19
私たちは、エレベーターを降りてからもお喋りを続けながら、賑やかに廊下を進んだ。
部屋に戻ったら、すぐに入浴の準備。今夜はみんなで大浴場に行くことになったから、準備してエレベーターホールへ。各自、部屋で支度を整えてからもう一度集まろうという話になった。
「それじゃあ、また後でねー!」
芽依ちゃんたちは明るく手を振りながら、それぞれの部屋へと散っていく。私と詩乃ちゃんも手を振り返し、自分たちの部屋の前で足を止めた。
鍵を差し込んでドアを開けると、まだ生活の気配が染みついていない香りが鼻をくすぐった。でもどこか落ち着くような、そんな香りだった。
「ふぅ……一日目から、なかなか濃かったね」
詩乃ちゃんがベッドに座りながら笑った。私も笑って頷く。
「うん。新入生ってあんなにいたんだね……ちょっとビックリちゃった」
「ねっ! でも、楽しかったっ。翔寮長も京香副寮長も、優しそうだったしっ!」
「そうだねっ、演劇も素敵だったね」
そんなことを言い合いながら、私たちはそれぞれの荷物からタオルや着替えを取り出して準備を始めた。
シャンプー、コンディショナー、ボディソープ。それぞれを小さなボトルに詰め替えて、ステンレスのカゴにきちんと収める。
カゴの金属がほんの少し光を反射して、整った生活の気配が漂った。
「あっ、そのカゴいいね!」
隣から詩乃ちゃんの声が弾む。視線の先を見て、私はちょっと照れながら笑った。
「これ? うん、利玖がね、こういうのが便利だよって教えてくれたの」
「へぇ〜、いいなぁ。学園都市の商店街に売ってるかなぁ?」
詩乃ちゃんの荷物は、ビニールの巾着袋にまとめられていて、その中から可愛いボトルのフタがチラリとのぞく。互いの準備を見せ合ううちに、自然と笑いが溢れた。
「今度さ、一緒に商店街、行ってみようよ」
「うんっ、行こ行こっ!」
張りつめていた初日の緊張が、少しずつ解けていく。声のトーンも、表情も、少し柔らかくなっていた。
「よし、準備できた」
「私もっ。じゃあ、行こっか! 芽依ちゃんたち、もう待ってるかも!」
タオルと着替えを袋に詰めて、私たちは並んで部屋を出た。エレベーターホールへ向かう廊下の先には、芽依ちゃんと他の子たちがソファに腰掛けて私たちを待ってくれていた。
「お待たせ〜!」
「ん〜ん、行こー!」
タオルの入った袋を持って、みんなでエレベーターに乗り込むと、ふと私は思い出した。
私は詩乃ちゃんの家にお泊まりをしたことがあるから、詩乃ちゃんとは一緒にお風呂に入ったことはある。だから、詩乃ちゃんとは平気。
だけど、今日会ったばかりの子たちといきなり一緒にお風呂に入るのは、いくら大浴場とは言っても恥ずかしいかもしれない。
(みんな、何か平気そう)
そんなふうに思っているのは、私だけかもしれないから、何も言わないでいた。
そんなことを考えていたら、あっという間に四階へ到着した。エレベーターのドアが開くと、乗っていた人たちが一斉に降りて行く。
私もソワソワした気持ちのまま足を進める。胸の奥が落ち着かない。初めての大浴場だから緊張してるのか、それとも今日知り合ったばかりの子たちと一緒にお風呂に入ることに緊張してるのか、自分でも分からなかった。
廊下を進むと、飲み物が買える魔械機器が並んでいる待合所に出た。ソファやテーブルには、すでに入浴したであろう先輩らしき人たちが腰かけていて、ペットボトルを手に笑い合っている。
「こんばんは」と挨拶しながら通り過ぎると目の前に、大浴場の入口が見えてきた。大浴場の入口の暖簾の奥から、温かい水の匂いと賑やかな声が聞こえてくる。
詩乃ちゃんや芽依ちゃんたちは、普通にワイワイと話しながら進んでいる。私だけが妙に足取りが重い気がした。
「莉愛ちゃん、どうしたの? 行こっ!」
「う、うんっ!」
私は深呼吸をひとつして、みんなと一緒に扉をくぐった。
中に入ると、ほんのり温かい湯気と石鹸のいい香りがふわりと包んでくる。天井は高く、広々とした脱衣所には木製のロッカーと長椅子が並び、すでに何人かの子が着替えていたり、ドライヤーで髪を乾かしていた。
私たちも、空いているロッカーを見つけて荷物を入れる。芽依ちゃんたちはお喋りしながら、どんどん服を脱いでいく。
私も、置いていかれないように脱いでいく。オフショルダーのニット、スカート、靴下に下着。
(きっと、恥ずかしがっちゃう方が恥ずかしいんだ!)
全部脱ぎ終わってロッカーにしまったら、フェイスタオルを胸元に当て前を隠す。それだけで、背中がスースーして、何だか心細いような、でも少し自由になったような不思議な気持ちになる。
(大きめのサイズのものを持ってきてよかった)
他のみんなも同じように前を隠しながら、ロッカーの鍵をかける。
「よしっ、じゃあ行こっか〜」
芽依ちゃんの明るい声に、私たちも顔を見合わせて頷いた。タオルをギュッと抱えて、浴場へ向かう。
芽依ちゃんが浴場の扉に手をかけると、ほんのりと温かい湯気が隙間から漏れてきた。そのまま扉を押し開けると、ふわっと白い湯気に包まれて、どこか夢の中に足を踏み入れたような気分になった。
「わぁ……広い……!」
「広いねぇっ!」
思わず詩乃ちゃんと一緒に声が溢れる。
入ってすぐのところに洗い場が広がり、その奥には大きな湯船が待っていた。湯面は柔らかい光を揺らめかせ、石造りの床は温もりを含んでいて足の裏に心地よさが伝わってくる。
私たちは洗い場へ進み、それぞれの椅子に腰を下ろした。鏡の前にタオルを置いて、持ってきたステンレスのカゴをそっと横に並べる。
シャワーをひねると、温かいお湯が勢いよく流れ出した。その瞬間、胸の奥にあった恥ずかしさは、すっと溶けていった気がした。
シャワーの音が重なり合い、石畳に水が跳ねる音が、心地よいリズムのように響く。みんながそれぞれ体を泡立てたり、髪から洗い始めたりする姿が映る。
私も思い切って頭からシャワーを浴び、腰まである長い髪を手櫛で梳かしながら、最初に髪を洗うことにした。
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体を洗い終えて、長い髪を手早くお団子にまとめていると、芽依ちゃんが小さなヘアキャップを差し出してくれた。
「莉愛ちゃん、はいっこれ! 今日はこれ付けて入るんだよっ」
見ると、芽依ちゃん自身も同じキャップをかぶっている。
「そうなんだっ。ありがとう」
受け取りながら言うと、芽依ちゃんはにこりと笑った。ふたりで荷物置き場にカゴを置き、タオルだけを持って合流する。ショートヘアの子以外、みんな同じキャップをしていた。
「莉愛ちゃん、髪の毛いちばん長いから、かぶるの大変だねっ!」
詩乃ちゃんが笑いながら言った。肩甲骨までの髪を、器用に小さなお団子にまとめている。私の髪とは、比べものにならない軽さだ。
「うん……まとめるのもひと苦労」
私もへへっと笑って答える。
そんな他愛ないやりとりをしながら、私たちは一緒に湯船へ向かった。そこに広がっていたのは、白く濁ったお湯。照明を柔らかく映し、湯面がゆらゆらと揺れていた。
「今日はヘアキャップをするってことは、今日はあのお湯の日なの?」
あのお湯とは、魔械義肢の内側を綺麗にするためのお湯のことで、“魔械義肢と肌の相性維持”や“魔械歯車の洗浄と魔力循環の調整”など、機能的な目的も兼ねた薬湯のこと。
薬湯には魔法薬師が調合した薬草成分と、微弱な魔力刺激が含まれているらしい。
人体に害はないけど、角質や毛のようなタンパク質にだけ反応して、優しく分解する作用があるらしい。だから自然に除毛もしてくれて、肌はツルツルになるのらしい。
(確か、週に一、二回このお湯のお風呂だって、利玖が言ってたっけな)
「そうだよっ! 私もう何回か入ったことあるけど、すっごい肌が綺麗になるんだっ!」
そう言った芽依ちゃんの肌は、確かにツルツルだった。
「へぇー! 除毛もしてくれるんだっ! 嬉しいー!」
詩乃ちゃんはテンションが上がって、早速、湯船の縁にそっと手をかけて、片足をお湯に入れる。
続いて私たちも、そっと足から入ってみる。
「わぁ……あったかい……!」
思わず声が溢れた。白く濁ったお湯が、足先からじんわりと体を包んでいく。
続いて、ゆっくりと肩まで沈むと、全身がふわっと緩むようだった。湯気に包まれて、心臓の鼓動が少しずつ落ち着いていく。
「んーっ! 気持ちいい〜!」
芽依ちゃんが両手を広げて、幸せそうに笑う。
「本当だね。丁度いいあったかさ……」
私も自然と笑ってしまう。
隣では詩乃ちゃんも肩まで浸かり、ホッとしたように小さく溜息を吐いた。
その仕草を見ているだけで、不思議と安心する。
湯面がゆらゆら揺れる度に、白い湯気が立ち上り、私たちを優しく包み込んでいた。
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