選択の午後、揺れる君——交友
教室に戻ると、
自然といつもの場所に集まった。
椅子を引く音。
机に触れる音。
さっきまでの説明会の熱が、
まだ少しだけ残っている。
「詩乃ちゃんは、どこが気になってるの?」
「んーっとねぇ……」
詩乃ちゃんは口元に指を当てて、
視線をくるくると泳がせた。
「“技術管理委員会”と〜、“調理研究部”か“魔械工房部”!」
「あら、詩乃は魔械に興味があるのね」
優ちゃんがくすっと笑う。
私はふと、
寮での詩乃ちゃんの顔を思い出した。
きらきらしていて、
少しだけ真剣だった横顔。
(……そっか)
頬がゆるむ。
「詩乃ちゃん、絶対合ってるよ」
詩乃ちゃんはぱっと笑った。
「ほんとっ?」
「うんっ」
小さく頷く。
「どっちも魔械に関わるなら、詩乃は理工系にいくのかしら?」
「……算数苦手なやつがいけるのかよ」
拓斗がぼそっと言う。
詩乃ちゃんは、えへへと笑って頬を掻いた。
「そうなんだよねぇ。さすがに両方はやりすぎかなぁって思ってるっ」
(じゃあ、部活は調理研究部かな)
「……調理研究部、私も気になってたんだよね」
その瞬間、
詩乃ちゃんの目がぱっと輝いた。
「えーっ! じゃあ一緒に入ろうよっ!」
ぐっと腕を掴まれる。
その勢いに、
思わず笑ってしまう。
でも――
「んー……環境整備委員会も、気になってるんだぁ」
優ちゃんがくすっと笑った。
「ふふっ……人気あるものね、あそこ」
「えっ、そうなの?」
「まぁ、ね」
それ以上は教えてくれない。
(……?)
少しだけ引っかかる。
「そこってあれだろ。“お片づけ委員会”」
拓斗が頬杖をついたまま言った。
「確かにそうかもね。でも、片づけってスッキリするから、私好きだよっ」
「……そうか、変わってんな」
呆れたように言いながら、
拓斗の口元が少しだけゆるむ。
「莉愛ちゃんっ、莉愛ちゃんっ! 一緒に入ろうよぉ! 一緒に料理しよっ!」
詩乃ちゃんが身を乗り出してくる。
抱きつく勢いに、
思わず肩が揺れた。
「う〜ん……」
迷う。
詩乃ちゃんと一緒なら、
きっと楽しい。
でも――
(委員会と両立なんてできるのかな……)
そのとき、
優ちゃんが柔らかく言った。
「そんなに難しく考えなくていいんじゃない?」
「やってみて、難しかったら辞めてもいいのよ」
私は目を伏せて、首を傾げる。
「……いいのかなぁ」
「いいのよ」
はっきりと言い切られて、
胸の中の迷いが少しほどけた。
「……じゃあ……両方、やってみようかなっ」
「わぁーいっ!!」
詩乃ちゃんが勢いよく抱きついてくる。
思わず笑った、そのときだった。
――横目に、カナタが映る。
目を見開いていた。
私を見ている。
ただ驚いた、という顔じゃない。
何か、違和感を感じた。
一瞬だけ、
胸の奥がひやりとする。
カナタの視線が、
すっと視線が逸らされた。
(……え)
胸の奥に、
小さな棘みたいなものが残る。
(今の、なに?)
聞きたかったのに、
聞けなかった。
そのざわつきを残したまま――
教室の扉が開いた。
「皆さん、席に着いてください。委員会を決めますよ」
日向先生の声に、
教室の空気がすっと引き締まる。
慌てて席へ戻った。
◇ ◇ ◇
「委員会には必ず所属してください」
「生徒会に選ばれた場合は、委員会は外れます」
淡々とした説明が続いていく。
(生徒会が最優先なんだ)
「では順番に、前へ来てください」
教卓に置かれた魔械板。
出席番号順に、前へ呼ばれていく。
キン、と義肢の音。
静かな緊張が、教室に広がっていった。
やがて――
「……莉愛さん」
「っ、はい」
少しだけ声が上ずる。
「義肢を鳴らしてから、選択してください」
左手を握る。
キン、と音が響いた。
迷いはなかった。
“環境整備委員会”。
軽い音とともに、
選択が確定する。
「はい、ありがとうございます」
席へ戻る途中、
玲央くんとすれ違った。
迷っている顔。
席に戻ってからも、
ちらりと様子を窺う。
案の定、
画面の前で立ち止まったまま動かない。
(……迷ってるなぁ)
しばらくして、
ようやく選び終えたらしい。
玲央くんは大きく息を吐いて、
席へ戻ってきた。
「……随分迷ってたね」
「いやー、めっちゃ誘われちゃってさ」
苦笑い。
「モテモテだねっ」
「困るわ〜」
少し嬉しそうに笑う。
全員の選択が終わると、
先生が画面を確認した。
「……大きな偏りはありませんね。このままでいきます」
小さく頷く。
教室に、
ほっとした空気が広がった。
「では、部活動の入部届を配ります。明日の朝、提出してください」
キーン、コーン、カーン、コーン――
チャイムが鳴り響く。
学園初日の授業が終わった。
張りつめていた糸が、
ふっとゆるむ。
日向先生が教室を出ていった瞬間、
教室中にざわめきが広がった。
「……それで玲央くん、どの委員会にしたの?」
椅子にぐったりともたれたまま、
玲央くんが顔を上げる。
「あ〜、一番付き合い長いやつと同じ風紀にした。……なんかカッコいいじゃん?」
にっと笑う。
「あとは、芽依ちゃんが何の委員会に入ったか、だね」
次の瞬間――
「しまったっ! まったく考えてなかったっ!」
ガバッと頭を抱え込んだ。
思わず、くすっと笑う。
「ふふっ……寮に帰ったら聞いとくね」
「……お願いします」
軽く笑ってから、
私はロッカーへ向かった。
(少し予習しとこうかな)
取っ手に手をかけ、
義手を鳴らす。
微かな音とともに、
扉が開いた。
数学の教科書を取り出した、
そのとき――
『莉愛』
機械混じりの声。
振り向くと、
カナタが立っていた。
「ん? どうしたの?」
『……部活、やるの?』
低い声。
目が、少し沈んでいる。
「えっ、うん。やってみようかなって思ってるよ」
『そっ……か……』
短い返事。
どこか引っかかる。
「……どうしたの? 心配?」
『……まぁ、そんな感じ』
歯切れの悪い返事。
それが少しだけ、
嬉しくて。
「ありがとう。もし難しそうだったら、ちゃんと辞めるからっ」
『……うん』
でも――
その声は、
あまり納得しているようには聞こえなかった。
「……カナタ」
顔を上げる。
「大丈夫だよ」
微笑んで言うと、
カナタの目が僅かに見開かれた。
それから、
ゆっくりと目元がゆるむ。
『……うん』
短い返事。
それだけなのに――
どうしてか、
胸の奥に小さな違和感だけが残った。
(……本当に、それだけ?)
聞けないまま、
私は教科書を抱え直した。
読んでいただきありがとうございます。
莉愛にとっては前向きな一歩でも、
カナタにとっては少し違う意味を持つ選択。
同じ出来事でも、
感じ方が違うときがあります。
その“ズレ”が、少しずつ形になり始めました。




