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08

「ていうか、同級生なんだし、敬語はいらないわよ」


「あっ、うん……ありがとう!」


 私が少し照れながら言うと、その人は柔らかく頷いた。すると、隣で聞いていた詩乃ちゃんが、パッと顔を向ける。


「そういえば、名前聞いてなかったよねっ。名前、何て言うの?」


 その人は少しだけ考えた後、ふわりと微笑んだ。


「……『やさしい』って書いて、“(すぐる)”っていうの。……でも友達は“(ゆう)”って呼んでくれるの。だから、好きに呼んでちょうだい」


 そう言ってにっこりと笑ったその姿が、今までよりも少しだけ近く感じられた。


「じゃあ……優ちゃんっ!」


 詩乃ちゃんが元気いっぱいに呼びかけると、私も思わず笑顔になる。


「うんっ、優ちゃんだね」


 その呼び名がしっくりきて、自然と笑みが溢れる。


 そう呼ぶと、優ちゃんはどこか安心したように、嬉しそうに目を細めていた。


「えっと、私は——」


 自分の名前を口にしようとしたその瞬間、


「莉愛と、詩乃でしょ」


 優ちゃんが軽く微笑みながら言った。


「ごめんなさい、話してるのが聞こえちゃって」


 少しだけ申し訳なさそうな笑み。その表情に詩乃ちゃんが肩をすくめる。


「そうなんだっ。えへへ、うるさかった?」


 照れくさそうに笑って謝る詩乃ちゃん。


「んーん、全然。仲良いなぁって思ってたわ」


「そうなのっ、私たち初等部から一緒なんだよっ! 隣のふたりもっ!」


 詩乃ちゃんがパッと隣のカナタと拓斗を指差す。


 不意に名前を出されたふたりはこっちを見た。


 頬杖をついていたカナタと、椅子に浅く座り後ろに寄り掛かって座る拓斗は、こっそりと聞き耳を立てていたのか、少し驚いた顔をしている。


「あら、そうなの。どーも」


 優ちゃんは、私たちと話していた時と同じ柔らかな笑みを崩さずに、ふたりへ視線を向けた。


「……どーも」

『……どーも』


 ふたりがほぼ同時に挨拶をすると、優ちゃんは何かに気付いたような顔をする。すると、カナタを凝視するように少し顔を前に出す。


「へぇ……話には聞いてたけど、あなただったんだ」


 優は、視線を少し細めてカナタをじーっと見つめた。その目は、ただの好奇心じゃない。


「……聞いてた?」


 私が思わず聞き返すと、優ちゃんは軽く頷いて笑う。そして腕を組み、右足の義足をサッと組み替えてから、カナタの方へ向き直る。


「うちの母親、よく緑の教会に行ってるの。そこであなたのことを見かけたみたい。『魔械(マギア)義肢代わりの魔械面(マギアマスク)をしている子がいる』って聞いててね」


 その口調は柔らかいけど、目はどこか鋭く、興味深そうにカナタを見る。


「でも——実物は、噂よりずっと素敵じゃない」


 そう言うと、優ちゃんはフッと鼻で笑い、右手を顎に添えた。ゆっくりと口角を上げ、猫のように目を細める。


「よかったら仲良くしてちょうだい。名前、何ていうの?」


 優ちゃんは口元の笑みをそのままに、カナタに名前を尋ねた。


『……カナタ』


「カナタちゃんね。で、あなたは?」


 優ちゃんは、そのままの流れで拓斗にも視線を向ける。


「拓斗」


「拓斗ね。よろしく」


 優は、にっこりと2人に微笑みかけた。


(……何でカナタは“ちゃん”付けなんだろう?)


《キーン、コーン、カーン、コーン———》


 一時間目の始まりを告げるチャイムが、教室中に響き渡った。ざわついていたクラスメイトたちが、波が引くみたいにそれぞれの席へ戻っていく。


「……じゃあ、私、席戻るね」


 私はそう言って、詩乃ちゃんと優ちゃんに軽く手を振る。ふたりも笑って返してくれた。


 自分の席に腰を下ろした丁度その時、ガラリと教室のドアが開く。


「はいっ、皆さん席に着いてくださーい! 自己紹介、始めますよっ」


 日向先生が少し急ぎ気味の声で言った。


 やっぱりクラスの人数が多いせいか、すぐ始めたいらしい。


「……それでは、自己紹介を始めますね。先生が名前を呼びましたら、返事をしてその場で起立してください。では——」


 日向先生は板状の魔械(マギア)機器に、さらりと視線を走らせ、出席番号一番の人から名前を呼んでいく。


「はいっ、えっと、東雲町から来ました。寮は水無月寮です」


「はい、蘇芳街出身で、長月寮です」


「はい、紫苑町の出身です。寮は師走寮です」


 名前を呼ばれる度、生徒が立ち上がって簡単に自己紹介をして、また静かに腰を下ろす。


 教室には、慣れない空気と緊張がまだ漂っていた。


「ありがとうございます。——では次、カナタさん」


『はい』


 機械混じりの声が教室に響いた瞬間、周囲がざわついた。


 ゆっくりと立ち上がったカナタ。


 “金属製の光沢のあるマスク”、“機械混じりの声”、その冷ややかな輝きと無機質な声が、同級生たちの視線を一斉に引き寄せた。


「常盤町から来ました。寮は……如月寮です」


 淡々とした自己紹介。それでも、その場に残る空気は一層重く、濃くなっていった。


 カナタのことを見るクラスメイトの目。面白がってるような、何かを探るような、怖がってるような、様々な色を帯びていた。


 その全てを、カナタはただ無言で受け止めていた。


「はい、ありがとうございます。では次——」


 日向先生の声は、教室に残った妙なざわめきを押し流すように、淡々と次の名前を呼んでいく。


 カナタは静かに席へ座ると、いつものように頬杖をついた。視線は教室の壁——だけどその目は、まるで、ずっと遠くの世界を見ているみたいだった。


(カナタ……)


 胸の奥がギュッとなる。今、カナタはどんなことを考えているんだろう。


「——では次、拓斗さん」


「……はい」


 呼ばれた拓斗は、気怠そうに返事をして、背もたれに預けてた体をゆっくりと起き上がらせて、椅子から立ち上がった。


「……常盤町出身。葉月寮です」


 その声もまた、どこか眠たげで、感情の波を感じさせない。短い自己紹介を終えると、さっさと腰を下ろして、ポケットに手を突っ込んだ。


(へぇ……葉月寮なんだ)


 葉月寮って、どんな人たちが集まるんだろう。


 ……今度、利玖に聞いてみようかな。


 いや、そもそも利玖に会えるのかな? どうやって会えばいいんだろう?


 そんなことをぼんやり考えているうちに、詩乃ちゃんの自己紹介はもう終わっていて、次は優ちゃんの番になっていた。


「では次、優さん」


「はい。中央都市から来ました、弥生寮です。よろしくお願いします」


 短く、それでいてはっきりとした声。


 その瞬間、教室にはカナタの時と同じくらいのざわめきが広がった。


 だけど優ちゃんは、周囲の視線なんて気にも留めず、真っ直ぐ前を見据えている。


 その堂々とした立ち姿は、ただ「カッコいい」のひと言だった。

 その後も、クラスメイトたちの自己紹介は順番に進んでいった。


 ——そして、ついに私の番が来る。


「では次、莉愛さん」


「っ、はい」


 胸の奥が少しだけドキドキするのを感じながら、立ち上がる。


 できるだけ平静を装って、声を整える。


「常盤町から来ました。寮は、弥生寮です。……よろしくお願いしますっ」


 言い終えた瞬間、自分の頬がじんわり熱くなっているのに気付く。


(顔……あまり赤くなってないといいな)


「はい、ありがとうございました。では次——」


 日向先生の声に促され、私はそっと席へ腰を下ろした。


(……ふぅ)


 最初の難関を突破できて、安堵の溜息が出た。張りつめていた肩の力が、少しだけ抜けた。


 そしてあと二人の名前が呼ばれたら、クラスメイト全員の自己紹介が終わった。



この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

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