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05

 利玖の後に続いて講堂の大きな扉を潜ると、ふわりと空気が変わった。そして私は、その独特な造りに思わず息を呑んだ。


 外の陽射しの眩しさが嘘のように、講堂の中は少し冷んやりとしていた。床を踏む足音もどこか吸い込まれていくようで、自然と声を潜めてしまう。


 講堂の真ん中を真っ直ぐに伸びる通路。そして講堂の中心には、円形の大きなステージがあって、それを座席が円を描くように並べられている。


 中央を境に左右対称な構図は、とても美しかった。


 どこから見ても、視線が自然と中央に集まる構造。誰もが舞台を中心に心を寄せるように設計されていた。


 上を見上げれば、ステージの上に広がる天井には、美しく織り上げられたステンドグラス。青や緑、金や紅の硝子が幾重にも並んで、魔法の繊細な文様を形作っている。


 その合間から差し込む自然光が、まるで光の粒となってステージに舞い降りていた。


 天井と壁に掛かっている魔械灯(マギアとう)の柔らかな照明は、講堂を優しく包んでいた。


「すごい……。」


 思わず、小さく息を呑んだ。


 私たちよりも先に到着していた新入生たちは、もう席に着いていて、思い思いに過ごしていた。


 天井のステンドグラスを眺めている子、隣の友達と小声で笑い合っている子、緊張した面持ちでじっと前を見てる子。


 私たちが講堂に入って来たのに気付くと、座席のあちこちから一斉に視線が集まる。座席の後ろの方に座っている子はよく見えないけど、ほとんどの子がこちらを振り返り、まるで私たちという存在を一つの情報として確認するかのように、じっと見つめていた。


 興味深そうに目を細めて観察する子、椅子に身を預けたまま斜めにこちらを見ている子、そして私と目が合った途端、ビクッとして頬を赤くして視線を逸らす子もいた。


「うわぁ……見られてるね……!」


 隣の詩乃ちゃんが、小さな声で私の耳元にささやいた。だけどその声も、どこか楽しそうだった。


 私も小さく頷いて、グッと背筋を伸ばした。


 この場所に立つこと、誰かの視線に晒されること。それは少しだけ怖くて、それ以上に、何だか誇らしかった。


「では、この区間の席の、前から順番に座っていってください」


 ステージの前に立ち止まった利玖が、後ろを振り返ってそう言った。


 私たちが歩いてきた中央の通路よりも少し狭い通路が、座席の間に伸びていて、それがまるで花びらのように講堂をいくつかの区間に分けていた。


 私は詩乃ちゃんと一緒に、座席へ座る。ふかふかのクッションの椅子は心地よくて、でもその柔らかさよりも、目の前に広がるステージの迫力に圧倒されてしまう。


「わぁ〜! 一番前だねっ!」


 隣で詩乃ちゃんが、声をひそめながら目を輝かせて呟いた。そのテンションの高さが伝わって、私まで嬉しくなる。


 ステージは直ぐそこ。木目の美しい板張りには淡く魔力の光が走り、まだ何も始まっていないのに、ここから何かが始まるような気がして、胸がふわっと高鳴った。


「拓斗くんとは、離れちゃったね」


 詩乃ちゃんが、座席の後ろの方を見ている。視線を追って後ろを見ると、少し離れた所に拓斗が座っていた。


 拓斗は、目線だけで講堂を見回していた。詩乃ちゃんほどではないにしろ、少しは興味があるみたい。


 その後も講堂の扉が何度か開き、生徒会の人たちが次々と案内してきた。


 新入生の子たちは、同じように先導されながら席に着いていき、徐々に講堂の座席が埋まっていく。


 見渡せば、もうほとんどの席が埋まっていた。蘇芳街、東雲町、山吹街、常盤町、浅葱街、瑠璃町、紫苑町、そして中央都市。全ての町から、私と同い年の子たちがここに集まっている。


 これが、この学園に入学する全員。


 改めてその光景を目にすると、思わず息を呑んでしまった。想像していたよりも、ずっと多い。


 これだけの人数の中で、カナタはどこに座ってるんだろう。自然と目で探してしまうけど、ステージ近くの前列からじゃ、後ろの方の顔まではまったく見えない。立ち上がるわけにもいかないし、この講堂の中からカナタを見つけるのは、流石に無理がある。


(大丈夫。後できっと会える)


 心の中でそう呟いて、私は前を向き直した。



 すると、私たちが入って来た扉と反対の扉が開いて、所謂、魔女帽子を被った数十人の大人たちが現れた。私たちのとは違う亜麻色の羽織を着て、背筋の伸びた人たち。


 先生なのか、それとも来賓なのか。何も説明されていないのに、その雰囲気だけで、ただ者ではないと分かる。


 ざわ……と講堂内に緊張が広がるのが分かった。喋っていた子たちも、徐々に口を閉じ、静けさが戻ってくる。


 私は自然と背筋を伸ばし、目の前のステージへと意識を集中させた。


 ステージの中央に立つその女の人は、穏やかそうな雰囲気だけど、この人を目の前にすると思わず背筋が伸びてしまう、毅然とした人だった。50代くらいかな?黒紫色の羽織を纏い、長い髪をきちんとまとめている。


 その人が義足を二回、床で鳴らすと、それだけで講堂全体の空気がピンと張り詰めた。


「天空律環学園へ、ようこそ」


 柔らかく澄んだ声が、私たちの耳にすっと届く。声を張っているわけではないのに、まるで耳元で囁かれたように聞こえる。


 さっき利玖が使っていた魔法と同じ魔法だとすぐに分かった。


「私は、この学園の校長を務めております、神奈(かんな)と申します」


 校長先生——神奈(かんな)と名乗ったその人は、ゆっくりと両手を広げ、優しく微笑みながら話を続けた。


「天空律環学園は、この空中大陸の誕生と共に設立され、人と魔法、そして学びの交差点として育まれてきました。皆さんがこれから過ごすこの学園都市は、単なる教育機関ではありません。魔法の制御技術、義肢との共生、心の在り方までもを学び、それぞれの未来を切り拓くための『生きる場』です」


 その言葉に、誰かの小さな感嘆の声が聞こえた。

 校長先生はそれに気付いたように、微かに頬を緩めながらも、語りを止めない。


「この学園では、皆さんひとりひとりが、それぞれの色を持つ十二の“寮”に分かれて暮らすことになります。寮は、一年の十二か月を象徴とし、それぞれが異なる理念と役割を持っています。皆さんの適性、心の傾向、魔力の性質……そうした要素をもとに、最も深く響き合う寮へと導かれるのです」


 講堂の空気が、静かに、しかし確実に引き締まっていく。私の心臓が高鳴っているのが分かった。


「寮とは、住まうだけの場所ではありません。それは似た者同士が導かれる家族の形。生まれ持った魔力の波長、心のリズム、感性の色合い……言葉では測れないそれらが、自然と集まり、響き合い、絆となる」


 校長先生の声は、まるで空気そのものに染み込んでいくようだった。講堂中の生徒たちが、息をするのも忘れるように校長先生の声に耳を傾けている。


「例えば、信念を曲げずまっすぐに突き進む者たちが集う寮。誰かの痛みを感じ取り、寄り添える者が導かれる寮。孤独を好みながらも心の奥底で絆を求める者、創造に命を燃やし、閃きに生きる者——それぞれの特性が自然と共鳴し合う場所が、ここにあります」


 私は、隣の詩乃ちゃんと目を合わせた。詩乃ちゃんの目は、ワクワクしたような輝きを宿していた。


 校長先生は一呼吸置いて、胸の前で両手を重ねるように組み直した。


「そして、この後の『寮決めの儀式』こそが、皆さんの最初の選択となります。この儀式は、事前に行われた試験の情報と、古代より伝わる魔法により、皆さんの魔力と心の在り方を見定め、最も調和する寮を選び出すものです。どうか自分自身を恐れず、信じて儀式へと臨んでください」


 天井のステンドグラスから差し込む光が、校長先生にふわりと舞い落ちた。まるで校長先生の言葉が、光によって祝福されているようだった。


「それでは、まず皆さんを導く十二の寮の担任教師たちを、順に紹介していきましょう。」


 そう言うと、校長先生の周りに並んでいた十二人の教師たちが、一歩ずつ前へと進み出た。空気が、少しだけ違う緊張に包まれた気がした。


 校長先生の紹介に合わせて、先生たちが一人ずつ、一歩前へ出てお辞儀をする。先生たちは、それぞれ名前を呼ばれる度に軽く頭を下げたり、手を胸に当てて優雅に挨拶をしたりと、それぞれの個性が滲み出ていた。


 先生たちの姿を目で追う。どの先生も独特の雰囲気で、まだ何も始まっていないのに、不思議と心が引き寄せられるようだった。


 最後の先生の名前が読み上げられて、十二人の先生たちの紹介が終わった。


「それぞれの寮で、皆さんを導き、支える教師たちです。これからの日々で、きっと深く関わっていく存在となるでしょう」


 ステージに並ぶ教師たちは、まるで寮そのものの象徴のように、そこに凛と立っていた。


「そして本学園では、十二の寮と並行してクラスも存在します。ただし、ここで言うクラスは、一般的な学力や成績によって振り分けられるものではありません。これは、異なる価値観や性質を持つ仲間たちと、刺激を受け合いながら学んでほしいという、学園創設時からの方針です」


 講堂のあちこちで、緊張した息遣いが聞こえた。だけど校長先生は、それを察するように、少しだけ口元をほころばせる。


「どうか、怖がらないでください。寮は心の拠り所、クラスは学びの交差点。それぞれが皆さんの成長を、別の角度から支えていくのです。ただ、自分らしくいること。目の前の学びと向き合うこと。それだけで十分です」


 校長先生の語る言葉は、厳かで、それでいてどこか温かい。私は、そっと結んでいた両手を強く握った。寮とクラス、二つの場所が私たちの学びの場になる。何だか、世界が一気に広がっていくような気がした。


 校長先生の声が、最後に一際静かに、だけど芯のある響きで講堂に広がった。


「この空中大陸での六年間——皆さんがどんな出会いと学びを得るのか、私たち教師一同も、心から楽しみにしております」


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

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