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18

「……あのね、カナタ。私、弥生寮だったよ。月鏡に入ったら、満開の梅の木があって……それとね、白い猫が迎えてくれたの。前に、カナタと図鑑で見たから、すぐに猫だって分かったんだ」


 カナタは、懐かしむような声で応えてくれた。


[そうなんだ、猫か……うん、図書室で一緒に見たね。可愛かった?]


「うんっ、すごく可愛かったよ」


 思い出を(なぞ)るように頷いてから、私はふと尋ねた。


「……カナタは、どこの寮になったの?」


 少し間を置いてから、カナタは答えた。


[僕は……“如月寮”だったよ]


 如月寮。そういえば、お母さんと利玖が、私は如月寮じゃないかって言ってたのを思い出す。


(ってことは……)


「あっ、じゃあ、弥生寮の隣だね!」


 気付いて声を上げると、菊理越しに、小さく微笑むような息遣いが返ってきた。


[うん。確か、僕の部屋から弥生寮が見えたよ]


「えっ、本当に? ふふっ、じゃあ、今度手を振ってみようかな。そしたらそっちから見えるかな?」


 ちょっとくすぐったい気持ちになりながら、私は続ける。


「それとね、詩乃ちゃんと同じ寮で、同じ部屋になったの! しかも、二人部屋なんだよっ!」


 自分でも驚くくらい、言葉が次々に溢れてくる。きっと、カナタに話せた嬉しさが、それだけ大きかったんだと思う。


 菊理の向こう側で、カナタがふわりと笑っている気がした。カナタの声の温かさが、胸の奥に小さな明かりを灯してくれる。


「カナタは、何人部屋だったの?」


 少し間があって──


[僕も、二人部屋だったよ。初対面の人だったけど]


 初めての相手と、突然ひとつの部屋で暮らす。私には、それだけで心臓が飛び跳ねるような出来事に思えて、ほんの少し想像してみる。


(……それって、緊張しないのかな……?)


 でもカナタの声には、不安も警戒もなかった。ただ、静かにその事実を受け入れているだけ。


「仲良くなれそうな人? 如月寮って、どんな人の集まりなのかな?」


 問いかけると、カナタは少しだけ言葉を選ぶようにして答えてくれた。


[うん、悪くはないと思うよ。んーそうだなぁ……如月寮は……『寄り添える人』って言ってたかな]


 “寄り添える人”。その言葉の響きに、胸がふっと温かくなる。


 優しさを、無理なく自然に差し出せる人たち。きっと、そんな人たちがいる場所。


「じゃあ……優しい人たちの集まりなんだ。カナタも、優しいもんね」


 言った瞬間、少し照れくさくなった。でも、事実だと思ったから口にした。


 カナタの優しさは、私の知っている中で、一番静かで、一番強い。


 菊理の向こうで、小さく笑う気配がした。


 その後も私たちは、如月寮の月鏡の中はどんなだったのか、菊理はどんな色になったのか、クラスが一緒になるといいね、何て他愛もない話をした。


 でも、そういうのが嬉しかった。


 ふと視線を上げると、中庭から見える二階のガラス張りの窓から、詩乃ちゃんたちがこっちに手を振って、手招きしてるのが見えた。


(そろそろ、歓迎会も終わりかな?)


 私は、詩乃ちゃんたちに軽く手を振り返して、カナタに話しかけた。


「詩乃ちゃんたちが呼んでるみたいだから、そろそろ行くね」


[うん、分かった。……連絡、本当にありがとうね]


「ううん、こちらこそありがとう。……明日、会えるといいねっ」


 声に少しだけ、期待を込めてそう言った。


[うん。それじゃあ、おやすみ]


「おやすみなさい」


 カナタの声がふわりと耳に残る。


 私は、小さく息を吸ってから、菊理の魔法石にそっと指を乗せた。トン、トン、と二度、優しくタップする。それだけで、温かく灯っていた光が、ゆっくりと、名残惜しそうに落ちていく。


 まるで、おやすみって言葉の余韻が、そのまま光になって消えていくみたいだった。


(……よしっ! っと)


 カナタと話せた。それだけで、胸の中が少し軽くなった気がする。早く歓迎会の会場へ行かないと。


 私は菊理を首にかけて、ロビーの階段を駆け上がり、二階の大広間のドアの前で小さく息を整える。そして、そっと扉を押した。


 中では、翔寮長たちがステージに並んでいて、ちょうど終わりの挨拶が始まりそうな雰囲気だった。


「あっ、来た来たっ! 莉愛ちゃーん!」


 詩乃ちゃんが私に気付いて、明るく手を振ってくれた。私も小さく手を振り返して、急ぎ足でみんなのところへ向かう。


 ステージの方から、魔械(マギア)義肢を鳴らす音が耳に届いた。


「皆さん、そろそろ良いお時間になりました」


 会場に柔らかな声が響くと、ざわめいていた空気が少し静まり、自然と耳が傾けられる。壇上に立つのは翔寮長。背筋を伸ばした姿からは、どこか凛とした気配がにじみ出ていた。


「新入生同士、良い交流はできましたか? 今日の入学式で、きっと皆さんお疲れのことと思います。この後は入浴の時間になります。大浴場でも、部屋のお風呂でも、好きな方で今日の疲れを癒してください」


 一呼吸置いて、優しい眼差しを皆に向ける。


「これからの学校生活、不安なことや分からないこともあるでしょう。でも、どうかひとりで抱えないでください。私たちがいます。困ったら、遠慮せずに頼ってください」


 その言葉に、思わず胸が温かくなる。自然と拍手が広がり、あちこちで小さな歓声も上がった。柔らかくて優しいけど、不思議と背筋が伸びる。翔寮長の言葉には、そんな力があった。


 続いて、一歩前に出たのは副寮長の京香先輩。涼やかな目元に、穏やかな笑みを浮かべて話し始める。


「では最後に、大浴場についてです。普段の入浴時間は二十一時までですが、今日は特別に二十二時まで開放します。忘れ物には気をつけて。あと、部屋での入浴時間は自由ですが、あまり騒がないようにお願いしますね。」


 その言葉に、周囲からは「やったっ」「楽しみ!」といった小声が漏れた。中には、友達と目を合わせてにっこりと笑う姿もある。


「それでは、今日はこれで解散です。お疲れさまでした! ドア付近の方から、案内に従ってエレベーターへ向かってください」


 最後の挨拶と共に、会場に再び拍手が起こる。今度は晴れやかな音だった。


 拍手がやや名残惜しげに収まると、ドア付近の生徒たちからそれぞれエレベーターの方へと歩き出す。


 私たちは、比較的前の方のテーブルにいたから、最初に動き出した人たちの流れにそのままついて、大広間を後にした。


 廊下に出ると、さっき顔合わせで紹介されていた班長のひとりが立っていて、大きな声で呼びかけていた。


「はい、このまままっすぐ進んで、突き当たりのエレベーターホールまで向かってくださーい! 止まらないでくださいねー!」


 その声に押されるように、ぞろぞろと進む私たち。辺りには、同じようにエレベーターホールに向かう新入生たちが並んで歩いていた。 


 突き当たりに着く少し手前で、別の班長さんが手を大きく振っていた。


「奥のエレベーターは混んできたので、ここからの子はこっち側に入ってねー!」


 私たちの前で、両腕を広げて別ルートを案内してくれる。まるで遊園地スタッフさんみたいに手慣れていて、少し笑ってしまった。


「わっ、私たち、すぐ乗れそう!」


 芽依ちゃんが嬉しそうに声を上げて、手をパチンッと打った。


「ラッキー!」と、詩乃ちゃんも笑っていた。


 私たちは、女子寮行きの奥のエレベーターの前で待つ。一番目だから、比較的早くエレベーターが到着してくれた。


(あれっ、そういえば……)


 スカートを履いてた男の子には、会えなかったな。


 少し残念。でも同じ寮だし、きっといつかまた、会える気がする。


(その時は、ちゃんと挨拶したいな……)


 そんなことを考えながら、私たちはエレベーターに乗り込むと、柔らかなアナウンスと共に、私たちを乗せた箱は静かに上昇を始めた。



この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

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