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15

「ねぇねぇ、ダメ? もっと話聞きたいんだけど!」


『えーっと……』


 カナタは初めて向けられる“好意的な誘い”に、どう答えていいのか分からないようだった。


(これは……私は口出ししない方がいいよね)


 これはカナタが自分で決めること。でも、不安そうなカナタの背中を少しでも押せるように、「大丈夫だよ」って気持ちを込めて微笑みかける。


 玲央くんなら、絶対にカナタを傷つけたりしない。まだ会ったばかりなのに、不思議とそう思えた。


(また、これも勘……かな?)


 カナタがチラリと私を見て目が合うと、カナタの目元がほんのり安心したように緩んだ。そして——


『……僕の食事は流動食だから。食堂のメニューは食べないよ。……一緒に食事って感じはしないと思うけど』


「いいのいいのっ! 喋りたいだけだから! あ、もしかして見られるの嫌?」


『いや……僕は別に』


「じゃあ、一緒に食おうぜ〜! 莉愛ちゃんも来る?」


 玲央くんが、勢いで私まで誘ってくる。頭の中でカナタが質問攻めにされる未来が見えるから、私は苦笑して頷いた。


「じゃあ……そうしよっかな」


『……じゃあ、ちょっと待ってて』


 カナタは教室に戻り、学生鞄から流動食のパックと、チョーカーに繋げるストローが入ったケースを取り出す。ついでに机に入れていた教科書も、ロッカーにしまって戻ってきた。


「よーしっ、じゃあさっさと行こーぜ!」


 玲央くんは自分の教科書を勢いよくロッカーに突っ込み、私とカナタの肩を軽くポンッと叩く。その軽さに押されるように、私たちは顔を見合わせ、並んで食堂へ行くために鏡へ向かった。


 ——階段の踊り場。そこには、鏡を前に躊躇して足を止めた生徒たちが大勢集まっていた。


「ちょっと通るよ〜」


 玲央くんが人混みを掻き分けると、自然と道ができる。その後ろを私とカナタは通って行く。


「えぇっと……行きたいところを思い浮かべるんだよな。《食堂》でいいのかな? それとも《別館》?」


『……《食堂》でいいと思うよ。食堂の近くに鏡がたくさんあったから』


 そう言うと、カナタの魔械面(マギアマスク)から“キンッ”と音が鳴り、カナタが鏡に手を触れる。次の瞬間、鏡が静かに波打ち、カナタの体を飲み込んでいった。


「「わぁ……っ!」」


 近くで躊躇っていた生徒たちが、一斉にざわつく。


「へぇ〜、んじゃ俺も!」


 玲央くんは右足の魔械(マギア)義肢で床をタップし、迷いなく鏡に飛び込む。その姿に背中を押されるように、私も左手の魔械(マギア)義肢を握って“キンッ”と鳴らし、《食堂》を強く思い浮かべて飛び込んだ——。


 温かい水に包まれるような感覚の後、視界が開けた。そこは案内で見た食堂前の廊下。壁にはずらりと鏡が並んでいた。


『大丈夫?』


 気付けば、カナタがすぐそばにいた。たった一言の心配の言葉が、私の心を優しく包んでくれる。


「うんっ。えへへ、成功だね」


 私がそう返すと、カナタも少しだけ目元を緩めた。その穏やかな笑みと重なるように視線が合う。


「へぇ〜便利だなぁ。……あ、本当だ、番号がある」


 玲央くんは、鏡の縁をなぞりながら頷いた。声の調子は落ち着いていて、ただ感心しているだけじゃなくて、状況を把握するために確認しているように見えた。


「んー、でも番号は覚えなくても大丈夫っぽいな。ちゃんと来れたし!」


「そうだね」


 日向先生の言った通り、思っていたよりずっと簡単だった。最初に感じた鏡を通る時の違和感も、もう大丈夫。


 私たちは顔を見合わせ、そのまま食堂の扉を潜った。


 食堂は昼休みのざわめきでいっぱいだった。あちこちの列に生徒が並び、料理を受け取ってはトレーを抱えて席へ向かっていく。


 カウンターの上には大きなメニュー板が掲げられていて、“和食”“洋食”“中華”の三つみたい。


(へぇ、寮の食堂と同じ感じなんだ……。今日はどうしよっかなぁ)


 列の前方に目をやると、すでにオムライスを受け取った子が嬉しそうに席へ向かっていくのが見えた。とろりとした卵がキラキラ光っていて、思わずごくりと喉が鳴る。


(あっ……もう決まっちゃった気がする。やっぱり洋食かなぁ)


「俺、中華〜♪」


 隣で玲央くんが、テンション高く指を突き出した。注文口で「麻婆豆腐!」と元気よく告げる姿に、後ろの生徒たちがクスッと笑う。


「カナタは何を飲む?」


 私が尋ねると、カナタは一瞬だけ目を細めてから答えた。


『……眠いからアイスコーヒー』


「眠れなかったの?」


『ん〜……そうみたい』


 返事は短いけど、声には少しだけ重さがあった。よく見ると、カナタの目元は少しだけ赤く、眠気が残っているように見える。


(そっか……。やっぱり緊張してたんだ。初めての人と同室って、気を使うもんね)


 菊理で話した時は落ち着いているように感じた、けど、本当は少し張りつめていたのかもしれない。そう思うと、ほんの少し胸がきゅっとした。


「……今日は、ちゃんと眠れるといいね」


 囁くように言葉を置いた。まるでこの空間に溶ける小さなおまじないのように、カナタへとそっと贈る。


 カナタは気付いてくれたようで、私を見て目元でそっと微笑んでくれた。


 カウンターの前に立ち、“洋食”と“アイスコーヒー”を注文する。番号札なんてものはなく、そのまま列に沿って歩みを進めていけばいいらしい。


 奥の厨房では、調理師さんたちが慌ただしくも手際よく動き回っていた。フライパンが火花を散らす音、包丁の小気味いいリズム、湯気の立ちのぼる鍋、どれも耳に心地よくて、思わず見惚れてしまう。


 そして出来上がった料理は、ひとつひとつふわりと浮かび上がってカウンターへと滑るように運ばれてくる。まるで料理そのものが魔法を使っているみたい。


 私たちはそれぞれ注文した料理をトレーに受け取ると、まだ空席が目立つ広い食堂の中を見回した。どの席も同じ形で、長いテーブルに長いベンチが並んでいて、座るにはベンチを跨がなければならないらしい。


 タイトスカートに慣れていない私は、ちょっと戸惑って足を止めてしまった。


 すると、それに気付いてくれたのか、カナタがスッと先に動き、さりげなくベンチの端の席を空けて腰を下ろす。そのお陰で、私は跨がなくてもすんなり座ることができた。


 私は小さく笑って、カナタに「ありがとう」と伝えた。


 ただの何気ない気遣いなのに、その自然な仕草が胸の奥をじんわりと温める。


 玲央くんが私たちの向かいに腰を下ろす。テーブルの上には、ほんのり湯気を立てる麻婆豆腐と、トロトロの卵がかかったオムライス。


 向かい合った私たちは、視線を合わせて、息を揃えるように両手を合わせた。


『「「いただきます。」」』


 静かな声が三つ重なって、食堂に柔らかく溶けていった。


 カナタは流動食のパックを手に取り、器用に蓋を開けると、チョーカーの注入口をスライドさせて開いた。小さな音を立てて、パックの口とカチリと繋げる。その一連の動作を、玲央くんはまるで魔法の実演でも見ているかのように目を輝かせていた。


「すげー……。てか、そんな量で足りんの?」


『取り敢えずね』


「うぉっ! 喋れるんだっ。便利〜!」


 その素直な反応は、どういうわけか嫌味っぽさがまるでない。偶然なのか、それとも意識して気を遣っているのか分からない。でもだからこそ、カナタも安心して食事に向き合えているように思えた。


「どんな栄養が入ってるん?」


 玲央くんがレンゲで麻婆豆腐を掬って、一口食べる。


『一通りの必要な栄養と……あと、最近プロテインを入れたって言ってた気がする』


「うわっ、いいなぁ。ムキムキになるじゃん!」


 思わず吹き出してしまいそうになるほど微笑ましい光景に、私はスプーンを咥えたまま小さく笑ってしまった。肘をつきながらパックを支えているカナタが、不思議そうな目でこちらを見てくる。


「朝にも芽依ちゃんたちに質問攻めされてたね。……大丈夫? 無理してない?」


『大丈夫だよ。ありがとう』


 そう言葉を交わした瞬間、玲央くんがハッとした顔をして、みるみる肩を落とした。


「……俺のアホ〜……」


 テーブルに突っ伏しそうな勢いで自分を貶める玲央くん。その唐突さに、ついまた笑いそうになる。


「どうしたの? 大丈夫?」


「莉愛ちゃんには、芽依ちゃんと昼、一緒にいてほしかったのに……すっごいナチュラルにこっちに誘っちゃってんじゃん……」


 思わず「あ〜」と宙を見上げ、そんな話をしたなと思い出す。


「……寮が一緒だから、そっちで聞いとくよっ」


「お願いします……」


『……芽依ちゃん?』


 カナタは首を傾げて、「誰だっけ?」とでも言いたげな目を向けてくる。その様子に、つい苦笑いしてしまった。


 確かに、朝は人が多過ぎて、誰が芽依ちゃんか分からなくても無理はないかもしれない。


「えっと……朝、質問してきた、隣のクラスの……」


 私は両手を肩にやり、芽依ちゃんのボブヘアをざっくりと表現してみる。するとカナタは、さっきの私と同じように「あ〜」と宙を見上げ、思い出すような仕草をした。


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