13・14(詩乃side)
学園案内は、残念ながら莉愛ちゃんと一緒には周れなかった。だけど、まさか私の出席番号の後ろが、寮で話を聞いて仲良くなりたいと思っていた優ちゃんだったのだ。
そのお陰で、私は心細さを忘れて楽しく校舎を周ることができた。
……とはいっても、会話のほとんどは私が一方的に喋って、優ちゃんが優しく返事や相槌を打ってくれる形だったけど。それでも、同じ時間を一緒に過ごせたことが、すごく嬉しかった。
いくつかの場所を周るうちに、特に私の心を惹きつけたのは──専門棟の“魔械工学棟”。
魔械歯車が壁一面に並んだ廊下の途中に並ぶ教室にある、複雑な器具や見慣れない魔械機器。その光景に胸が高鳴る。
(……ここだ)
あの時、菊理が見せてくれたように「こんなのがあったらいいな」っていう願いを形にできる場所。誰かの生活を変えたり、心を動かしたりできる場所。
その瞬間、私の胸の奥に芽生えた感情は、ただの好奇心じゃなかった。
──ここでなら、私も、あの感動を人に伝えられるかもしれない。
夢が、確かに、またここで生まれた。
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別館の案内も終わり、私と優ちゃんは自分の教室へ戻ってきた。机の上には、すでに山のような教科書が積まれている。
「わっ! これが教科書かっ!」
思わず声が出てしまう。どれどれ、と一番分厚そうな本を手に取って、適当にページを捲ってみた。
(…………さっぱり分かんない)
文字だらけのページに目が泳いでしまい、顔をしかめる私。その様子が可笑しかったのか、横で見ていた優ちゃんが小さく吹き出した。
「本当、詩乃といるとずっと楽しいわ」
クスクスと笑いながら、そんな嬉しいことを言ってくれる。優ちゃんはそのまま、私の後ろの自分の席に座る。
「えっ、そう? えへへ……でもたまに“うるさい”って言われちゃうんだけどねっ」
私が肩をすくめると、優ちゃんは首を横に振った。
「そんなことないわよ。学園案内中も、ずっと賑やかで楽しかったわ」
私は胸の奥がポカポカして、自然と笑顔が溢れてしまう。
その時、教室の外から芽依ちゃんの声が聞こえた。思わずそっちに顔を向けると、教室の外で莉愛ちゃんと、見知らない男の子が隣のクラスに向かって手を振っていた。
男の子は、少し顔を赤くして芽依ちゃんがいるであろう方向を見ていて、莉愛ちゃんはその様子を見て、微笑ましそうに笑っている。
(……ほほぅ)
胸の中に、ピンとした直感が走る。私はこういう時の勘は、妙に当たるのだ。
(この男の子……芽依ちゃんに惚れたなっ!)
そして、莉愛ちゃんに芽依ちゃんと仲良くなるのを手伝ってほしいって頼んでたんだと思う。
それにしてもこの男の子、すごく大人っぽい。髪は肩くらいまであって、ちょっと風に揺れる感じがサマになってるし、顔付きもワイルドな感じ。正直、雰囲気は怖いなって思ったけど……莉愛ちゃんと話してる空気は全然違ってた。声も落ち着いてるし、寧ろ優しそうに見える。
(……何か、拓斗くんっぽいな)
拓斗くんも、目付きが鋭いから近付きにくそうに見えるけど、実はすごく優しい人。人のことをちゃんと見てるし、気付かないところまで気にしてくれる。初等部の時は、あの嫌なグループに変に煽られて、カナタくんにちょっかい出したりしてたけど……今はもうその子たちと一緒にいない。寧ろ、あの時とは全然雰囲気が違う。
だから余計に、この男の子も本当は似たタイプなんじゃないかって思えてくる。見た目はちょっと怖そうでも、根っこは優しい。
……そういう人、私は嫌いじゃない。
私は右斜め後ろの席に座る拓斗くんを、そっと見る。拓斗くんは椅子を浅く座って後ろに寄りかかり、机の上に積まれた教科書をジッと見つめていて、表情ひとつ動かさない。
その更に右隣。教室のドアに近い壁を背にして、カナタくんが椅子を横向きに座り、足を組んで教科書を開いていた。
そんな様子を眺めていると、莉愛ちゃんたちが話しながら教室に入って来た。
「いやー俺、もうずっと莉愛ちゃんのそばにいるわ」
「ふふっ、え〜、なにそれっ!」
楽しげな声が耳に届いた、その瞬間だった。
カナタくんと拓斗くんが同時に顔を上げ、驚いたように莉愛ちゃんたちの方へ視線を向ける。
きっと「莉愛ちゃんのそばにいる」という言葉に反応したんだろう。
もちろん、本当の意味は「莉愛ちゃんといれば芽依ちゃんとも仲良くなれる」ってことなんだろうけど、ふたりはさっきの莉愛ちゃんたちの様子を見てないから、知らないに違いない。
(……ほんと、分かりやすいなぁ)
カナタくんが莉愛ちゃんに特別な気持ちを抱いているのは、初等部の頃から知っていた。でも、拓斗くんまでそうだったのは少し意外だった。
(あぁ……だから、カナタくんにちょっかい出しちゃったのかな?)
そんなことを考えていた時、隣で優ちゃんが小さく呟いた。
「……分かりやすいわねぇ、二人共」
今日会ったばかりの優ちゃんにまで気付かれるくらいだから、本当に分かりやすいんだと思う。
「ね〜っ」
私は自分の席に座って、優ちゃんに同意の声を返す。
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四時間目は教科書の説明と名前の記入、そして鏡の使い方を教わったら、あっという間に終わりのチャイムが鳴った。
(うわ〜、大変そうだなぁっ)
初等部になかった授業に、“算数”が何でか“数学”って名前に変わってさらに難しくなって、私は泣きそうになった。
「そんなに都合よく偶然は重ならないよっ」
莉愛ちゃんがさっきの男の子と一緒に、たくさんの教科書を持ってロッカーへ向かうみたい。
莉愛ちゃんが教室を出たその瞬間、カナタくんが席から立ち上がって教室を出た。
『莉愛』
……莉愛ちゃんを追いかけたみたい。
「……カナタちゃんって、意外とグイグイ行くタイプなのね」
後ろの席から優ちゃんが私に耳打ちしてきた。
「ねっ、私もビックリしたっ!」
そんなことを話していると———
「マジで!? うわっ、話してみたかったんだよ! へぇ、そのマスクで魔法使うの!? 声、カッケェっ!」
「!?」
大声ってほどではないけど、驚いたような感激したような声が響いてきた。教室の外を見ると、さっきの男の子がカナタくんにキラキラした目で質問していた。
「……すごいわね。さすがのあたしも、あんなにズケズケ聞けないわよ」
「うーん、でも……」
何というか、あの男の子からは嫌な感じが見えない。好印象からの好奇心から質問している感じ。
「まぁ……声はちょっと大きいかな?」
興奮して声が大きくなっちゃって、周りに少し人集りができちゃってて、思わず苦笑いしちゃった。
(カナタくん、大丈夫かなぁ?)
『えっ!?』
今度はカナタくんの機械混じりの驚く声が聞こえた。カナタくんが、あんな大きな声で驚くなんて意外。
でも、莉愛ちゃんの笑い声が聞こえるから、何か問題があったわけではなさそう。
私は優ちゃんと目が合うと、どちらからともなくクスッと笑い合った。




