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06

 そんなふうにカナタへの質問会が続いているうちに、次々と同級生たちが二階へ上がってきて、フロアはどんどん人で賑やかになっていった。


(そろそろ切り上げないと)


 私は声をかけようと息を吸った、その時。友達の一人がパッと身を乗り出す。


「ねぇねぇ、カナタくんは本当に莉愛ちゃんと付き合ってないのっ?」


「っっ!?!?」


 空気が一瞬で張りつめた。私は胸の奥が跳ね上がって、思わず息を呑む。


 芽依ちゃんたちは目をキラキラさせて、期待するようにカナタを見る。


 カナタも驚いたように目を見開き、動きを止める。


「ほ、ほらっ! もうおしまいっ! 行こっ! 芽依ちゃんもっ!」


 私はそう言って急いで詩乃ちゃんの腕を引っ張り、カナタの背中をぐいっと押した。


 背後から「え〜」何て声が聞こえたけど、振り返らずに足を速める。


 宵の鏡の前に着くと、その大きさに驚いた。


(すごい。四人でも、一度に入れそう)


「これ、普通に入っていいのかな?」


「ね、どうなんだろう……」


 鏡を見ながら考えていると、カナタが呟いた。


『ここの鏡は、もう行く場所が決まってると思うよ』


 そう言って、カナタは左手を静かに鏡へ伸ばした。指先が触れた瞬間、宵の空を映す鏡が柔らかく揺らぎ、そのままカナタの身体を呑み込んでいく。


「お〜っ!」


 詩乃ちゃんが驚きの声を上げる。


(そっか……行き先が決まっているから、それぞれの鏡にその時間帯の空模様が写っていたんだ)


 胸がドキドキして、私はそっと鏡に右手を伸ばした。


 ——ゆらり。


 鏡の表面が水面みたいに揺れて、指先が触れると冷たさよりも柔らかな抵抗が返ってきた。まるで(ぬる)い水に手を入れたみたい。


(月縁の儀の時とは違う感覚だ)


 あの時より、ほんのり温かい。だけどやっぱり少し不安で私は左の義腕で鞄を抱きしめ、ギュッと目を瞑ったままおずおずと前に進んだ。


 どれくらい歩けばいいのかも分からないまま、胸の鼓動ばかりが耳に響く。


 その時——


 不意に、伸ばしていた右手を誰かが握った。


 驚いて目を開けると、そこには先に着いたカナタがいて私に手を伸ばして握ってくれていた。


『大丈夫だよ』


 機械混じりの優しい声と確かな温もりに、不安がふっと溶けていく。私は自然と頷きそのままカナタに手を引かれて鏡を抜けた。


「ありがとう……。ここは?」


 カナタの存在に、私はホッと息をついた。心臓の高鳴りはまだ収まらないけど、不思議と不安は消えていた。


『階段の踊り場だね』


 折れ曲がった階段の途中、その広々とした踊り場に足を踏み入れる。


 高く伸びた天井と、壁いっぱいの窓から差し込む朝の光が繊細な曲線を描くアール・ヌーヴォー様式の手すりに反射していた。


 その光と影が足元の冷たい石のタイルに柔らかな模様を落とし、まるでそこだけ時間がゆっくりと流れているような静かな空気が漂っていた。


 階段の手すりから下を覗くと、一階のホールがちょっとだけ見えた。


 下の階段には、羽織の袖を揺らしながら階段を行き来している生徒の話し声が聞こえる。


 学校が本当に始まるんだなって気がして、胸がソワソワした。


 胸の高鳴りを少し感じた、そのすぐ後——


「……わ、わっ! わぁぁっ!」


 叫び声が聞こえて後ろを振り向くと、鏡がまた揺れて、詩乃ちゃんが顔を出した。


 勢い余って半ば飛び出すように出てきて、私の肩に掴まる。


「だ、大丈夫!?」


「う、うんっ……ちょっとビックリしたけど!」


 詩乃ちゃんは照れ笑いを浮かべて、胸を押さえて息を整えていた。


 そのすぐ後に、また鏡が揺れる。


「わ〜っ! ほんとにワープみたいだ〜!」


 芽依ちゃんが楽しそうに出てきた。詩乃ちゃんと二人揃ってキョロキョロと踊り場を見回す。


「すごい、広いねぇ!」


「階段、オシャレっ!」


 無邪気に感想を言い合う二人に、自然と笑みが溢れる。


 こうして、私たち四人で、無事に鏡を抜けて階段の踊り場に集まることができた。


 しばらく周りを見回した後、誰からともなく声が上がった。


「この階段は、どっちに行けばいいのかな?」


 目の前には、上へ登る階段と下へ降りる階段。


『……十クラスずつに分かれてるだろうから、きっと上じゃないかな』


 カナタが静かに言って、先に階段を登っていく。私たちも顔を見合わせて、その後に続いた。


 登り切った先には、カナタの言ったとおり、二〇組、一九組……と番号が並んだ教室が続いている。


(と言うことは、下に行ったら一から十組があるのか)


「お〜! 近〜いっ!」


 自分の教室を見つけた芽依ちゃんが、嬉しそうに声を弾ませた。芽依ちゃんは二〇組、私たちはその隣の一九組。


「じゃあ、またねっ」


 そう言って芽依ちゃんは手を振りながら教室に入っていった。


 私たちも手を振って、隣の一九組の教室へ。教室の後ろのドアから入ると、すでに半分くらいの同級生が席に着いていた。


「あっ、拓斗くんっ! おはよーっ!」


 詩乃ちゃんの声が弾む。その声に少し驚いたように振り向いたのは——拓斗だった。


「……はよ」


 私とカナタをチラリと見てから、詩乃ちゃんにだけ返事をする拓斗。


「えへへ、拓斗くんも一緒なんだねっ! 仲良くしようね〜! ……あ、席って、黒板のあれだよね?」


 詩乃ちゃんが黒板を指差すと、拓斗はコクリと頷いた。


 黒板に書かれた座席表を見上げる。カナタは一番右の列の一番後ろ。その左隣に拓斗。さらにその左斜め前が詩乃ちゃん。


 そして、私の名前は——


「……私だけ、一人だ〜」


 窓際の列の後ろから三番目。きっと出席番号順なんだろう。そう思いながら、私は少し肩を落とした。


「で、でも場所的には、すごくいい席じゃないっ!?」


 慌てて詩乃ちゃんが、笑顔でフォローを入れてくれた。


「確かに」


 すると横で、拓斗が短く同意する。


「……じゃあ拓斗が代わってよぉ」


 冗談半分で言ってみると、拓斗は私の席を見ながら答えた。


「いいなら喜んで」


「……ダメだろうなぁ……」


 結局自分でオチをつけて、溜息混じりに重い足取りで席へ向かう。


 鞄を机の上に置き、窓の外に目をやる。そこには広々とした中庭が広がっていた。


 校舎沿いには低木が綺麗に並べられていて、その合間毎に背の高い木とアイアンベンチが置かれていた。


 等間隔に整えられた景色は、見ているだけで落ち着く。


 中庭の中央には大きな噴水があり、陽の光を浴びてキラキラと水飛沫を散らしている。噴水のまわりを囲むように煉瓦が敷き詰められていて、その赤茶色が白い水の飛沫をいっそう引き立てていた。


(休み時間になったら、あそこに行ってみたいな)


 思わずそんなことを考えてしまうくらい、素敵な中庭だった。


 中庭に見惚れていると、後ろから軽い足音が近付いてきた。


「うわぁ。広ーい……綺麗だねぇ」


 振り向くと、鞄を置いてきた詩乃ちゃんがそばに来てくれて、同じように中庭を見つめていた。


「そうだね……」


 私も頷きながら、もう一度視線を中庭に戻す。


「休み時間とか、行ってもいいのかなぁ?」


 詩乃ちゃんは窓に両手を添えて、目をキラキラ輝かせて呟いた。


「ねっ、行ってみたいね」


 顔を見合わせて、思わずふふっと笑い合う。


 そうしていると、いつの間にかカナタも来ていた。


「カナタ、見て。綺麗でしょ?」


 私が窓の外を指差すと、カナタも静かに景色を見た。


『……本当に綺麗だね。空気まで澄んでるみたいだ』


 淡々とした声なのにどこか温かい響きがあって、私は胸の奥がじんわりと温かくなる。


「うん……ふふっ」


 安心したように笑うと、カナタもほんの少しだけ目元を和らげた。


 そのまま私たち三人は、窓のそばで何気ない会話をした。昨日の学校までの道のりや、寮の部屋のこと、夜は詩乃ちゃんと一緒にストレッチすることになったこと。


 ふと教室を見渡すと、ほとんどの席がすでに埋まっていた。ざわざわと話す声が響き、鞄を開く音、机を整える音が教室に溶けている。


 しばらくして教室のスピーカーからチャイムが響いた。


「あっ、じゃあ席に戻るねっ」


 その音に導かれるように、詩乃ちゃんとカナタは席へと戻って自分の席に座った。


 私も自分の席に静かに腰を下ろす。まだ知らないクラスメイトたちの顔がチラチラと目に入るけど、不思議と不安はなかった。


(これから、どんな日々が待ってるんだろう)


 私は窓の外をもう一度見つめた。青空はさっきよりも少し高く広がって見えた。


 窓の外をぼんやりと眺めていると、教室のドアがガラッと小さな音を立てて開いた。


 全体のざわめきが、波が引くようにスッと静まる。


 ドアの向こうから一人の女性が姿を現した。


 年齢は三十代くらい。肩までの柔らかそうな髪に、私たちのとは違う蔓模様が描かれた亜麻色の羽織。その目は真っ直ぐで、どこか芯の強さを感じさせる。


「おはようございます。えーっと……うん、皆さん出席していますね」


 そう言って、持って来た魔械(マギア)機器の板に目を通す。


「初めまして、今日からみなさんの担任を務めます、日向(ひなた)です」


 日向先生は静かに微笑んで、教壇の前に立った。


 その声は穏やかだけど、どこか教室の空気をキュッと引き締めるような力があった。


 クラスの誰もが自然と姿勢を正す。


「緊張している人も多いと思います。でも焦らず、自分のペースで大丈夫ですよ」


 優しい声でそう続けると、教室のあちこちからホッとしたような空気が広がった。


 私も釣られて、小さく深呼吸をする。


 緊張していたことに、今さら気が付いたみたいだった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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