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02

「やったぁぁぁ!! ほんとに一緒だよっ!」


 そのまま私の手を両手で握りしめて、ブンブンと振ってくる。


「莉愛ちゃんの勘、すごいねっ!!! 占い師さんになったらいいよっ!!!」


「えへへ……」


 思わず笑いながら言うけど、私の心臓もバクバクしている。


(すごい、何で分かったんだろう……?)


 自分でも、この結果に驚く。


「ほんとに……同じなんだね、莉愛ちゃんっ!」


 その声は大きくないのに、私の胸に深く響いた。


「うんっ、ほらっ」


 私は自分の紙を詩乃ちゃんに差し出した。


 詩乃ちゃんは目を丸くして、すぐに笑顔になり、今度は自分の紙を私にくれる。


「はいっ! 交換っ!」


「うん、ありがとう」


 手にした紙を見比べると、同じ「宵19組」の文字が並んでいた。それだけのことなのに、胸の奥がふわっと温かくなって、思わず笑みが溢れる。


「……うん、よかった。何か、すごく安心したよ」


「私も……離れちゃったらどうしようって思ってた」


 言葉を交わす度に、不安が少しずつ溶けていく。私はもう一度、詩乃ちゃんの紙を見た。


「……やっぱり、出席番号は離れちゃったね」


 私は“四十八番”。詩乃ちゃんは“十七番”。


(初等部の頃も離れてたもんなぁ。)


「サ行とラ行だもんねぇ……。こればっかりはしょうがないね。……でも、嬉しいっ! ずっと一緒だねっ!!」


 部屋の窓から差し込む朝日が、私たちの笑顔をそっと照らしていた。


 クラスが書かれた紙には、まだ続きがあった。


《群青の夜に一番星が(またた)く。穏やかな闇が広がる空》


「この、宵って何のことなのかな?」


 詩乃ちゃんが紙を覗き込みながら、首を傾げる。その仕草が何だか可愛くて、私はつい笑ってしまった。


「『群青の夜に一番星が瞬く。穏やかな闇が広がる空』……空の名前かな?」


 詩乃ちゃんは首を傾げたまま、紙をジッと見つめる。


「うーん……」


 まだ見慣れない“宵”という言葉が、不思議な響きを持って心に残った。


「芽依ちゃんたちは、何組になったんだろうねっ!」


「そうだね、朝食の時に聞いてみよっか」


 時計を見ると、時刻は六時三十五分。食堂は六時半から開いているから、もう行っても問題ない時間だった。


「新入生は、今週は自由な時間に行っていいって先輩が言ってたし……もう食堂に行っちゃう?」


「うんっ! 行こっかっ!」


 私たちは、もう一度お互いの紙を交換して「ほんとに同じなんだねっ」と笑い合いながら、羽織を着て準備を整える。


 部屋を出ると、ちょうど他の部屋でも折羽伝書を受け取ったらしく、廊下のあちこちから賑やかな声が聞こえてきた。


(さっきの私たちの声も、きっと聞こえてたんだろうな)


 思い出して、ちょっと頬が熱くなる。


 詩乃ちゃんと顔を見合わせて、笑いながらエレベーターホールへと足を運んだ。


 ボタンを押すと、すぐにエレベーターが到着し、私たちは滑り込むように乗り込んだ。


 中に入ると、いつもの光景が目に入る。壁に投影された猫たち。まるで本物のように毛並みを揺らし、自由気ままに振る舞っている。


「今日もいるね」


 そう呟いて近付くと、一匹の猫が夢中で毛繕いをしていた。私はそっと指を差し出してみる。


「おはよ〜」


 声をかけると、その猫は撫でられるのを待っていたかのように、私の指先に頬をすり寄せてきた。


 柔らかな仕草に胸がときめき、思わず微笑んでしまう。


「わっ! 可愛いっ!!」


 隣で詩乃ちゃんも、もう一匹の猫に指を伸ばした。だけど、その猫は驚いたように尻尾を揺らし、すばやく奥へと駆けていってしまう。


「わー、ごめんねぇっ!」


 慌てて謝る詩乃ちゃん。その声色と表情があまりに愛らしくて、私は堪えきれずに小さく笑ってしまった。


 《キンッ——一階です》


 アナウンスと共にドアがゆっくりと開き、私たちは顔を見合わせてエレベーターを降りた。


 食堂へ向かって廊下を歩いて行くと、漂ってくる香ばしい匂いと、楽しげな声がどんどん大きくなってきた。


 焼きたてのパンの甘い香りに、スープの温かな湯気が混じり合い、朝の空気を一層心地よくしている。


「わぁっ、いい匂いっ!」


 詩乃ちゃんが鼻をクンクンさせて、目を輝かせる。その様子に釣られて、私の胸も自然と弾んだ。


 大きな木製の扉は開け放たれ、朝の光を受けて艶やかに輝いている。中を覗くと、すでに何人かの生徒たちが席に着いて、お喋りしながら食事を楽しんでいた。


 スプーンが皿を打つ澄んだ音や、笑い声が交じり合って、食堂全体を温かい空気で包んでいる。


 入口の掲示板には、今朝のメニューが整然と並んでいた。


 A.バターが香るクロワッサンに、ベリーのコンポートとヨーグルト。彩り豊かなサラダ。


 B.ふんわり卵のオムレツに、ハーブソーセージとポテトソテー。トーストと温かいトマトスープ。


 C.白ご飯に焼き鮭、出汁巻き卵とお味噌汁。香の物とほうれん草のおひたし。


 昨日の昼食はビュッフェスタイルだったけど、朝食はこうして三つの中から好きなプレートを選ぶ仕組みらしい。


 私は掲示板の前で足を止め、どれにしようかと胸を躍らせた。


「どれも美味しそう……」


 掲示板を見上げながら、思わずため息のような声が漏れる。


「そうだねぇっ! 私、クロワッサンが食べたいなぁ!」


 詩乃ちゃんは迷う様子もなく、パッと笑顔を見せた。その表情に釣られて、私の口元も自然にほころぶ。


「私は……スープが飲みたいから、Bプレートにしようかな」


「よしっ、じゃあお願いしに行こうかっ!」


 決意を固めた詩乃ちゃんが、弾むように私の手を引いた。


 食堂の奥へ進むと、厨房の受付のようなカウンターの向こうに、昨日も見かけたおばちゃんが立っていた。エプロンをキュッと締め、にこやかに私たちを迎えてくれる。


「おはようございます」

「おはようございますっ」


「はい、おはようございますっ。あら、新入生ちゃん、早いねぇ。もう届いたのかい?」


 私たちが何か言う前に、おばちゃんはにっこりと笑って言った。


(さすが食堂のおばちゃん……)


 心の中で感心してしまう。


「クラス発表のやつですか? はいっ、届きましたっ! 私たち、同じクラスなんですっ!」


 詩乃ちゃんが誇らしげに報告する。


「あら〜、よかったわねぇ! クラスは滅多に変わらないらしいから、仲良くねぇ!」


 その言葉に、私は利玖から聞いた話を思い出す。クラス分けは、月縁の儀の時に調べられる“個人の魔力の相性”と“心の安定”を基準に決められる。だから、滅多に変わることはないらしい。


(あっても、本当にごく少数だって言ってたっけ……)


「えっ!! 本当ですかっ! やったね、莉愛ちゃんっ!」


 詩乃ちゃんはパッと私の腕に抱き付き、嬉しそうに顔を輝かせる。その無邪気な笑顔に、胸の奥がじんわりと温かくなって、私も笑顔になった。


「あらっ、そんなに仲がいいなら安心ね♪さて、メニューは何にしますかっ?」


 おばちゃんが茶目っ気たっぷりに微笑む。私たちは顔を見合わせ、順番に答えた。


「はーいっ、じゃあこの番号札を持って、あっちで貰ってねぇ」


 そう言っておばちゃんは、小さな紙をくれた。紙には“25”と書かれていた。


 案内された方向へ歩いていくと、厨房の奥では白いコックコートを着た人たちが慌ただしく動き回っていた。


 包丁がまな板を叩く軽快な音、フライパンでバターがはじける香ばしい匂い。出来上がった料理が次々とトレーに乗せられ、手際よく運ばれていく。


 その先で、料理を捌いている人が私たちの番号を呼び上げた。


 差し出されたプレートから、焼き立てのパンの甘い香りと、温かいスープの湯気がふわりと鼻をくすぐる。


「ありがとうございます」

「ありがとうございまーすっ」


「はーい、飲み物は隣から選んでねー」


 明るい声に促され、隣を見ると、ガラス扉の中身が見える大きな冷蔵庫と、温かいポットが並んでいた。そのそばには砂糖やレモンも用意されている。


「わぁ、たくさんあるねっ!」


 詩乃ちゃんが目を輝かせながら、冷蔵庫の中を覗き込む。


 私は積み上げられたグラスを二つ取り、冷たいミルクとお水を注いだ。


 ふと温かい飲み物の方に目をやると、コーヒー、紅茶、そしてほうじ茶が並んでいる。


 胸が小さく弾んだ。


(食べ終わったら……ミルクティー飲もっ!)


 食後の楽しみを見つけた瞬間、頬が自然と緩んだ。


 程なくして、詩乃ちゃんもお気に入りの飲み物を選んで、トレーを抱えて私のところへ駆け寄ってくる。


「それじゃあ、席に座ろっかっ」


 私たちは食堂の入口近くの二人掛けの席を選んだ。そこなら、芽依ちゃんたちが来てもすぐに気付ける。


 顔を見合わせ、自然と笑みが溢れる。そして向かい合って座ると、そっと手を合わせた。


「「いただきまーすっ!」」


 声を揃えた瞬間、温かい空気が二人の間に満ちていく。


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

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