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一緒に走れた日——知らない魔法

 私たちはしばらく影燕と戯れて、

 笑い声を交わしていた。


 するとカナタが、

 ふと視線を落とす。


『莉愛、レースの途中から落ち着いてたね。……よかった』


 機械混じりの声に、

 ほっと胸がほどける。


 私のことを見てくれていたんだとわかって、

 少しだけ心が温かくなった。


「うんっ、そうなのっ。話せるくらい落ち着けたから話しかけちゃったけど……邪魔じゃなかった?」


 カナタはすぐに首を振った。


『レース中ってさ……実は少し怖いんだ。一人だし、迷路なんかは狭くて圧迫感があるし、薄暗いからね』


 カナタは一瞬目を伏せる。


 あの迷路の中を、

 たった一人で走るときの息苦しさや孤独。


 それを想像しただけで、

 少し怖い。


『でも、そんな時に操導者の魔法とか声が聞こえると、安心できるよ』


『……一人じゃないって思えるから』


 その言葉が、胸の真ん中にすとんと落ちる。


「そうなんだ。それなら、よかったっ」


 自然と笑みが零れる。


 ずっと胸の奥に引っかかっていたものが、

 少しだけほどけた気がした。


 カナタは壁の時計へ視線を向ける。


『そろそろ六時間目が終わる時間だね。僕は創駆を戻してくるよ』


「わかったっ! 私はここを片づけて戻るねっ」


「……今日は本当にありがとう」


 ありがとう、と口にした瞬間、

 胸の奥でその言葉がじんわり広がっていく。


 カナタは静かに頷いた。


 その目元はいつも通り穏やかで、

 見ているだけで胸の奥まで温かくなる。


 私は軽く手を振ってから、

 階段を上がった。


 操導者の部屋の扉に手をかけたとき、

 低く唸るようなエンジン音が耳に届く。


 カナタの創駆の音だ、と気づいた瞬間、

 その音は加速し、遠ざかっていった。


 部屋に入り、

 私はすぐに窓際へ寄った。


 創駆の搬入口から飛び出すカナタの姿を、

 背中が見えなくなるまで目で追う。


 その姿が見えなくなって、

 ようやく私は小さく息をついた。


 それから、

 机の上に散らばった迷路の紙を揃えて、

 部屋を整える。


 ただそれだけの作業なのに、

 さっきまでの時間の余韻がまだ残っていて、

 胸の奥がふわふわしていた。


 最後に忘れ物がないか部屋を見回す。


 空っぽになった机と静かな空間に、

 ほんの少しだけ寂しさを覚えながら、

 私は部屋を後にした。



* * *



 ――数日後。


 あの日のモヤモヤは、

 気づけば少しずつ薄れていた。


 巨大迷路の前に立っても、

 前みたいな怖さはない。


 ちょっとドキドキはするけど、

 それ以上に“やってみたい”という

 気持ちの方が大きかった。


 隣にいる詩乃ちゃんの顔を見ると、

 それだけで少し安心できる。


「……よしっ! 詩乃ちゃんっ、新しいやり方でやってみようっ!」


 自分でも驚くくらい、

 声が弾んでいた。


「新しいやり方っ? うんっ、わかったっ!」


 体操着姿の詩乃ちゃんは、

 笑顔で創駆を抱えてスタート地点へ

 小走りで向かっていく。


 その軽やかな背中を見送りながら、

 私は操導者の部屋へ入った。


 窓の向こうには、

 巨大迷路が広がっている。


 カナタと練習したときとは違う形だけど、

 不思議と怖くはなかった。


 むしろ少しだけワクワクしている。


 今の私には、

 そばで一緒に挑んでくれる仲間がいるから。


 机の前に立ち、

 義手を軽く鳴らしてプレートに置く。


 魔械歯車(マギアギア)の回転音が静かに響いた。


「詩乃ちゃん、聞こえる?」


「聞こえるよ〜!」


 元気な声がスピーカーから返ってきて、

 自然と口元がゆるむ。


 よし、と小さく息を吸う。


「新しいやり方なんだけど……とりあえず、着いてきて欲しいんだっ」


「うんっ、わかったよっ!」


 その即答に、

 胸の奥が小さく高鳴った。


 前の私なら、

 こんなふうに言えなかった。


 でも今は、

 ちゃんと伝えられる気がする。


「よし……それじゃあ、行くよっ!」


 ――ピッ……ピッ……ピッ……ピー!


 タイマーの音が鳴り響いた瞬間、

 私は視覚魔法を展開する。


 視線を滑らせ、

 迷路の影を捉える。


 そしてそこへ、

 頭の中で描いた道筋を重ねていく。


 すると影が、

 道標みたいに伸びていった。


「っ!」


 スピーカー越しに、

 詩乃ちゃんが息を呑む気配が伝わる。


 次の瞬間、

 詩乃ちゃんは勢いよく創駆に足を乗せて、

 スタートを切った。


 カナタと練習したときよりも、ずっと速い。


 だけど、不思議と怖くなかった。


 影の線に沿って、

 詩乃ちゃんは迷いなく進んでいく。


 角を曲がるたびに体を傾ける姿は、

 創駆を手足みたいに扱えていて、

 見ているだけで胸が熱くなる。


「詩乃ちゃん、大丈夫? もう少しゆっくり進む?」


「ううんっ! もっと早くてもいいよっ!」


 その言葉に、胸がぎゅっと熱くなる。


 私の影を信じてくれている。


 そのことが、何より嬉しかった。


(すごいっ……!)


 右へ、左へ。


 私の作る影を追って、

 詩乃ちゃんがスピードを落とさずに進んでいく。


 ゴールまで、あと少し。


 そのとき、

 ふとカナタの言葉が脳裏をよぎった。


 “――レース中って、実は少し怖いんだ”


 “そんな時に操導者の魔法とか声が聞こえると、安心できるよ”


 私は小さく息を吸って、

 スピーカーに声を乗せる。


「もう少しでゴールだよっ!」


「うんっ!」


 曲がり角を抜ける。


 真っ直ぐ伸びた道の先に、

 ゴールが見えた。


 創駆の影が揺れ、

 詩乃ちゃんが線に沿って駆けてくる。


 そして――



 ピーーーッ!



 創駆の前輪がゴールラインを越えた瞬間、

 部屋中にゴールを知らせるサイレンが鳴り響いた。


 胸が弾けるみたいに熱くなる。


 役目を終えた影は、

 ふわりとほどけて、

 また迷路の床の影へ戻っていった。


 詩乃ちゃんは創駆に乗ったまま外側を回り、

 階段の下まで戻ってくる。


 私は慌てて部屋を飛び出し、

 階段を駆け下りた。


「すごいっ! すごいよ莉愛ちゃんっ!」


 詩乃ちゃんの弾んだ声が耳に届いた瞬間、

 胸の奥がぎゅっと熱くなる。


 私の作った影を信じて、

 最後まで走り抜けてくれた。


 そのことが、

 言葉にならないくらい嬉しかった。


「詩乃ちゃんも、すごかったっ! スピードも動きも、すっごくカッコよかったっ!」


 胸がいっぱいで、

 出てくるのは簡単な言葉ばかり。


 それでも詩乃ちゃんは、

 同じくらい嬉しそうに顔を輝かせていた。


 その顔を見た瞬間、

 ふと胸の奥で思う。


(あ……)


 ――私、ちゃんと一緒に走れてる。


 支えるだけじゃなくて。


 足を引っ張るだけでもなくて。


 ちゃんと、詩乃ちゃんと一緒に前へ進めている。


「ねぇねぇっ! もう一回やろっ!」


 詩乃ちゃんが、興奮したみたいに声を上げる。


 目がキラキラしていて、

 笑顔が眩しかった。


 その顔を見ていると、

 私まで胸が弾む。


「うんっ!」


 私は大きく頷いた。


 その瞬間、

 自分がただの補助じゃなくて、

 詩乃ちゃんの“できる”を

 一緒に増やしていける存在なんだと思えた。


 階段を駆け上がる足取りも、

 自然と軽くなる。


 それから私たちは、

 迷路のスタートと操導者の部屋を

 何度も行き来しながら、繰り返し練習した。


 コースの形を変えても、

 詩乃ちゃんは迷わずついてきてくれる。


 私も、

 それに応えたくて影を繋ぎ続けた。


 できなかったことが、

 少しずつできるようになっていく。


 その感覚が、嬉しくてたまらなかった。




 気づけば一時間以上も夢中で

 練習していたらしい。


 私も詩乃ちゃんも、

 もうへとへとだった。


 体のあちこちがじんわり痛い。


 それでも、

 できなかったことができるようになった嬉しさが、

 疲れよりもずっと大きかった。


「きょ、今日は……この辺にしとこうか……」


「そ、そうだね……」


 スピーカー越しに交わす疲れた声も、

 どこか満足げだった。


 合図を送り合って、

 それぞれ片づけを始める。


 操導者の部屋を元通りに整えて、

 制服に着替えた詩乃ちゃんと合流し、

 一緒に練習部屋の扉を開けて外へ出る。


 すると、廊下の向こうが

 妙に騒がしいことに気づいた。


 驚いた声や話し声、走る足音。


 さっきまでとは違うざわめきが、

 廊下に広がっている。


「なんだろうね? 何かあったのかな?」


「ね〜」


 私たちは顔を見合わせて、

 小さく首を傾げた。


 少しだけ興奮しながら廊下を進むと、

 魔械(マギア)掲示板の前に

 人だかりができているのが見えた。


「ランキングが変わったのかな?」


 双輪試走の各コースのクリアタイム順位。


 トップ10までが掲示板に表示される。


 私たちも人の流れに沿って前へ進んでいく。


 すると、

 なぜか周りの生徒たちが私たちを見るなり、

 すっと道を開けてくれた。


「……えっ?」


 戸惑いながらも、

 そのまま掲示板の前まで出る。


 そして――


 このざわめきの理由が、

 ようやくわかった。


読んでいただきありがとうございます。


「できた」よりも、

「一緒にできた」と思えた瞬間を描いた回でした。


その実感が、

莉愛にとって一番大きな変化だったと思います。


このあと、少しだけ状況が動きます。


引き続き、よろしくお願いします。

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