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 全ての委員会と部活動の紹介が終わり、会場の熱気が少し落ち着いたころ。進行役の先輩が前に出て、また新たな説明を始めた。


 そういえば、日向先生が「ちょっとした説明がある」と言っていた。きっと、これからがその内容なのだろう。


「では、ここからは学園の“非公式文化”『エス』について説明します」


 その言葉を耳にした瞬間、私は小さく息を吐いた。


(あ〜、やっぱり、その話か)


 私たちはすでに、昼休みに優ちゃんから『エス』についてひと通り聞かされていた。だけど、公式に説明されるとなると、自然と耳が傾く。


(いや、非公式かな? ……ん?)


 私が一人で勝手に混乱していると、先輩の声は事務的に続いていく。


「『エス』は学園の評価には一切響きません。そして、エスの申し出を断っても構いません」


 その一言に、ざわめきが広がる。だけどすぐに静まり返った。


 学園の“非公式”であるからこそ、制度としての強制力はない。ひとりのエスに、複数のアプレンティスがついてもいいし、それが良し悪しの判断に影響することもない。


 逆に言えば、エスとして認められなくても、それで何かが不利になるわけでもない。


 つまりそれは、純粋な信頼と憧れに基づいた、人と人との絆のかたち。


 そう説明される度に、私は優ちゃんの言葉を思い出していた。


「元々はね、とある女子生徒がきっかけなの。その子は下級生にも同級生にも、もちろん上級生にも慕われていて……でもだからって偉そうにするんじゃなく、どこまでも優しく、みんなを導いていたの」


 一体、学生時代の青の賢者セイ様は、どんなお人柄だったんだろう。私はそっと、セイ様の学生時代を想像してみた。


 きっとセイ様の周りにはいつも人の輪があって、下級生は彼女を「憧れのお姉さま」として目を輝かせ、同級生は「頼れる仲間」として肩を並べ、上級生でさえも自然とセイ様の言葉に耳を傾けたのではないか。


 セイ様は決して派手な性格ではなく、寧ろ、物静かで言葉数も多くない方だと思う。だけど、一度その透き通る声で言葉を紡げば、不思議と心が澄み渡り、自分自身の迷いや苦しみが和らいでいく「心の奥に差し込む青い光」だったのかな。


 学び舎の廊下で泣いている下級生がいれば、セイ様は静かに隣に座り、言葉よりも温かな沈黙で寄り添う。


 試験に行き詰まった同級生がいれば、セイ様は答案用紙を覗き込むのではなく、その人の心を覗き「あなたならできる」と微笑むだけで力を与えたのではないか。


 厳格な上級生でさえ、セイ様のその真摯さの前には肩の力を抜き「君には敵わないな」と苦笑を漏らす様子が目に浮かぶ。


 人を従わせるのではなく、人の心を信じ、引き出す力。


 それこそが、のちに「青の賢者」と呼ばれるセイ様の本質であり、学生時代からすでにその片鱗を放っていたのだ。


 そんなことを考えていたら、終了の挨拶があったようで会場からは溢れんばかりの拍手が起こっていた。


 私も慌てて拍手に混ざる。拍手がある程度落ち着くと、日向先生の声が私の耳に届いた。


「これから、真夜のクラスから退出します。案内があるまで、その場で待っているように」


 その案内の後、真夜のクラスの人たちが立ち上がって移動し始める。


「凄かったねぇ! 委員会も部活動も、どっちもいいなぁ……!」


 委員会と部活動のどちらかは絶対に入らないといけないルールだけど、詩乃ちゃんはどちらにも魅力を感じたみたい。


「どちらも入ったらいいじゃない。詩乃なら器用にやり遂げるんじゃないの?」


「私もそう思うっ」


 優ちゃんと私が声を揃えて背中を押すと、詩乃ちゃんは少し照れたように笑いながら、ほんのり胸を張った。


「えへへ、そうかなぁ!」


 すると拓斗は、少しぶっきらぼうに眉を寄せながら言った。


「どっちもやってパンクすんなよ」


 詩乃ちゃんはちょっと戸惑いながらも、小さく頷いた。


「が、頑張るよ……!」


「いや、頑張るからパンクすんだよ。手ぇ抜けるところは抜いてやりゃいいんだよ」


 拓斗の言葉に、詩乃ちゃんは目をまん丸にして両手を握りしめながら応える。


「分かったっ! 頑張って手ぇ抜くねっ!」


「いやいや、そうじゃなくて……」


 拓斗は頭を掻き、どう説明すればいいのか少し考え込む。ぶっきらぼうだけど、詩乃のことを気遣うその声には、確かな優しさが滲んでいた。


「カナタは、委員会は決まってるとして、部活で気になるところ、あった?」


 詩乃ちゃんたちとは反対側の隣に座っているカナタに尋ねてみた。


『んー……実は、利玖に誘われてるんだよね』


「えっ! そうなのっ?」


 本日二度目の驚きに、思わず声が大きくなる。


「……そう言えば、利玖ってどの部活だっけ?」


『武装演習部だよ。剣術を習ってるんだって』


「へぇ……で、いつの間に誘われてたの?」


『入学式の日。「俺とも遊べ」って誘われた』


 私はつい吹き出してしまった。利玖らしいといえば利玖らしいけど、誘い文句としてはどうなんだろう。


「ふふっ、遊べって……。でもカナタが武術を習うって、何だか想像つかないなぁ」


『まぁね、ずっと本読んでたから。でも、体力付けるのに丁度いいかも』


 カナタは決して運動神経が悪いわけではないが、あまり激しい運動はしない。というか、避けている。


 やっぱりチョーカーでの呼吸が、苦しくなってしまうみたい。


 初等部に上がる前、いつものように緑の教会でカナタに会いに行った時、激しく運動したのか肩で息をしていて、苦しくなったカナタは倒れてしまったことがある。私はふと、その時のことを思い出して目を伏せる。


 だからこそ、武装演習部に入るという言葉には、体力作り以上の何かがあるのかもしれない。私はカナタの横顔をジッと見つめた。


「……無理したらダメだよ」


 思わず口をついて出た言葉に、自分でも少し驚いた。心配が滲み出てしまったのだ。


『うん、ありがとう。気をつけるよ』


 カナタは静かにこちらを見つめる。その瞳が、私の不安をすぐに見抜いたように柔らかく細められる。まるで大丈夫だと言ってくれているように。


 その声音には、私を安心させたいという想いが滲んでいて、胸の奥に小さな温かさが広がった。


 そんな話をしていると、また日向先生の声が私の耳に届いた。


「それでは移動します。宵のクラスの人たちは、慌てず迅速に、先生の指示に従って教室まで移動してください」


 その声を合図にしたかのように、あちこちで椅子の軋む音が重なり、宵のクラスの子たちが一斉に立ち上がる。ざわめきと足音が混ざり合い、整然とした流れを作っていく。


 私たちも腰を上げ、その列に加わった。押し合うわけでもなく、かといってゆっくりでもない、自然な歩調。


 体育館を出て渡り廊下に出ると、外の空気が少し冷んやりとして頬を撫でた。移動する人の波に身を委ねながら、私はふと振り返る。


 さっきまでざわめきに包まれていた場所が、もう遠ざかっていく。


 そのまま私たちは、宵のクラスの列に混ざって教室へと戻って行った。

 教室に着くと六時間目が始まったばかりの時刻。


 私は日向先生が来るまで、詩乃ちゃんたち四人がまとまった席に滞在した。


「詩乃ちゃんは、どこが気になってるの?」


 私は、詩乃ちゃんの机に寄りかかりながら、どの委員会と部活動が気になっているのか尋ねてみた。


「んーっとねぇ……『技術管理委員会』と『調理研究部』か『魔械工房部』!」


 元気いっぱいの声で答える詩乃ちゃん。


「あら、詩乃は魔械(マギア)に興味があるのね。」


 優ちゃんが感心したように笑った。確かにその二つの部活と委員会は、どちらも魔械(マギア)機器に関わるものだ。


 私は、寮での菊理の件を思い出す。あの出来事をきっかけに、詩乃ちゃんの中に夢が芽生えたのを知っている。


 だからこそ、その選択を応援したくて自然と微笑んだ。


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