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機械仕掛けの魔法使い  作者: Runa
1章 未来は空にある。
5/72

05

 お父さんの声が、少しだけ静かに落ちた。


「それはね、———地球を回復させるためだよ。」


「地球を回復?」


 窓の外を見ていたカナタも、運転席のお父さんを見つめた。


「そう。お父さんも、莉愛もカナタ君も、魔法を使う時に“人工魔法石”と“天然魔法石”を使うだろう?この“天然魔法石”っていうのが、地球のエネルギーである”地脈力”が宿っているんだ。」


「地脈力…。」


 授業でその言葉は聞いたことがある。大地に流れる地球のエネルギーで、魔法使いや精霊の魔力の源と言われているんだっけ。


「地球の自然を増やすことで、地脈力を回復させられるから、少しでも自然を増やすために、私たち人間の住む場所を変える必要があったんだ。」


 お父さんの言葉を聞いて、私は小さい頃のことを思い出した。まだ保育所に通ってた頃、緑の教会の高い窓から、下の世界を見た時のこと。


 あの時、空の下には広い雲が海みたいに広がっていて、その雲の隙間から、ちらっとだけ見えた。ずっと下にある、大昔の人たちが住んでいた地上。


 何だか遠くて、寂しそうで、でも少しだけ綺麗だった。


 お父さんが静かに言った言葉に、カナタも私も黙って耳を傾ける。


「そうして大昔の偉大な魔法使いたちが、空に大陸を作ってくださって、私たち人間は、この空中大陸に住むことになったんだ。」


 その言葉が、私たちの世界の成り立ちを象徴しているようで、何だか胸が締め付けられるような思いがした。地球が抱えている問題に対して、私たちがどんな方法で向き合ってきたのか、その一端が少しだけ理解できた気がした。


「今も空中大陸が浮き続けていられるのは、中央都市にある巨大な魔法石と、七賢者(しちけんじゃ)たちのお陰なんだ。———リョク様のことだね。」


 リョク様とは、常盤町にある緑の教会にいる、緑の賢者。カナタが育った養護施設も、私が小さな頃に通っていた保育所も、元は前任の緑の賢者が作ってくれた場所だった。


 そして今、リョク様はその後を継いだ二代目。最年少の賢者と言われているけれど、本当の年齢を知る人は誰もいないらしい。


『リョク様って、見た目は子供ですけど……就任された時、誰も何も言わなかったんですか?』


 カナタが、機械混じりの声で、いつものように遠慮のない質問を淡々とする。リョク様と付き合いが長いからか、たまにこうして、ちょっと失礼なことも平気で口にする。


 お父さんは少し笑って答えた。


「もちろん最初は言われていたよ。子供に都市の未来を任せるのかって、特に政治家たちは大騒ぎだった。でもな……。」


 車が赤信号で止まり、お父さんは窓の外に目をやった。冬の夜ににじむ街灯の明かりが、運転席に光を照らす。


「実際に、二代目のリョク様が人前に立った時———誰も、何も言えなくなったんだ。」


 その言葉に、私は息を飲んだ。


「どうして?」


 私が素直に尋ねると、お父さんは少し言葉を探すようにしてから、ゆっくりと答えた。


「何ていうか…………オーラというか、あふれ出す魔力というか………難しいな。でも、みんなが自然と思ったんだよ。“あぁ、この人は賢者だ”って。」


 賢者(けんじゃ)———。

 魔械(マギア)義肢の制御で使えないはずの【治癒魔法】や【自然魔法】を使える魔法使いたちのことを、私たちは賢者と呼んでいる。7人いるため、まとめて七賢者(しちけんじゃ)と呼ばれている。


 彼らは並外れて魔力が強いと言われていて、私たちにとっては憧れの存在だ。


 カナタの方を見ると、彼はなぜかそっぽを向いていた。せっかくリョク様のかっこいい話をしていたのに、カナタはちょっと不機嫌そうだった。


 私は小さく息をついて、何となく思いついたことを口にした。


「その、空に大陸を作ったのも……七賢者(しちけんじゃ)だったりする?」


 お父さんは、驚いたように目を丸くして、それからにっこり笑った。


「お、莉愛、鋭いな。実はそう言われているんだよ。」


「えぇっ!?」


 思わず大きな声を上げてしまった。隣でカナタも、目を丸くしてこっちを見ている。


「正確には、赤の賢者、橙の賢者、黄の賢者、それに前任の緑の賢者、紫の賢者の5人だね。青の賢者と藍の賢者は、空中大陸ができた後に就任した人たちだよ。」


『でも……この空中大陸って、できてからもう直ぐ100年になるんですよね?年齢が……』


 カナタが質問をしながら考え込んでしまった。確かに、赤の賢者と橙の賢者はお父さんやお母さんと同じくらいに見えるし、黄の賢者、藍の賢者、紫の賢者は、20代くらい。それに青の賢者に至っては、18歳くらいに見える。


 お父さんは、苦笑いを浮かべた。


「そうなんだよなあ……。リョク様以外は、世代交代をしていない。賢者たちは空中大陸を維持しなきゃいけないし、みんなの生活を支えてくれているから、何かしらの魔法か精霊の加護で、不老になっているって噂されてるんだ。でも、本当のところは教えてくれないんだよ。」


 信号が青に変わり、車が静かに動き出す。窓の外を流れる景色を眺めながら、お父さんの話を思い返していると、私は改めて七賢者(しちけんじゃ)の凄さを実感していた。


 そのままぼんやりと考え事をしていたら、ふと頭に浮かんだ疑問があった。


「お父さん、私たちが魔法を使えるのは、魔械(マギア)義肢の魔法石と魔械歯車(マギアギア)のお陰だよね?」


ハンドルを握りながら、お父さんが小さく頷く。


「そうだよ。」


「じゃあさ、自分自身の魔力って使ってないの?」


 私がそう質問すると、お父さんは少し考えてから、穏やかに答えた。


「良い質問だね。自分自身の魔力は、魔法自体には使われていないんだ。どんな魔法を使うかとか、感覚的に魔力を感じることや、あとは魔械(マギア)義肢を自分の手足のように使うためとか、生きるために使われるんだ。」


 私とカナタは、じっとお父さんの話を聞いた。


「じゃあ、2人共、自分自身の魔力って結局なんだと思う?」


 お父さんが、少し挑戦的な目を向けてきた。

 カナタが少し考え込み、静かな声で答えた。


『自分自身の魔力…か。多分、それは“意志”だと思います。魔法って、ただ力を使うだけじゃなくて、自分の考えや願いを形にするためのものだから。』


 私もじっと考えてみた。自分の魔力って、一体なんだろう。


「私の魔力は…、うーん、“気持ち”かな?魔法を使う時って、自分の気持ちが一番大事な気がする。嬉しい時も、悲しい時も、魔法の力が強くなる感じがするから。」


 お父さんは、少し驚いたように目を見開いて、それから優しく微笑んだ。


「……なるほど、2人共、よく考えてるね。カナタ君は“意志”莉愛は“気持ち”どちらも正解だと思うよ。魔力というのは、ただの力じゃなく、心が込められているものだからね。」


 私たちはお父さんの言葉に、何だか嬉しくなった。魔法って、力だけじゃない。心があってこそのものなんだ。


「自分の魔力を大切にしなさい、そして、魔法を使う時は、しっかりと心を込めることを忘れないで。」


『しっかり、込める……。』


 カナタは何かを深く考えるように腕を組んで、右手を握り本来あるはずの口元に当て、目の前の宙をじっと眺めていた。


 カナタが考え事をする時にするクセ。


 その静かな仕草からも、カナタの思考がどこか遠くへ向かっているのが伝わってきた。


 お父さんは、信号待ちの間にチラリとこちらを見た。その目はいつもの優しいお父さんのままだったけど、どこか遠くを見ているみたいにも思えた。


「魔法は、心が(こも)ると強くなる。だから、心が荒れたまま使えば、そのまま誰かを傷つけることにもなるんだ。自分を大事にできない人には、本当の意味で魔法は使えない。」


「……自分を大事に。」


 私は、胸の奥に小さく火が灯るような気持ちになった。魔法が特別なんじゃない。私たち1人1人の心が、特別なんだ。


『…ねえ、おじさん。』


 カナタが、少し迷うように声を出した。運転するお父さんの後ろの席から、言葉を探すように続ける。


『じゃあ、もし自分の心が、ぐちゃぐちゃな時に魔法を使ったら…………どうなってしまいますか?』


 カナタの声は、とても真剣だった。冗談とか、なんとなく言ったって感じじゃなくて、本当にそう思ってるんだなって分かった。


 もしかして、前にそんな経験があったのかな。自分でそういう魔法を使ったとか、そんな人を見たことがあるとか。


 私はカナタの横顔をじっと見つめた。カナタは、ただ黙って前を向いていた。しばらくして、お父さんがゆっくりと口を開いた。


「それは……暴走するかもしれないな。」


 淡々とした声だったけれど、その言葉には、どこか重さがあった。


「でも……どうだろう。ぐちゃぐちゃだと思っていても、実はそれ、ものすごく強い感情の、爆発なのかもしれないんだ。痛みとか怒りとか悲しみとか、そういう気持ちが全部混ざって……それが魔法になると、多分、物すごく強いものになると思う。」


 お父さんは、前を向いたまま、言葉を続ける。


「強力すぎて……もしかしたら、何かしらの代償があるかもしれない。魔法って、心の力だから。心が壊れそうな時に使うと、代わりに何か大事なものを失うことがあるんだよ。」


「じゃあ……やっぱり使っちゃダメなの?」


 そう聞いた私に、お父さんはすぐに首を振った。


「ううん、お父さんはそうは思わないよ。例え心がぐちゃぐちゃでも、弱っていたとしても……魔法を使ってもいいんだ。ただね、その時は、自分が今どんな気持ちなのかを、ちゃんと分かっていてほしい。」


『……分かってること、か。』


 隣で、カナタがぽつりと呟いた。その声は小さいけれど、どこか深くて、胸に残る響きだった。


 私は、何となく自分の義手を見つめながら、これまで魔法を使った時のことを思い出していた。楽しかった時、悲しかった時、どうしようもなく不安だった時。あの瞬間、私の魔法は、どんなふうに輝いていたんだろう。


「魔法は、心の鏡みたいなものだからね。」


 お父さんが、にっこりと笑った。


「自分の心を映して、そのまま世界に送り出す。それが魔法だよ。」


 すっかり暗くなった道を走る車の中で、私はそっと胸に手を当てた。私の心は、今、ちゃんと温かい。だから、きっと、大丈夫。


 カナタの方を見たら、カナタもすぐに気付いて、こっちを見てくれた。何だかおかしくなって笑っちゃったら、カナタの目元がふわりと笑った。それだけで、胸の中がぽかぽか温かくなった。


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

あなたの一押しが、物語を未来へと運びます。

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