように少し顔を上げていた。


〈えっと……ドレミで答えるってことかな?〉


〈じゃあ、全部言ってみたらクリアできるかなっ? 『ド・レ・ミ』!〉


 詩乃ちゃんが明るく答えた、その直後——


〈不正解。問いは増え続け、道はどこまでも続いてゆく〉


 再び、音が重なって鳴り響く。


〈えっ! 何なに? 間違えたらヤバいやつ!?〉


 教室のあちこちから

 体験者らしい声が漏れた。


 あのときの嫌な感覚を、

 みんな思い出したのだろう。


〈ちゃんと考えてやらないと、大変なことになるね……〉


〈わーん! ごめんねっ!〉


 詩乃ちゃんが勢いよく謝る。


 その直後、

 スクリーンの中の私は、

 急に周囲を見回し始めていた。


(あ……)


「あら、莉愛どうしたの? きょろきょろして」


 いつの間にか

 女の子の口調に戻っていた優ちゃんが、

 不思議そうに首を傾げる。


「えっと……このとき、声が聞こえてきたの」


 口にしながら、

 自分でも少し不思議だった。


 あのときの感覚を思い出すと、

 胸の奥がまだ少しざわつく。


「声?」


 優ちゃんが真剣な目でこちらを見る。


 そのときだった。


〈詩乃ちゃんっ! 『レ・ファ・ラ』だよっ!〉


〈『レ・ファ・ラ』!〉


 詩乃ちゃんが答えた瞬間、

 止まっていた創駆がすっと前へ滑り出す。


〈次は『ミ♭・ソ・シ♭』だよっ!〉


〈『ミ♭・ソ・シ♭』っ!〉


 詩乃ちゃんは迷わず答え、

 さらに先へ進んでいく。


「俺、全然わかんなかったんだけど!」


 玲央くんが目を丸くして声を上げた。


「いや、声が教えてくれて……」


 そう答えながら、

 自分の声が少し震えていることに気づく。


 あのとき、

 自分にしか聞こえなかったものを

 今こうして口にするのは、

 少しだけ勇気が要った。


「え〜、俺のときそんなのなかったぞ〜」


 玲央くんが不服そうに唇を尖らせる。


 その顔が少しおかしくて、

 思わず苦笑いが零れた。


 そんなやり取りのうちに、

 スクリーンの中では

 魔障コースを抜けていた。


 画面の向こうの詩乃ちゃんが、

 ぱっと顔を明るくしているのが見える。


 続いて映し出されたのは、“霧幻コース”。


 教室のざわめきが、

 今度は別の意味で少し落ち着く。


 ここもまた、

 みんなの記憶に強く残っているコースだった。


 スクリーンの中は、

 一面の白い霧。


 数歩先すら見えない。


〈なっ、何ここっ!? 怖いっ!!〉


 詩乃ちゃんは創駆を止め、

 その場にしゃがみ込んでしまう。


 画面越しでも、

 怯えが伝わってくるようだった。


〈詩乃ちゃんっ、大丈夫っ!? 降りちゃダメだよっ!〉


 慌てる自分の声に、

 あのときの焦りがそのまま蘇る。


〈降りないよっ! でも、怖いっ!!〉


 耳を塞ぎながら震える詩乃ちゃんの姿に、

 胸の奥がきゅっと締まった。


 横目で隣の詩乃ちゃんを見ると、

 今も少しだけ肩をすくめていた。


 そっとスクリーンへ視線を戻した。


 映像の中の私は、

 落ち着かせるように静かに声をかけている。


〈詩乃ちゃん……しゃがんで、目を瞑ったまま……前に進める?〉


〈え……そんな進み方で、大丈夫なの……?〉


〈大丈夫、信じて〉


 そのやり取りを聞いていた教室の空気が、

 少しだけ静かになる。


 詩乃ちゃんは目をぎゅっと閉じたまま、

 恐る恐る前へ進み始める。


 慎重なその動きに、

 見ているこっちまで息を詰めたくなる。


『莉愛。このとき、何か聞こえたの?』


 頭上から、

 カナタの落ち着いた声が降ってきた。


「うん……薄らだけど、『上体低く、前へ』って、そう聞こえたんだ」


「あっ、俺も聞こえたっ!」


 玲央くんがすぐに声を上げる。


 同じ操導者として、

 同じものを拾っていたのだとわかって、

 胸の奥が少し軽くなった。


「よく分かったわね。私なんて、よくできたお化け屋敷みたいな音しか聞こえなかったわよ」


 優ちゃんが半ば呆れたように言う。


「わかるっ!!」


 詩乃ちゃんが勢いよく頷いた。


 その声に、

 教室のあちこちからも

 小さな同意の笑いが漏れた。


「拓斗は聞こえなかった?」


 私はふと気になって、

 拓斗の方を見る。


 拓斗は一瞬こちらを見た後、

 少しだけ言いづらそうに口を開いた。


「俺らは……」


 その続きを、カナタが静かに引き取る。


『僕たち、強行突破したから分からないんだ』


「強行突破!? ぶつからなかったのっ!?」


 詩乃ちゃんが目を丸くして声を上げる。


『拓斗の聴覚魔法の防御、すごくてさ。音波の壁にぶつかる物、何でも壊しちゃうんだ』


「……それって、コースの壁ぶち壊さなかったの?」


 優ちゃんが半信半疑で問い返す。


『保護魔法がかかってたみたいで、壊れなかったよ。むしろ威力が強過ぎて、壁に近づけなかったんだ。だからぶつからずに済んだんだよ』


「「「へぇ〜」」」


 感心した声が自然と揃う。


 拓斗は居心地が悪そうに少し頬を赤くして、

 視線をスクリーンへ逃がした。


 その間に、

 映像の中の詩乃ちゃんは

 霧幻コースを突破していた。


 最後に涙を慌てて拭っている姿が映り、

 教室のあちこちから優しい笑いが漏れる。


 そして、最後の“枯渇コース”が始まった。


 ここもまた、

 クラスの何人かが

 苦笑するような空気になる。


 何もない空間なのに、

 厄介だったコースだ。


 案の定、

 詩乃ちゃんの創駆はコースに入った途端、

 ぴたりと止まった。


〈ん? あれ?〉


〈あれ……っ!? 詩乃ちゃん大変っ! 創駆の魔力量が0だよっ!〉


 スクリーンの中の私は、

 声が裏返りそうなくらい慌てている。


〈ど、どうしようっ。これ、私が何とかしないとだよね……〉


 その横で、

 詩乃ちゃんは意外なほど落ち着いていた。


 少し考え込むように目を伏せ、

 それからゆっくりと右足を創駆に乗せ直す。


 次の瞬間――


 教室中が一斉に息を呑んだ。


 詩乃ちゃんは、

 創駆の後部を左右に揺らすように

 体重を乗せ始めた。


 波を刻むようなリズムで、

 少しずつ、

 でも確かに前へ進んでいく。


『へぇ、あんなふうに動くんだ?』


「そうなのっ! 練習中に気づいたんだぁ!」


 詩乃ちゃんが得意げに胸を張る。


「器用だな……」

「すご」


「……て言うか、これ、莉愛何もしてないんじゃね?」


 不意に拓斗が鋭く言った。


(ぎくっ)


 ぎくりと肩が揺れる。


「ちゃ、ちゃんと働いたよっ! 本当だよっ!」


「じゃあ、何してんだよ……」


 拓斗の視線につられてスクリーンを見る。


 そこに映っていた私は――


 顔の前で両手を固く組み、

 必死に祈っていた。


 一瞬の沈黙の後。


「ぷはっ!! 祈ってるっっ!!」


「やっぱ何もしてねぇじゃん!!」


 玲央くんと拓斗が同時に吹き出した。


 そこから一気に笑いが広がって、

 教室中が和らかな空気に包まれる。


「し、してるよっ! 祈りだって魔法だよっ!!」


 私が慌てて反論すると、

 そのすぐ隣で、

 ふっと柔らかな息が漏れた。


 笑い声というより、

 堪えきれなかったような小さな音。


 私は反射的に振り返る。


「……カナタ、今笑ったでしょ」


 問い詰めるように言うと、

 カナタはわざとらしく視線を逸らした。


『……さぁ?』


 とぼけた声が、逆に怪しい。


 私はぷいっと顔を背けた。


 頬が、少し膨らむ。


 自分でも子どもっぽいと思う。


 それでも、

 そうしてしまうくらいには、

 胸の奥がむず痒かった。


 その感覚を残したまま、

 スクリーンへ目を戻す。


 詩乃ちゃんが、

 ちょうどゴールラインを越えたところだった。


 乾いた電子音が鳴った瞬間、

 教室から拍手と歓声が上がる。


 私も、息を吐くように小さく笑った。


読んでいただきありがとうございます。


今回はシリアスとコメディが

いい感じに混ざった回でした。


特に最後の祈りは、

書いていて「これはツッコまれるな」と思いながらも、

どうしても入れたかったシーンです。


でも実は、

ああいう何もできない時間って、

すごく大事だったりします。


引き続き、よろしくお願いします。

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