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身だしなみを整えて、明日の持ち物を準備しておいたら、いつの間にか歓迎会の時間が迫っていた。
「そろそろ行こっか」
「うんっ!」
私が声をかけると、詩乃ちゃんは元気よく返事をして、ぴょんっと小さく跳ねた。
「行こ行こっ!」
弾む声と笑顔に、胸の奥がほんのり温かくなる。そんな詩乃ちゃんの無邪気な仕草が、何だか可愛くて。 私は自然と、ふわりと頬が綻ぶのを感じた。
部屋の明かりを消して、鍵をかけた。同じタイミングで、他の部屋のドアもいくつか開いて、新入生らしき子たちが廊下へ出てくる。
「エレベーター、混んじゃうね。早く行こっ!」
私と詩乃ちゃんも顔を見合わせて、エレベーターホールへ向かう。下行きのボタンを押すと、ポンッと控えめな音がして、光がついた。
「ねぇ、歓迎会ってどんなのかな〜? 演劇って言ってたけど、歌とかもあるのかな?」
「うーん……出し物とか、先輩たちの自己紹介とか? 楽しみだね」
ぞろぞろとエレベーターに乗る子が、エレベーターホールに集まる中、そんな他愛もない話をしていると、ふいに誰かが声をかけてきた。
「あっ、詩乃ちゃーん!」
「ん? あっ!」
振り向いた詩乃ちゃんの声が、パッと明るく弾む。
見ると、さっきここでお喋りしていた子たちが、エレベーターホールの入口から手を振っていた。髪型もちょっと変わってる子もいて、さっきより大人っぽく見える。
詩乃ちゃんも、すぐに笑顔で手を振り返す。
「やっほ〜! 一緒に行こーっ!」
「うん! 行こっか!」
そんな声が飛び交って、ちょっと賑やかになる。私も自然と、そっと笑みが溢れた。
「あっ、同じ部屋の莉愛ちゃんだよっ。話してみたいって言ってたよねっ」
詩乃ちゃんが元気な声で私の名前を出した瞬間、胸が一瞬ドキっと跳ねた。
「話してみたい」ってその言葉に、ちょっとだけ顔が熱くなるのを感じる。
その子は、パッと目を輝かせて、一歩前に出てきた。
「えっ! あっ、莉愛ちゃん? 初めましてっ、芽依です! よかったら仲良くしたいなぁ」
芽依ちゃんは、笑った口元がとても柔らかくて、目が本当にキラキラしていた。頬もほんのり赤く染まっていて、その照れた様子に私の緊張も少しほぐれていく。
「あっ……莉愛です。よろしくね」
少しだけ声が上擦ったけど、どうにか笑顔で答えられた気がする。
心臓の音が少しだけ速くなっているのを感じながら、私は芽依ちゃんの真っ直ぐな視線にそっと微笑みを返した。
——キンッ
エレベーターが到着した音がすると、扉がゆっくりと開いた。私たちは他の子たちに合わせて中へ入って、奥へと詰める。
人がたくさん入って来たことで、エレベーター内の壁の猫たちは驚いて、壁の奥へ引っ込んでしまった。
「わぁー、同じ寮で嬉しいなっ! 月縁の儀の時から話してみたかったんだっ! さっきも話に夢中になってたら、いつの間にか部屋に帰っちゃってて、全然話せなかったんだよ〜」
芽依ちゃんがそう言うと、その隣にいた子たちも「うんうん」と勢いよく頷いた。
(……月縁の儀の時から?)
そんな最初の頃から、私のことを見てくれていたなんて思ってもいなくて、胸の奥がじんわり熱くなる。
「そうなんだ……えへへ、ありがとう……」
ようやくの思いでそう答えると、自分の頬がじわりと火照ってくるのが分かった。
その様子を見て、今度は詩乃ちゃんがぱっと笑った。
「分かる〜っ! 私も初等部で初めて会った時に思ったもんっ! 『絶対この子と仲良くなりたい』って!」
「えっ! そうだったの?」
思わず驚いて詩乃ちゃんの方を向くと、彼女はちょっと得意げな顔で、にっこり笑っていた。
その笑顔は、温かくて、どこかくすぐったくて——でも、それ以上に嬉しかった。
胸の奥がふわっと温かくなる。私は気付けば、自然と笑っていた。
《キンッ、——二階です》
澄んだ音と一緒にアナウンスが流れて、エレベーターが静かに止まった。
どの町から来たのか、どんな学校だったのか——
そんな話をしているうちに、あっという間に目的の階に着いてしまった。
ドアが開くと、乗っていた子たちはみんな、どこか胸を弾ませた表情で降りていく。
私と詩乃ちゃんも、その流れに続いて歩き出した。
そして、大広間の入り口を潜ると——
「「……わぁっ!」」
自然と、そんな声が溢れた。
そこは、まるで本物のパーティ会場みたいだった。
もうすでに新入生の半分くらいは来ているみたいで、あちこちで楽しそうな声が響いていた。
広い空間には、白いクロスがかかった丸テーブルがいくつも並んでいて、そのどれもが華やかな飾りで彩られている。
一見、テーブルの上には中央の飾りしか置かれていないように見えるのに、不思議と温かい雰囲気に包まれていた。
見上げた天井には、キラキラ光るシャンデリアがぶら下がっていた。 和紙とクリスタルが組み合わさった不思議なデザインで、揺れる度に小さな光がちらちらと溢れる。
(ここで、歓迎会が始まるんだ……)
そんな空気に包まれながら、胸の奥が少しずつ高鳴っていくのを感じた。緊張と楽しみが入り混じったような、不思議なドキドキ。
この場所にいるだけで、心がふわりと浮かび上がるような気がした。
新入生たちの足音と、弾んだ声がホールの中に響いていく。
私たちも、その流れに混ざるようにして、そっと中へ足を踏み入れた。
「わぁっ……わぁーっ……!」
隣で詩乃ちゃんが、小さく感嘆の声を漏らす。
目を丸くして、輝くような表情で天井を見上げたり、テーブルを見渡したり。言葉にならないほど感動しているのが伝わってきた。
「すごいねぇ……。」
私が詩乃ちゃんの感動に同意すると、芽依ちゃんが嬉しそうに言った。
「とりあえず、うちらでまとまってテーブル行こっか!」
「うんっ!」
私たちは声を揃えて頷き、まだ誰もいないテーブルのひとつへ向かう。
「椅子がないってことは……立食パーティとかかなぁ?」
芽依ちゃんが、テーブルの周りを見渡しながら首を傾げる。
「あー、そっかっ! ちょうど夜ごはんの時間だもんねっ!」
詩乃ちゃんがパッと顔を輝かせて頷いた。二人共、目をキラキラさせながら、ワクワクした様子で話している。
「すごい……立食パーティなんて初めてだよ……!」
立ったまま食べるなんて、家でしたらきっとお母さんに注意されるよなぁ……なんて、ちょっと考えてしまう。
「ふふっ、私もーっ!」
詩乃ちゃんはそう言うと、その瞳はいつも以上に輝いていた。
会場に新入生たちがどんどん集まって、ざわつき始めたその時、大広間にあるステージへ、先輩たちが上がって行った。
「……あっ、あの人、翔寮長じゃない?」
芽依ちゃんが小声でそう言うと、隣にいた詩乃ちゃんも頷いた。
「うんっ、隣の人は副寮長の京香先輩だねっ」
二人の後ろには、女子寮の責任者である楓先輩を先頭に、五人の女子の先輩たちと、男子寮の責任者らしき人と、同じく五人の男子の先輩たちがいる。
背筋を伸ばして静かに立つその佇まいは、どこか頼もしくて、私たち新入生とは違う落ち着いた雰囲気をまとっていた。
そして、真ん中に立った翔寮長が、一歩前に出て、最初にしたみたいに義足で床をコツンと鳴らして話し出す。
「新入生の皆さん、ようこそ弥生寮へ」
一言だけで、その場の空気がピンッと引き締まるのを感じた。みんなの耳に、翔寮長の声が届いたんだ。
「改めまして、私はこの弥生寮の寮長を務める翔と、こちらは副寮長の京香です。皆さんにとって、ここでの暮らしが安心できて、楽しくて、そして何より、誇れるものになるよう、全力で支えていきます」
翔寮長の、落ち着いた、柔らかさを感じる声が、広い大広間に静かに響く。
翔寮長と京香副寮長が、揃って丁寧にお辞儀をすると、私たち新入生から大きな拍手が巻き起こる。私も自然と拍手していて、隣を見ると詩乃ちゃんもニコニコしながら、楽しそうに拍手していた。
拍手が落ち着くと、続いて京香副寮長が、後ろに並んでいる先輩たちに手を向ける。
「では、続けて後ろのメンバーを紹介していきますね。こちらは女子寮の責任者の、楓と、男子寮の責任者の、京司です」
その言葉に合わせて、壇上の中央に立つ楓先輩と京司先輩が、静かにお辞儀をした。
京司先輩は、どこか話しかけやすそうな柔らかさをまといながらも、その立ち姿には芯の通った凛々しさがあった。無駄な動きのない所作と、静かに全体を見渡す視線に、自然と空気が引き締まるような気配が漂っていて——まるで、静かな水面のように穏やかで、でも深くて揺るがない、そんな印象だった。
(何だか、誰かに似ているような……)
そんなことを考えていると、続いて京香副寮長が言葉を続ける。
「そして、男子寮と女子寮のどちらも、それぞれ部屋番号毎で五つの班に分かれます。その班の班長たちです」
京香副寮長の言葉に合わせて、楓先輩と京司先輩の隣に並ぶ、男女合わせて十人の先輩たちが、きちんと並んで一礼をする。
紹介された先輩たちが、それぞれ一言ずつ挨拶をしてくれた。
紹介が終わると、翔寮長がにっこりと笑って続ける。
「さて、今日の夕食は少し特別です。初日の夜。たくさんの出会いがあるように……今日は立食パーティ形式にしてみました。始まったら皆さん、各々好きな料理を手に取って楽しんでください」
新入生のみんなも、初めての立食パーティな子が多いのか、楽しみな感じでそわそわして翔寮長の話を聞いている。
「立ったまま食べていいのっ?」
「えーっ、家だったら絶対怒られてるよー!」
会場のあちこちからそんな囁き声が聞こえてくる。やっぱりみんな、考えることは同じみたい。
クスッと笑っていると、今度は京香副寮長が左手の魔械義肢を握り「キンッ、キンッ」と音を鳴らした。
———すると。
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