20
湯気に包まれて、みんなで肩までお湯に浸かる。
体の芯まで温まって、思わず「ふぅ……」と声が漏れた。そんな時、隣の詩乃ちゃんが私の方へ少し身を寄せてきた。
「そういえば莉愛ちゃん」
「ん?」
「さっき、中庭で誰と話してたの? カナタくん?」
「あっ、うん、そうだよ」
答えた瞬間、湯気の中でピクリと周りが反応した。
相手が“男の子”と分かったことが合図になったみたいに、みんなの視線が一斉にこっちへ集まる。
「えっえっ、それってさ、彼氏!?」
「どんな人なの!?」
詩乃ちゃん以外のみんなが、目をキラキラさせながら一気に前のめりになる。お湯がバシャッと揺れて、小さな波が広がった。
(中央都市の子は、こう言う話が好きなのかな?)
「えっ、ち、違うよっ。友達だよ、本当だよ!」
慌てて否定しながら、少し照れ臭く笑ってしまう。
「どんな人かぁ……ん〜……優しい人だよ」
そう言った自分の声が、お湯に溶けていくように感じた。
「え〜っ! 優しいって一番ズルい〜!」
「そうそう! 『優しい』って、もう誰にでも当てはまっちゃうよ!」
「ねぇねぇ、背は高い? カッコいい系? 可愛い系?」
一斉に質問の嵐。お湯の表面が、みんなの身振り手振りでパシャパシャ揺れる。
「えぇ〜っと、背? うーん……私よりちょっと高いくらいかな。ほとんど同じくらいだと思う」
「へぇ〜! 顔は? イケメン系? それとも可愛い系?」
みんなが身を乗り出すようにして聞いてくる。私はちょっと困って、義手でそっと揺らした水面を見つめながら答えた。
「顔はね……うーん。マスクしてるから、目元しか分からないんだ」
湯気の向こうで、みんなが一斉に驚いた顔になる。
「えっ? ずっとマスクしてるの? 外さないの?」
確かに、普通そんな人はいない。そう思うのも無理はない。
だけどカナタは——。
「えっと……カナタは、そのマスクが魔械義肢代わりなの」
一瞬、空気がピタリと止まった。
みんなの表情がポカンと固まる。
すると、その中の一人が「あっ!」と小さく声をあげた。
「もしかしたら、私その子と同じタイミングで月縁の儀をしたかもしれない」
「えーっ! どんな子どんな子!?」
みんなが一斉に、その子へ視線を向けた。さっきまで私に集まっていた注目がふっと移って、ちょっと安心する。
「んーっとね、物静かな子だったと思う。三人で来てたんだけど、そのうち二人がずっと仲良く喋ってて……でも、仲間外れにしてる感じじゃなくて、ちゃんと輪に入ってて。何ていうか……そっとそばにいてくれる子って感じだったよ」
(あ、多分それカナタたちだ)
養護施設のあの三人は、側から見ると二対一の構造に見えるけど、実はそんなことはない。
確かにあの二人はすごく仲がいいけど。カナタは言葉にするのが得意じゃないから、知らない人には一歩引いてるように見えるのかもしれない。でも、あの二人はちゃんと分かってる。カナタが黙ってても、そこに寄り添ってくれていることを。
思わず、ふふっと笑ってしまう。隣にいた詩乃ちゃんが、お風呂の気持ちよさに蕩けながら言った。
「あ〜、それカナタくんだぁ」
「やっぱりっ! へぇ〜なるほどね〜……」
そう言って、その子が天井を見上げるように考え込むと、待ってましたとばかりにみんなが一斉に質問を浴びせた。
「えっ! ねぇねぇ、カッコよかった!?」
「あー、うん、あれはきっとカッコいい部類の顔だと思う!」
「「「キャー!!!」」」
湯気に混じって響く黄色い声。石造りの浴場はよく音を反射して、その歓声は想像以上に大きく広がった。
「み、みんな、シーっ」
私は慌てて人差し指を口元に立てる。すると、はしゃいでいた子たちは「やばっ」と口を押さえて、クスクス笑いに変わった。
胸を撫で下ろしながら、私は頬がほんのり熱いのをお湯のせいにしておいた。
「私、髪も乾かさないとだから、先に上がるね」
湯船の縁に置いていたタオルを手に取って、私は湯気の中から立ち上がる。
「あっ、じゃあ私も上がろっかなっ!」
すぐに詩乃ちゃんもついて来てくれて、二人並んで荷物置き場へ。タオルで体を拭きながら、ヘアキャップを回収ボックス入れて脱衣所へ向かった。
「ふは〜、気持ちよかったねぇ!」
「ねっ、よかったね!……実はね、最初ちょっと恥ずかしかったんだ」
「えっ! そうだったの!? ……実は私も」
詩乃ちゃんが「えへへ」と照れ笑いを浮かべる。その顔を見て、何だか胸がふわっと軽くなった。
「えっ、全然気付かなかったよ」
「うん、なんかね……『恥ずかしがったら負け』って思って……」
「えー! でも分かるかも。私なんて『恥ずかしがるから恥ずかしいんだ!』って、自分に言い聞かせてたもん!」
二人であははと笑い合いながら、部屋着に着替えていく。私は大きめのTシャツにハーフパンツ。詩乃ちゃんはぴったりのTシャツとスウェットのショートパンツ。
着替え終わった私たちは、荷物を持って並んでドライヤーの席に座った。魔械義肢でドライヤーをトントンと軽くノックすると、温かい風が勢いよく静かに出てきた。タオルを使いながら、手際よく乾かしていく。
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しばらくの間、温かい風が髪を揺らしていると、隣に座る詩乃ちゃんは終わったみたいで、ドライヤーを止めてブラシで丁寧に髪を梳かしていた。
「莉愛ちゃん、髪長いから乾かすの大変そうだね」
「うん、ちょっと時間かかるかも。でも、長いのが好きだから切らないんだぁ」
「そっかぁ。いいなぁ、長い髪。私、伸ばそうと思ってもすぐ諦めちゃうんだ」
そう言った詩乃ちゃんは、横の髪を指でクルクル回した。肩甲骨まで伸びた髪は、詩乃ちゃんの雰囲気そのものみたいで、見てるだけで可愛いなって思ってしまった。
「え〜、でも詩乃ちゃんの長さも可愛いよ? 似合ってる」
そう言うと、詩乃ちゃんは照れ臭そうに笑って、ドライヤーの風の音に紛れるくらい小さな声で言った。
「ありがと……莉愛ちゃんに言われると、ちょっと嬉しいなっ」
私はふふっと笑って、また風を強める。温風が髪をふわりと舞い上げ、ほんのり甘いシャンプーの香りが漂った。
(よしっ、そろそろいいかな)
私はドライヤーをノックして止め、手櫛で髪の乾き具合を確かめた。毛先は少ししっとりしていたけど、根元はちゃんと乾いている。あとはオイルで仕上げれば完璧だ。
ステンレスのカゴからお気に入りのヘアオイルを取り出し、右手に四プッシュする。毛先を丁寧に馴染ませ、それから全体へ広げていった。
「わっ! いい匂いっ!」
すぐ隣で、詩乃ちゃんが嬉しそうに声をあげる。
「ふふっ、いい匂いでしょ。お気に入りなんだ。使ってみる?」
「えっ! いいのっ!? ありがとう!」
目を輝かせる詩乃ちゃんに、私は微笑みながら手に二プッシュのオイルを乗せてあげた。詩乃ちゃんは手の平で馴染ませ、毛先からゆっくりと伸ばしていく。
「わぁ〜、この匂い好き〜! 何の香り?」
「えっと……何のお花だっけ。名前忘れちゃった!」
あははと笑い合った丁度その時、浴場から芽依ちゃんたちが上がってきた。
「長く入りすぎたー!」
そう言った芽依ちゃんとみんなは、真っ赤な顔していた。
「わっ、真っ赤っかだっ!」
「大丈夫? お水持ってこよっか?」
「莉愛ちゃんありがとー! 大丈夫だよっ」
そう言って芽依ちゃんは、ロッカーから水筒を取り出して飲み出した。用意周到だ。
「そういえば、クラスってどうやって知らされるのかな? 掲示板に載るのかな?」
みんなの準備が終わるのを待ちながら、詩乃ちゃんがみんなに聞いた。
「確かに、どうやるんだろう。プリントには時間しか書いてなかったし……」
私と詩乃ちゃんが顔を合わせて考え込んでいると。
「あっ、明日はねぇ、朝の六時から七時の間に『折羽伝書』で届くよっ!」
「せっぱでんしょ?」
聞き慣れない言葉に、私は聞き返した。
「あれ、知らない? 手紙を折り紙にして飛ばす魔法」
「えっ、そんな名前があったんだっ!」
詩乃ちゃんが目を丸くして言うと、着替え終わった芽依ちゃんがふふっと笑った。
「今まで、あれを何て呼んでたの?」
私と詩乃ちゃんは顔を合わせた後、芽依ちゃんたちに向き直って答えた。
「「折り紙飛ばすやつ」」
そのまま過ぎる答えに、一瞬の静寂の後——
「ちょっ、それそのまま過ぎるでしょっ!」
「アハハっ! 待って、お腹痛いっ!」
浴場の脱衣所は、一気に笑い声でいっぱいになった。
笑い声が広がっても、不思議と胸がポカポカした。からかわれてるんじゃなくて、みんなと同じ輪の中にいるんだって分かる笑いだった。
私と詩乃ちゃんも、釣られて声を出して笑った。
(あれ、と言うことは)
「明日、六時には起きてないといけない……?」
「そうなるねっ! 莉愛ちゃんは、朝弱いの?」
「うん……とっても……」
情けない声で答えると、詩乃ちゃんは、ふふっと笑った。
「起きれなかったら、私が起こしてあげるねっ」
「詩乃ちゃん……っ!」
私は思わず胸の前で手を組んで、真剣に詩乃ちゃんを見つめた。詩乃ちゃんがまるで女神に見えた。
その様子を見て、またみんなが笑い合う。
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みんなの着替えも終わり、髪も乾かし終わると、また他の新入生たちがぞろぞろと大浴場に来た。
「それじゃあ、戻ろっかっ!」
「うんっ!」
私たちは大浴場を後にした。明日も早いし、早く部屋に戻ろう。
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