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18

 それからカナタは、いくら話しかけても黙り込んじゃって、教室に着いたらすぐに自分の席に腰を下ろした。


 とは言っても、詩乃ちゃんたちと席は近いから、別に何の問題もなかった。私はふぅと小さく溜息を吐いて、カナタの机に寄りかかりながら詩乃ちゃんたちの方を向いた。


 私たちより早く戻っていた三人は、楽しそうに話し込んでいた。


「瑛梨香先輩……あの人の振る舞いが、まさにあたしがなりたい姿かもしれない……」


 優ちゃんは夢見るように目を輝かせて、まだ頭の中に残っている瑛梨香先輩の姿を追いかけているみたいだった。


「分かる〜! 瑛梨香先輩、ほんっと綺麗だよね。入学式で初めて会った時も、みんなうっとりしてたもん!」


 詩乃ちゃんが、手を胸の前で組んで強く頷く。


「確かに綺麗な人だったな。何ていうか……『実は妖精でした』って言われても、信じちゃいそう」


 玲央くんが感心したように言う。


「あれっ? 信じないんじゃなかったっけ?」


 私はすかさず茶化すようにツッコミを入れる。


「その信じない俺が信じそうなくらい、綺麗ってこと!」


「なるほどっ」


 確かに妙に説得力がある言い回しに、思わず私も納得してしまった。


 そんなやり取りをしていると、ちょうど食堂から拓斗が戻って来た。


「拓斗くん、おかえり〜っ。何食べたの?」


 詩乃ちゃんが勢いよく問いかける。


「和食」


 短くも律儀に答える拓斗。初等部の頃では考えられない雰囲気に、私は少し驚いた。


「うまかったぁ?」


 今度は玲央くんが拓斗の前の席に寄りかかりながら、ごく自然に問いを重ねる。


「あぁ、うん。……誰?」


 自分の席に座ろうとした拓斗の視線が、玲央くんに向く。


「玲央っ。よろしく〜!」


 屈託のない笑顔と共に差し出される言葉に、拓斗はほんの僅かに間を置いてから頷いた。


「……よろしく」


 その律儀な返事に、何だか場の空気がふっと和やかになるのを感じた。


 そしてふと、私はさっき優ちゃんが口にしていた、聞き慣れない言葉のことを思い出した。


「ねぇねぇ、優ちゃん。『エス』って何?」


私が尋ねると、詩乃ちゃんと玲央くんも「知りたい!」って顔をして優ちゃんの方を見る。


 拓斗は拓斗で「エス?」と眉を寄せ、頬杖をつきながら不思議そうに目を向けていた。


 優ちゃんは小さく笑うと、ゆっくりと説明を始めた。


「『エス』っていうのはね、尊敬する上級生を慕って、学び、交流していく関係のことなの。上級生は精神的にも、知識的にも、技術的にも、後輩のアプレンティスを導く役割を持って、下級生はそこから学び取る立場。……恋愛感情や単なる憧れじゃなくて、人としての成長を支えてくれる師弟関係みたいな、学園の“非公式文化”なのよ」


「「「へぇ〜」」」


 私と詩乃ちゃんと玲央くんが同時に感心の声を上げると、拓斗が小さく「非公式なのに文化なのか」と呟いた。


 優ちゃんは気にせず、さらに続ける。


「元々はね、とある女子生徒がきっかけなの。その子は下級生にも同級生にも、もちろん上級生にも慕われていて……でもだからって偉そうにするんじゃなく、どこまでも優しく、みんなを導いていたの。で、その子は卒業と同時に“賢者”になったのよ。だから、この文化は“賢者”を意味するSage(セージ)の頭文字を取って、『エス』って呼ばれるようになったの」


「えー! そうなんだっ! すごーいっ!」


 詩乃ちゃんが身を乗り出すようにして、興奮気味に声を上げた。


(学園を卒業して、すぐ賢者になったってことは……)


 私は胸の中で小さく呟いてから、気になっていたことを口にする。


「その賢者って、青の賢者のこと?」


 優ちゃんは真っ直ぐにこちらを見て、コクリと頷いた。


「そっ。青の賢者のセイ様。心療魔法使いの組織“慰者”を設立した、『心の魔女』とも呼ばれる方よ」


 青の賢者、セイ様——

 彼女は学園を卒業すると同時に七賢者の座に迎えられた存在。人の心に寄り添う力を極め、数多くの人々を救ってきた。芸術の絵や詩、旋律を通して人々の心を整え、癒しと安寧の象徴として今なお語り継がれている。


 選択授業『青』も、心のケアや芸術に触れる授業だったはず。それに、慰者であるお母さんの、さらに上に立つ人なのかも知れない。


(今度家に帰った時、お母さんに聞いてみよう)


「芸術で心を癒したり、逆に活気を与えたりするでしょう? だから浅葱街には、芸能事務所もたくさんあるみたいよ。行ってみたいわぁ」


 優ちゃんはそう言って、楽しそうに微笑んだ。


「優ちゃんは、そっちの道に行きたいの?」


 私が首を傾げて聞くと、優ちゃんは少し考えるように視線を上へ漂わせてから、柔らかく答える。


「そうねぇ。表に立つにしても、裏方に回るにしても……芸能を盛り上げる道には進みたいと思ってるわ」


「わぁっ! 優ちゃんに合ってると思うっ!」


 詩乃ちゃんが目を輝かせて笑顔を向けると、優ちゃんはその言葉に嬉しそうに微笑み返した。


「じゃあ、芽依ちゃんもそっちの道に行きたがったりするのかな? メイクが好きって言ってたし」


「メイクアップアーティストになりたいとは言ってたわねぇ。メイクしてあげるのが好きみたい」


「へぇ! じゃあ今度、練習でいいからやってって言ったらやってくれるかなぁ?」


「あら、それは喜ぶわよ。きっと」


 優ちゃんが穏やかに答えると、今度は玲央くんがニッと笑って身を乗り出す。


「俺にもやってくれるかなぁ?」


「どうかしらねぇ」


 優ちゃんはわざと含みを持たせるように肩をすくめてから、玲央くんを上から下まで見やった。


「でも玲央の顔立ちなら、きっと色んなメイクが映えるわ。寧ろ芽依の方が、やりたがるかもしれないわね」


「マジでっ!」


 ヨッシャ! と小さくガッツポーズする玲央くん。


(顔立ちといえば……)


 私はさっきの食堂での、玲央くんの嘘を思い出した。大人っぽい顔立ちだから信じちゃったけど、みんなはどうかな。


「……そういえば玲央くんって、実は留年してて、みんなより年上なんだって」


 ポロッと冗談を口にすると、拓斗は「何言ってんだ」って顔でジトッと私を見て、優ちゃんは「そんなわけないでしょ」と呆れたように笑った。


 でも、詩乃ちゃんだけは違った。


「へぇ! そうなんだっ! うんっ、大人っぽいなって思ってたんだぁ!」


「ほらぁっ!!!」


 思わず、私は玲央くんとカナタを見て叫んでしまう。想像通りの反応に、玲央くんがまた吹き出して大笑いしていた。


「ちょっ! マジで信じるんだっ!? 違うからねっ!」


 慌てて否定するけど、詩乃ちゃんは「えぇ〜!?」と首を傾げる。玲央くんは涙目で腹を抱え、カナタもさっきほどではないけど、頬杖をついて肩を震わせながら笑っていた。


「えぇ、何。莉愛も信じたの?」


 優ちゃんが楽しそうに笑いながら問いかけてくる。


「だって、すごく真剣な顔で言うんだもん。それに顔立ちも大人っぽいし……」


 私が肩をすくめると、玲央くんは苦笑いを浮かべて肩を落とした。


「まぁ、よく老け顔とは言われるよ……」


 その言い方が妙にしょんぼりしていて、少し気の毒になる。だけど、すかさず優ちゃんが慰めるように言葉を重ねた。


「若い時に老け顔だと、老けた時に若く見られるみたいよ」


「えっ、そうなのっ? やった〜」


 さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに、玲央くんの顔がパァッと明るくなった。本当に、表情の変わり方が分かりやすい。



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