自信をなくした日——知らない魔法
実技試験の双輪試走まで、
あと一週間に迫っていた。
詩乃ちゃんは無事、
魔械創駆を完成させた。
前後に小さなタイヤがついた、
細身でくびれのあるフォルムは、
まるでスリムなスケートボードみたいだった。
運動神経のいい詩乃ちゃんは、
難なくそれに乗ると、
すっと走らせてしまう。
風を切るように前へ進む姿は、
とっても格好いい。
私も少し乗らせてもらったけど、
結果は散々だった。
立ち上がろうとしただけで体がぐらついて、
重心が定まらない。
足の裏がふわふわして、
とてもじゃないけど進めなかった。
(詩乃ちゃん、すごいなぁ)
今日も様々なコースの
予行演習が続いている。
詩乃ちゃんは迷路コースを走っていて、
私は別室から
進むべき道を伝える役目を担っていた。
「詩乃ちゃんっ、次は右っ……あっ、ごめんっ! 戻ってっ!」
「はーいっ!」
体操着姿で魔械創駆に乗り、
前輪を軽く浮かせて
くるりと向きを変える詩乃ちゃんは、
今日も軽やかだった。
その明るい返事が、
かえって胸に刺さる。
私は必死に行く先を目で追っているのに、
思わぬ分かれ道に焦って声が裏返る。
迷路はゴールに近づくほど
複雑になっていった。
分かれ道が増えるたび、
頭の中で引いたはずの線が、
ぐしゃぐしゃに絡まっていく。
—――私が間違えたら、
詩乃ちゃんはどうなるんだろう。
そんな考えがよぎるたびに、
声を出すのが怖くなる。
でも、迷っている暇なんてない。
詩乃ちゃんは今も、
私の言葉を信じて走っているんだから。
◇ ◇ ◇
予行演習が終わり、
廊下のベンチに並んで腰を下ろす。
結果を振り返れば、
ゴールまで予定より
かなり時間がかかってしまっていた。
「詩乃ちゃん、ごめんね……」
情けない声が漏れて、
思わず右手で目元を覆う。
自分のせいで足を引っ張ったんだと思うと、
胸の奥がじわりと冷たくなった。
「こればっかりは仕方ないよっ! 魔法でどうこうできるものじゃないからさっ!」
すぐ隣で、
詩乃ちゃんが明るく笑ってくれる。
でも――そうじゃない。
それをどうにかするのが、
操導者の役目だ。
迷路のコースでは魔法を使う場面はない。
それでも、
私は詰まってしまった。
声をかけるのが遅れて、
迷わせてしまった。
操導者は、“魔法を操り、導く”人。
(それなのに、どっちもできてないじゃない)
視線が膝の上へ落ちる。
励ましてくれる詩乃ちゃんの笑顔が眩しくて、
それが余計につらかった。
「……はぁ」
息がひとつ、零れる。
ため息をつくたび、
自分がどんどん頼りなく思えてくる。
「莉愛ちゃん……」
隣で詩乃ちゃんが心配そうに眉を寄せて、
そっと名前を呼んでくれた。
こんなときまで気を遣わせてしまうなんて――
(情けない……)
すると、
『莉愛? どうしたの?』
不意に声をかけられて顔を上げる。
そこには、
体操着姿のカナタと、
制服姿の拓斗が立っていた。
「あっ、二人とも。練習、もう終わり?」
「いや、俺は個人的にもうちょっと練習しようと思って」
『僕は創駆を少しいじろうかなって』
迷いなく自分のやることを口にする二人。
その姿が眩しくて、
胸がまた少し沈む。
ちゃんと前を向いているみんなと比べて、
自分だけが取り残されている気がした。
『……莉愛、大丈夫? 具合悪いの?』
カナタが眉尻を下げて、
覗き込んでくる。
「……大丈夫。ちょっと自信がなくなっちゃっただけ」
笑おうとしたけど、
うまくできた気がしなかった。
(私も、自主練にしようかな)
そんな考えが胸の奥でふくらむ。
そうすれば、
詩乃ちゃんも思いきり走れるし、
私も足を引っ張らずに済む。
そう思って顔を上げたときには――
そこにいたのは、カナタだけだった。
『それじゃあ、莉愛。ちょっと待っててね』
「……へっ?」
間の抜けた声が漏れる。
慌てて周りを見れば、
少し離れたところに
詩乃ちゃんと拓斗の背中が見えた。
詩乃ちゃんは振り返って、
にこにこと手を振っている。
「あれっ……あの二人、どこ行くの?」
『少しだけ莉愛を借りたくて、詩乃ちゃんには自主練に行ってもらったよ。拓斗は元々そのつもりだったし』
「か、借りる……?」
口の中で言葉を転がす。
意味がよくわからないまま、
胸だけがそわそわした。
『それじゃあ着替えてくるから、ここで待っててね』
カナタはくるりと背を向け、
更衣室の方へ歩いていく。
その背中が見えなくなるまで、
私はただ見送ることしかできなかった。
置いていかれたみたいで少し心細いのに、
呼ばれたことが嬉しくて。
胸の奥が、
落ち着かないまま揺れていた。
◇ ◇ ◇
『お待たせ。行こうか』
長い袂を揺らしながら、
制服に着替えたカナタが戻ってくる。
慌てて立ち上がり、
余計な間を作らないように口を開く。
「あの、カナタ……創駆はいいの?」
『うん、大丈夫。拓斗が自主練するって言うから、ついでに改良しようと思ってただけだし』
「そっか……」
その答えに、
胸の奥の小さな不安がほどけていく。
私のせいで時間を奪ってしまったわけじゃない。
それがわかって、ほっとした。
「えっと……それで、どこに行くの?」
『図書棟だよ』
「図書棟?」
思わず聞き返す。
練習場でも作業場でもなく、
どうして図書棟なんだろう。
◇ ◇ ◇
鏡を抜けると、そこは静かな別館だった。
私とカナタは並んで長い渡り廊下を歩き、
その先に聳える建物の前に立つ。
首が痛くなるくらい見上げなければ、
てっぺんが見えないほど高い図書棟。
まるで空へ届こうとしているみたいに、
厳かにそこにそびえていた。
「カナタは、ここ来たことある?」
少し緊張しながら尋ねると、
カナタは当たり前みたいに頷いた。
『うん、何回かね』
(さすがだなぁ)
胸の奥で小さく感嘆する。
緑の教会の図書室の本を
読み尽くしたと言っていたカナタなら、
こういう場所にも自然と足が向くんだろう。
「私、実は初めてなんだ。ずっと来てみたかったの」
口にした瞬間、
心が少しだけ軽くなる。
ずっと憧れていた場所。
でも、目まぐるしい学園生活の中で、
来る機会を逃していた。
「こんな形だけど、ちょっと嬉しいんだっ」
気づけば、言葉が少し弾んでいた。
するとカナタが、
ほんの少しだけ目元をやわらげる。
『そうなんだ。それなら、連れて来れてよかったよ』
そこで、ひと呼吸おいて。
『……やっと笑った』
「……っ」
胸が、きゅっと鳴った。
読んでいただきありがとうございます。
うまくいかない日や、
自信をなくしてしまう瞬間。
そんなときに、
誰かが隣にいてくれることの意味を
少しだけ描いた回でした。
その温度が、
少しでも伝わっていたら嬉しいです。




