魔力に呑まれる 01
大通りの方から、凄まじい音が鳴り響いた。
思わず、体が強張る。
その瞬間、
カナタが私の右手を強く握った。
『莉愛っ、行こうっ!』
「で、でも……」
足がすくんで、動けない。
カナタが苦しそうに目元を歪めた。
大通りの方から、
たくさんの人の叫び声が聞こえる。
こちらへ逃げてくる人も大勢いた。
「皆さんっ、こちらに避難をっ!!」
紅緋色の羽織と黒橡色の制服を着た
緋統官たちが、街の人たちを誘導している。
走って避難していく人たちの向こう。
大勢の緋統官たちの中央に、
ひとりの男がいた。
「……っ!?」
遠くからでもわかった。
目が血走っている。
髪は乱れ、
何かをぶつぶつと呟きながら、
こちらへ歩いてくる。
焦点の合わない目だけが、
ぎょろりとこちらを向いた。
ずりぃ、コツ……
ずりぃ、コツ……
石畳に靴を引きずる音が、不規則に響く。
だらりと前のめりに傾いた身体が、
ふら、ふらと揺れていた。
ギギギ……
男の右腕の魔械義肢が、軋んだ。
その男から一定の距離を保ちながら、
緋統官たちが何かを叫んでいる。
「止まりなさい!」
「落ち着いて! 話を聞いてください!」
「慰者はまだか!」
「もう要請しています!」
だけど、
男には何も届いていないみたいだった。
男の右腕――精巧な魔械義肢から、
どす黒い魔力が噴き出している。
煙みたいに揺れているのに、
煙なんかじゃない。
生き物みたいにうねりながら、
空気を震わせていた。
次の瞬間、石畳がめくれ上がる。
街灯が、ぐにゃりと捻じ曲がった。
「っ……」
息が止まりそうになる。
何、あれ。
何が起きてるの。
――そのとき、頭の奥にふっとよぎる。
さっきの、カナタの言葉。
『……魔力に呑まれるよ』
胸の奥が、ひやりと冷えた。
それじゃあ、あれが――
(魔法の、暴走?)
緋統官たちが、
周囲に被害が広がらないように、
魔械義肢を鳴らして魔法を放ち続けている。
(に、逃げないと……っ)
そう思っているのに、足が動かない。
心臓だけが、耳の奥でうるさく鳴っていた。
私はカナタと繋いだ手を、
ぎゅっと握りしめる。
カナタの手は、驚くほど落ち着いていた。
そのまま、
カナタが私を庇うように一歩前へ出る。
(カナタっ!)
守らなきゃ。
反射みたいにそう思って、
緋統官たちの方へ目を向けた。
そこに、見覚えのある姿がいた。
「お父さんっ!!」
男と睨み合っていたお父さんは、
私の声に気づくと、はっとこちらを見た。
驚いたように目を見開いた次の瞬間、
すぐに男と私たちの間へ立ち、
剣を構える。
「発砲許可はまだか!?」
お父さんの鋭い声が響く。
(発砲……?)
すると、お父さんの部下らしき人が、
少し長い銃を抱えて駆け寄ってきた。
「許可、出ましたっ!」
「よしっ」
お父さんは銃を受け取ると、
まっすぐ男へと構えた。
(えっ……)
何をするの?
そう思った瞬間――
『莉愛っ、見ちゃダメ』
カナタの手が、私の目を覆った。
その瞬間、空気が一瞬だけ凍りつく。
バーン!!
発砲音が、鋭く響いた。
続いて、金属が弾け飛ぶような音がした。
「っ!?」
なに――?
「魔械義肢に命中!」
誰かの声が聞こえる。
カナタは、まだ手をどけない。
繋いだ手が震えている。
『――大丈夫。もうすぐ終わるから』
カナタは繋いでいる手を、
さらにぎゅっと握ってくれた。
頬に、温かいものが伝う。
「お、お父さん……は?」
声がうまく出ない。
『大丈夫だよ。怪我もしてない』
呼吸が荒くなる。
私は大きく息を吸い込んだ。
ゆっくりと、視界が開ける。
眩しくて、目を閉じた。
頬を何かがそっと撫でる。
目を開けると、
カナタが私の涙を拭ってくれていた。
その指先は、少しだけ震えていた。
『もう大丈夫。怖かったね』
機械混じりのその声は、
驚くほど優しかった。
「……っ……っ……」
しゃくりあげながら、
お父さんのいた方を見る。
男の右腕が――
さっきまでそこにあったはずの魔械義肢が、
内側から弾けたみたいに、
粉々に砕け散っていた。
魔械義肢を破壊された男は、
膝をついて俯いている。
すぐに緋統官たちが取り押さえた。
暴れ狂っていた魔力が、すっと静まっていく。
町に、少しずつ静けさが戻ってくる。
砕けた魔械歯車が、
冷たい石畳の上を虚しく転がっていた。
「莉愛っ!」
聞き慣れた声が、私を呼ぶ。
いつも守ってくれる、頼りになる、
大好きな声。
お父さんが、まっすぐ駆けつけてくれた。
「っ……お父、さん……っ」
私はお父さんへ手を伸ばす。
お父さんはそのまま、強く抱きしめてくれた。
張りつめていたものが、一気に崩れる。
涙が止まらない。
声も、震えも、もう抑えられなかった。
「もう大丈夫。大丈夫だからね……」
泣き続ける私を抱きしめたまま、
お父さんは何度も頭を撫でてくれる。
その手が、いつもより少しだけ強い。
「カナタくん、ありがとう……君は大丈夫かい?」
『はい……』
一拍。
『……すみません』
カナタは、なぜかお父さんに謝った。
私は涙の滲む目で、思わずカナタを見る。
「どうして謝るんだい? カナタくんは、何も悪くないだろう」
『…………』
カナタは答えなかった。
ただ、その目だけが――
さっきまで男がいた場所を、
じっと見つめていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
“魔力に呑まれる”とは何なのか。
その一端が、少しだけ見えた回でした。
この出来事が、この先どう繋がっていくのか。
見守っていただけると嬉しいです。




