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次に現れた男子の先輩は、ひと言で言えば物静かだった。余計な言葉を持たず、ただそこに在るだけで周囲の空気を落ち着かせる。その眼差しは澄んでいて、まるで人の心の奥底まで見透かすかのようだった。見つめられればどんな秘密も隠し通せない、そんな錯覚を覚えるほどだった。
「広報委員会は、学園の出来事を正しく分かりやすく伝えることを使命としています。学園新聞や掲示板の更新、行事や大会の記録、各委員会や部活動の報告の取りまとめなどを担当します。情報の架け橋として、生徒が安心して学園生活を送れるよう、確かな情報を迅速に届けます。噂や誤解が広まった際には、その真偽を調べて訂正し、秩序を守る役割も果たします」
何だか厳かな雰囲気に、思わず息を呑む私。
「藍の賢者が示す『未来と選択』の精神を受け継ぎ、広報委員会は学園の透明性を支える存在です」
そして次にステージに上がってきたのは、どこかおっとりとした雰囲気を纏った女子の先輩だった。足取りはゆっくりで、両手を前に重ねて胸の前でそっと揃えながら立つ姿は、他の委員会の先輩たちとは少し違って見えた。
「……環境整備委員会は、天律学園に息づく自然と空間を守り、その循環を見届ける者たちです。草木を植え、花を育て、落ち葉を掃き、また新しい芽を迎える。大規模な演習や祭典のあと、荒れた大地を整え、静寂を取り戻すのも私たちの役目。静かに土をならし、水を注ぐその姿は……古より伝わる祈りにも似ていて、まるで世界を再生へと導く儀式のように映ります」
先輩の声に合わせて、頭の中に青々とした木々や花の咲く庭園の風景が浮かんできて、まるでそこに風の匂いまで感じられる気がした。
「紫の賢者が示す『終わりと始まり』を受け継ぎ……環境整備委員会は、学園を絶えず循環させ……永遠に瑞々しい生命の息吹を保ち続けているのです」
そして環境整備委員会の説明が終わると、説明していた先輩はそっとステージの端へ行き、ステージの中央には生徒会役員たちが整列する。
真ん中から右側には副会長七人、左側には他の生徒会役員が十二人がきちんと並び、その中心にはショートヘアがよく似合う長身の女子の先輩が立っている。
(女の人? でも、何だか優ちゃんみたいな雰囲気かも)
私は思わず視線を留める。凛とした立ち姿に、周りの女子たちも心なしかうっとり見つめているような雰囲気。
「新入生の皆さん、改めて入学おめでとうございます。私たちは、天空律環学園の生徒会です」
生徒会長の声は力強く、それでいて女性らしい柔らかさを含んで体育館に響き渡る。自然と周りが静まり、説明を聞こうとするざわめきが小さくなった。
「私たち生徒会の役割は、大きく分けて三つあります。まず、学園全体の運営や管理の補助です。行事や予算の調整、規則の遵守を支えるのが私たちの使命です」
すると、副会長の学先輩が前に一歩出て、さらに説明をを加える。
「私たち副会長は、それぞれ委員会と連携して日々の活動を円滑にする役割を担っています。風紀委員会、技術管理委員会、図書委員会、保健委員会、交流委員会、広報委員会、環境整備委員会、それぞれの委員会と連携し、学園を支えています」
続けて、会計は学園の予算管理や資金の運用を担当し、行事の道具や日々の消耗品や日用品の準備を円滑にする。庶務は行事の企画補助や連絡業務を受け持ち、書記は議事録の作成や学園の記録整理にあたることを説明した。
そして次に話すのは、瑛梨香先輩だ。
「次に、生徒の声を学園に届けることです。皆さんが安心して楽しく学べる環境を作るために、困ったことや希望を私たちに伝えてください。生徒会は皆さんと学園を繋ぐ架け橋なのです」
その瞬間、会場全体がふわりとした空気に包まれる。うっとりと見つめる新入生の顔があちこちにあり、私も思わず頬が熱くなった。
瑛梨香先輩の説明が終わると、その次に説明し出したのは利玖だった。
「そして最後に、生徒同士の交流や協力を促すこと。委員会や部活動と連携し、学園の活気を保つことも私たちの重要な役目です」
生徒会長の真剣な眼差し、副会長たちの穏やかな笑み、会計や庶務、書記の落ち着いた立ち姿を見て、体育館の空気が引き締まる気配がした。
「私たちは皆さんの学園生活を支え、楽しみを増やすために活動しています。どうぞよろしくお願いします」
生徒会長のその言葉が締めくくりとなると、私の背筋は自然と伸びていた。
生徒会の説明の終わりを告げるように、会場全体から大きな拍手が湧き起こった。
私もそれに続いて拍手をすると、隣にいるカナタと拓斗もゆっくりと拍手しだした。
体育館に響き渡った拍手が、暫くして静かに収まっていった。熱の籠った空気だけが残り、私の胸の中でもまだ鼓動が少し早いままだった。
その余韻を切り替えるように、ステージの上で係の先輩が次の進行を告げる。ざわめいていた空気が再びまとまり、今度は部活動の紹介が始まるらしい。
まず、体育館の床を踏みしめるように現れたのは、疾駆競技部の先輩たちだった。
タイヤのないバイクのような乗り物“フロートライダー”に軽やかに跨がると、ふわっと浮き上がり、そのまま私たちの頭上を駆け抜けていく。
風を切る音と、煌めく残光が体育館の天井近くに描き出す。その軌跡が交差し、編み込まれるように並んでいく光景に観客席から驚きと感激の声が溢れた。
直線を突き抜ける速さ、急旋回の鋭さ、そして隊列を組んだ時の整然とした美しさ。ただの競技ではなく、ひとつの演舞を見ているようだった。
走る速さや瞬発力、そして磨き抜かれた技術と美しさを競う部活だとひと目で分かる。
私は思わず息を呑み、胸の奥がざわざわと騒ぎ出すのを感じていた。
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続いて登場したのは武装演習部。ステージの上には、道着を着た人たちが静かに立ち並んでいた。
「……あの人たち、頭とか体を守るもの着けてないけど大丈夫なのかな?」
ステージに立つ部員たちは、ヘルメットもグローブも胸当ても身に着けていない。見るからに木刀や棒を振るうのに丸腰で、その無防備さに思わず口から不安の声が漏れた。
すると、隣から“キンッ”と澄んだ音が響いた。
『……大丈夫っぽいよ』
隣に座るカナタが、ジッと道着姿の部員たちを見つめながら落ち着いた声で答える。
『触覚魔法で、体を部分的に保護しているみたい。だから大丈夫だよ』
カナタの言葉に少し肩の力が抜けた。魔法の力で守られているなら安全だろう。カナタの冷静で優しい目が、私の不安をそっと包み込んでくれた。
最初に始まったのは剣術。鍛え抜かれた腕に木刀を握り、無駄のない構えで向かい合う。
開始の合図がすると、鋭い一閃が走った。木刀がぶつかる音が体育館に響き、観客の息を奪う。足捌きは流れるようで斬撃は風を裂き、二人の間に緊張の弧を描いていく。
続いて槍術。長柄を扱う二人が、広いステージを大きく使って動いた。
突きが放たれる度、私たちの席との距離を感じさせるほど迫力がある。槍の先端はまるで蛇のようにしなり、回転する軌道は空気を切り裂いて唸りをあげた。
片方が突きを外すと、すかさずもう一方が薙ぎ払いを繰り出し、まるで舞のように美しく感じた。
棒術の披露は、より軽快でしなやかだった。長い棒が上下左右に自在に振るわれ、弾むような打ち合いが繰り広げられる。
義脚で踏み鳴らされた床がリズムを生み、棒同士が触れ合う乾いた衝撃音が重なっていく。その動きは荒々しさよりも、調和と連携の美しさを観客に見せつけるものだった。
最後に舞台へ現れたのは体術の組。道着姿の二人が正面に立つと、空気が一段と引き締まる。
突きと蹴りが鋭く放たれ、打撃がぶつかる重い音が観客席まで響く。義腕で繰り出される拳は重く、義脚で放たれる蹴りは鋭い。
受けと反撃が瞬時に入れ替わり、肉体と義肢が一体となった攻防は、生々しい迫力を漂わせた。
演舞が終わると、舞台を包んでいた緊張がふっとほどけ、席からどよめきと拍手が広がっていった。武装演習部の存在感は、言葉ではなくその動きのひとつひとつで刻み込まれていた。
次に雰囲気をガラリと変えたのは、ダンス部の先輩たち。音楽に合わせてリズミカルに体を動かすだけで、会場が一気に華やぐ。会場全体が一体になって手拍子する。
美容芸術部や美術部、調香部が舞台に上がると体育館は一転して色と香りを想像させる柔らかな空気に包まれる。小瓶や筆、布切れのような小道具が手元に光り、部員たちの所作ひとつひとつが丁寧で見ているだけで惹き込まれた。
演劇部や音楽部は、それぞれ短い実演を交えて紹介した。演劇部の先輩が声を張ると、体育館の壁に反響して思わずぞくりとする。音楽部の先輩が弦をひと弾きすると、その余韻が天井にまで染み渡るようで息を呑んだ。
魔法研究会や魔械工房部は、独特の熱気を放っていた。研究用の器具や試作品を抱えている姿は真剣そのもので、「近寄りがたいけど、何だかカッコいい」と思わせる迫力がある。
調理研究部が紹介されると、どこからか美味しそうな香ばしい匂いと甘い香りが漂ってきて、お腹が鳴りそうになった。詩乃ちゃんは胸の前で手を組んで、キラキラした目で眺めていた。
そして最後は、霊交部。静かに立ち並んだ彼らの背後に、どこか薄い靄のようなものが漂って見えたのは気のせいだろうか。神秘的な空気をまとったその存在は、体育館の喧騒を一瞬だけ静めてしまうほどだった。
こうして次々に舞台に現れる先輩たちを見ていると、委員会の時とは違って、ひとつひとつの部活が放つ個性がそのまま色や音になって広がっていくように思えた。
胸の中で、どこに入ろうかという小さな期待が、少しずつ膨らんでいくのを感じていた。
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