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魔力に呑まれる 02

 緋統官たちが規制線を張り、

 町の人たちを近づけさせないようにしている。


 壊れた石畳。

 捻じ曲がった街灯。


 焦げた匂いが、まだ薄く空気に残っていた。


 ついさっきまで、あそこに“何か”がいた。


 そう思うだけで、胸の奥がひやりと冷える。


 怪我を負った人や、

 私みたいにショックを受けた人たちが、

 緋統官に支えられながら

 安全な場所へ案内されている。


 奥では、慈療司(じりょうし)が簡易治療場を広げている。


 私はその一角に座り込み、

 ぼんやりとその様子を眺めていた。


 カナタはずっと隣にいてくれる。


 やがて、大通りから大きな車が到着した。


 扉が開き、

 群青色の羽織と

 水色の制服を着た人たちが降りてくる。


「慰者を通してください!」


 慌ただしく現場へ入ってくる慰者たち。


 その中に、見覚えのある姿があった。


「……お母さん?」


 思わず声が漏れる。


 緋統官の説明を受けながら、

 お母さんがこちらへ歩いてくる。


「――っ!?」


 顔を上げたお母さんと、目が合った。


 お母さんの目が見開く。


 ほんの一瞬だけ、視線が揺れた。


 だけど――


 お母さんは、そのまま視線を外して

 通り過ぎていった。


「あっ……」


 喉の奥で、声にならない何かがつかえる。


 呼び止めたかったのに、

 その背中はもう、“お母さん”じゃなかった。


 遠ざかっていく背中を、私はただ見つめる。


 そのとき、背中に温かいものが触れた。


『家族だからって、優先することはできないんだ』


 カナタの声が、静かに落ちる。


『おばさんも、きっと辛いと思う』


 機械混じりの声なのに、不思議と優しい。


『……大丈夫。一人じゃないよ』


 カナタの目は、いつものように優しかった。


 それだけで、胸のざわつきが静まった。


「……うん」


 自然と頬がゆるむ。


 ふと、あることに気づいた。


「……カナタってさ」


『?』


「いつも、私の右側にいるよね」


『あ』


 カナタの目が丸くなる。


『気づいてたんだ』


「今気づいたっ」


 自然と声が弾む。


「どうして?」


 カナタは一度視線を外した。


 それから、私の左の義手をちらりと見る。


 ほんの一瞬だけ。


『理由はあるけど……』


「あるけど?」


 カナタは私に視線を戻す。


 そして頬杖をついた。


 その目元が、いたずらっ子みたいに笑う。


『……どうしてでしょう』


「えーっ!」


 思わず声が大きくなる。


「教えてくれないの?」


 小さく首を傾げる。


 カナタは小さく笑う。


『秘密』


「気になるっ!」


 私がムッとすると、

 カナタは少しだけ肩をすくめた。


『……いつかね』


「えー……」


 すると、

 聞き慣れた大好きな声が聞こえてきた。


「莉愛っ!」


 顔を上げると、

 お母さんがこちらへ駆けてきていた。


「っ! お母さんっ!」


 思わず笑顔になる。


 お母さんは私の前にしゃがみ込むと、

 義足で地面を叩いた。


 キン、と澄んだ起動音が鳴る。


 次の瞬間――


 お母さんの瞳が、青く瞬いた。


 次に左手を私の首筋に当てて、

 私の目をじっと見つめる。


 家では見ない、仕事の時の顔。


「――大丈夫そうね……」


 お母さんの顔が綻んだ。


 それから、隣にいるカナタへ視線を向ける。


「カナタくんがいてくれたお陰ね。ありがとう」


 カナタは小さく首を振った。


 お母さんは一度小さく息をつく。


「二人とも大丈夫だから帰っていいんだけど……利玖(りく)はもう家にいるかな……」


 お母さんは

 口元に手を当て、少し考え込む。


 そのとき、カナタが顔を上げた。


『……僕、家まで送ります』


 カナタが静かに言った。


 お母さんが少し目を丸くする。


 少し迷うように視線を落とした後、

 小さく笑ってカナタを見る。


「……お願いしていい?」


 カナタはすぐに頷いた。


『はい』


 お母さんは安心したように息をつく。


「ありがとう。助かるわ」


 それから思い出したように続けた。


「緑の教会には、おばさんから連絡しておくね」


『……はい』


 カナタは静かに頷いた。


 カナタは、

 緑の教会の養護施設で暮らしている。

 

 親を亡くした子や、

 家で暮らせない子たちが集まる場所。


 私が小さい頃、

 緑の教会の保育所に通っていたとき――


 誰もいない図書室で

 一人で静かに絵本のページをめくっていた。


 それが、カナタだった。


「莉愛」


 お母さんが私を見る。


 まだ心配が残ってる顔。


「なるべく早く帰るから、家で待っててくれる?」


「うん」


 私は小さく頷いて立ち上がる。


 隣でカナタも静かに立ち上がった。


 まだ慌ただしい現場の向こうで、

 慰者たちの声が聞こえる。


「それじゃあ、気を付けて帰るのよ」


 お母さんはそう言うと、

 もう一度安心したように微笑んだ。


 私はその笑顔を見て、小さく手を振る。


 お母さんは、

 また仕事の顔になって

 違う人のところへ向かった。


 それから――


「行こ、カナタ」


『うん』


 私たちは並んで歩き出した。


 気がつくと、

 カナタはいつものように私の右側にいた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


事件のあと、それぞれの立場や距離が少しだけ見えた回でした。


変わらないようで、少しずつ変わっていくものを、

これからも描いていけたらと思います。

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