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06

 校長先生の演説が終わると、講堂のあちこちから自然と拍手が湧き起こった。その拍手はすぐに一つの大きな波となって、講堂の空気を震わせるほどの熱を帯びていく。


 この拍手はきっと、ここに集まった全員の新しい生活の幕開けを祝う音なんだ。


 校長先生は、ステージの中央で静かに四方へお辞儀をする。


 そして改めて正面を向くと、声に魔法を乗せて告げた。


「それではこれより、それぞれの寮を定める“月縁(つきより)の儀”を始めます」


 その瞬間ステージの下辺りから、金属と魔力が絡み合うような不思議な音が響いた。


——カシャン、カコン、ガガガガ……。


 まるで機械の心臓が動き出したような、規則的な音。それに続いて、ステージの床から六本の鏡張りの柱がゆっくりとせり上がってきた。


 それぞれの柱はキラリと光を反射する鏡の面で覆われて、魔力を帯びているのが遠目にも分かる。


 十二人の教師たちが、二人一組でその柱に付き添うように立った。


「こちらは“月鏡(つきかがみ)”と呼ばれる、寮を決定の装置です。一柱には六面の鏡があり、それぞれが皆さんを導く寮へと繋がっています。これから皆さんには、順番にこの鏡を潜っていただきます」


 講堂がざわついた。


「……鏡を、潜る……?」


「えっ、ぶつからないの?」


「通り抜けられるの?」


 あちこちから戸惑う声が聞こえる。でも私は、少しだけ落ち着いていられた。


 お父さんの書斎で似たような大きな鏡があって、緋統府(ひとうふ)から緊急で呼び出された時にお父さんが使っていたのを見たことがある。


 私は使ったことはないけど、通り抜けられる鏡があるのは知っていた。


「鏡を潜るだってっ! すごいねっ!」


 詩乃ちゃんは、不安よりもワクワクする気持ちの方が大きいらしくて、瞳をキラキラと輝かせて私を見た。


「そうだね、どんな感じなんだろう……?」


 私も心の奥に小さな不安を抱えながら、ワクワクが胸に広がっていくのを止められなかった。


 校長先生が、手を掲げながら言葉を続ける。


「これより、生徒会の方々の案内に従って順番にステージまでお越しください。皆さんにはその際、銀のペンダントが手渡されますので、首にかけてから鏡の前へお進みください」


 校長先生の言葉が終わると、私たちより先に到着していた新入生たちが生徒会の人たちに呼ばれて席を立ち始めた。


 ひとりひとりが銀色のペンダントを首にかけて、緊張した顔をしながらステージへと上がっていく。


 六柱の月鏡(つきかがみ)の周りに、新入生たちが一面ずつに分かれて並び始めた。緊張した顔で鏡の前に立つ子たちを、付き添ってくれている先生たちが優しく導いていくれる。


 すると、ステージの中央に立つ校長先生が一段と声に魔力を帯びさせて話し始めた。


「ではまず、生身の手で鏡に触れてください」


 先生たちの合図で、鏡の前に並んだ子たちは右手を、右手が義手の子は左手で鏡に触れた。


 その瞬間だった。


「ひゃっ……!」


「うわっ、何これ……!」


 小さな驚きの声があちこちから上がる。触れた子たちは少し驚いたり、目を見開いたり、一瞬手を引っ込めかける子もいる。


 触れた後に何かあるみたい。


 校長先生はその反応にふっと微笑んで、続けた。


「ふふっ、驚いちゃいましたね。ですが、心配はいりませんよ。今、皆さんの魔力の波長を読み取っているだけです」


 驚き、興味、期待、不安——


 色んな感情が、目に見えない熱い空気になってく。


「計測が終わると、鏡に触れている手が、そのまま鏡の中に吸い込まれるように入っていきます。焦らず、そのまま前へ進んでください。鏡の向こうには、皆さんと響き合う寮への扉が開かれています」


 その言葉に、ステージの緊張感がほんの少し和らいだ気がした。


「寮では、先に所属している寮生たちが皆さんを迎える準備を整えています。どうぞ、安心して一歩を踏み出してください」


 鏡の面に触れていた子たちの手が、静かに、すう…と鏡の中に沈んでいく。


 その動きはまるで水面を通り抜けるようで、どこか幻想的だった。


 次々と吸い込まれていく子たちの姿を見て、講堂の空気が再びざわめき始めた。驚きや戸惑い、興奮に混じった囁き声があちこちで溢れ落ちるように広がっていく。


 鏡の前に立っていた子たちが、一人、また一人と、まるで水に沈むように月鏡(つきかがみ)の中へと吸い込まれていって、最後の一人が消えると鏡面は再び何事もなかったかのように、静かにその姿を映し出すだけの鏡に戻っていく。


 そしてすぐに、生徒会の人たちが手際よく次のグループを案内し始めた。ステージの上にはまた緊張した顔の新入生たちが並び、さっきと同じように先生の指示に従って鏡の前へと進んでいく。


(……これを、全員分やるのか……)


 思わず心の中で呟いてしまう。講堂に集まっている新入生の数は、ざっと見渡しただけでも数千人、いや、もしかしたら一万人いるのかも………。


 それぞれが一人ずつ鏡に触れて、選ばれて、導かれていく。


 壮観で、神聖で、でも……途方もない。


 利玖が前にボソッと「入学式は夜まで続く」何て言ってたけど……これはかかりそうだ。


 次のグループもどんどん鏡に吸い込まれていく。鏡の中に消えていく様子はまるで夢の中の出来事みたいで現実感が薄いのに、確かに今この場で起こっている。


 ふと自分の番が来た時のことを想像して、胸の奥が震えた。


(私も……あの鏡に触れて、入っていくんだ)


 そう思った瞬間、胸の鼓動がひとつ跳ねる。それは不安からじゃない。多分、まだ出会ってない「何か」に出会える予感が、心の奥をじわりと熱くしたからだ。


 隣にいる詩乃ちゃんは、頬が少し赤くなって肩がほんの少しだけ揺れている。詩乃ちゃんの心もきっと、同じようにドキドキしているんだと思う。


 月鏡(つきかがみ)に吸い込まれていく新入生たちの列を、ぼんやりと眺めていた時だった。


 視線の先に、見覚えのある姿がステージに上がってきた。ここには少し異質にも感じる佇まい。


 生徒会からもらった銀のペンダントをした、鋼鉄の黒いマスク。


 ——間違いない、カナタだ。


(あ、いた……)


 私たちよりも早くこの講堂に来てたみたい。案内された鏡は、偶然にも私たちのすぐ前。


 カナタは私たちに背を向けて、月鏡(つきかがみ)の前に立っていた。


 鏡に映るカナタの顔は、何だかリラックスしているように見えた。他の子たちは、緊張したりワクワクした顔をしているのに。


 私は、鏡越しにカナタにそっと手を振ってみた。気付いてくれるかな、何て少し期待しながら。


 ——次の瞬間、鏡越しに目が合った。


 気付いてくれたことが嬉しくて、胸の奥がふわりと温かくなる。


 カナタは、ゆっくりと片手で私と同じように手を振り返してくれた。言葉はないけど、とても優しかった。


 カナタの顔は無表情だけど、不思議と伝わるものがある。私は少しだけ笑って、振っていた手を胸元で握りしめた。


 周囲では、先生たちの穏やかな声が飛び交っている。


「順番に触れてくださいね」


「そのまま、怖がらずに」


 その指示に従って、新入生たちが次々と月鏡(つきかがみ)へと手を伸ばしていく。


 カナタも迷いのない動作で、そっと目の前の鏡に手を添えた。


 カナタはどの寮に行くんだろう。確か利玖は、卯月寮か文月寮だろうって言ってたっけ。


 どんな寮なんだろう。どんな仲間がいるんだろう。


 明日、聞けたらいいな。


 そんなふうにぼんやりと思っていると、カナタが鏡に向かって歩き出した。


 最初は手から、次に肩、胸元、そしてそのまま全身が、月鏡(つきかがみ)の向こうへと静かに吸い込まれて行く。


(また、明日会おうね)


 心の中で、そう呟いた。声に出さなくても、きっと届くって思ったから。

 どんどん新入生たちが月縁(つきより)の儀を進めていって、次に案内されるグループが私たちになった。


「次っ! 私たちだよねっ! ねっ!」


 詩乃ちゃんが嬉しそうに腕を弾ませながら、目を輝かせてこちらを見る。


「そうだねっ」


 私も思わず笑って頷く。緊張もしてるけど、それよりも今は詩乃ちゃんの無邪気な期待が胸に移って、何だか心が少し軽くなる。


 すると、さっき正門で会った瑛梨香先輩が私たちの前へと歩み寄ってきた。


 その姿にすぐ気付いた詩乃ちゃんと私は、思わず背筋を伸ばす。瑛梨香先輩は、柔らかく目元を細めて微笑んだ。


「先ほど振りね」


「はいっ!」


 ただ立っているだけでも目を奪われるのに、笑った顔はもっと綺麗でほんの一瞬で空気が変わった気がした。瑛梨香先輩は、本当に綺麗な人だった。


 瑛梨香先輩は静かに私たちの前で二度、左脚の義足で床をタップした。


 高く澄んだ金属音が空気を切り裂くように響いた、その瞬間。


「この声が届く方々を今からご案内します。慌てずに、ゆっくりと立ち上がってください」


 落ち着いた、だけどよく通る声が空間を包む。


 私と詩乃ちゃんが立ち上がると、私たちの座る区画の一部の何人かが一斉に静かに立ち上がった。


 きっと今立ち上がった子たちは、瑛梨香先輩の声が聞こえてたんだ。


 すごい。魔法で、こんなことまでできるんだ。


「それでは、前の席の方から順に、私に着いてきてくださいね」


 瑛梨香先輩が柔らかな声でそう言うと、私たちは先頭に歩く先輩の後を着いて歩き出した。


 すぐ後ろには詩乃ちゃん。遅れないように、でも浮き足立たないように心の中でリズムを取る。


 歩く途中も、ステージの上では変わらず月縁(つきより)の儀が続いていた。新入生たちが、次々と鏡の中へと吸い込まれていく。


「不思議よね。鏡に入るなんて」


 ステージに釘付けになっていた私に気付いて、瑛梨香先輩が振り返りながら微笑んだ。


「この学園はとっても広いの。だからこういう鏡の転移を、移動手段としてよく使うのよ。慣れたらとても便利なの」


「移動で使うんですかっ! すごーいっ!」


 詩乃ちゃんは私の肩にそっと両手を置いて、目をキラキラと輝かせながら身を乗り出してきた。爪先がふわっと浮くように小さく跳ねる。


 その声には楽しみと驚きがギュッと詰まっていて、まるで心の奥の高鳴りがそのまま言葉になったみたいだった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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