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機械仕掛けの魔法使い  作者: Runa
12の絆、50の同志。
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朝の光がカーテン越しに差し込み、部屋の中に淡い金色の気配が広がっていく。目を覚ました莉愛は、天井を見上げて小さく息を吐いた。いよいよ今日から、中等部の新しい生活が始まる。


まだ少し眠気の残る体を起こし、制服のシャツの袖に手を通し、スリットありタイトスカートを履く。昨晩、何度も確認して整えた制服は、少し大きめで、まだ体にしっくりと馴染まない。それでもその布地の重みが、少しだけ大人に近づいた気持ちにさせてくれる。


黒色のハイソックスを履いたら、羽織はまだ着ずに、丁寧に手に持って階段を降りる。キッチンに入ると、いつものようにお父さんが紅茶を淹れて、お母さんが朝食の準備をしていた。香ばしいパンの匂いと、温かいスープの湯気が、いつもの朝を少し特別なものに感じさせる。


「おはよう、莉愛。今日は主役なんだから、ちゃんと食べて行きなさいね。」


お母さんがにっこり笑ってスープを差し出してきた。


「おはよう、莉愛。今日はスッキリ起きられたみたいだね。」


どこか茶化すような口調に、思わず私はむくれ顔で言い返す。


「私だって、やればできるもんっ!」


「そうだね、さすが中等部生だ。」


笑いを含んだお父さんの声に、つられて私の頬もゆるんだ。


キッチンで最後の身支度をしていたお母さんも、ふわりとエプロンの裾を整えながらテーブルにやってきた。いつもの席に腰を下ろし、私とお父さんを見渡して、にこりと微笑む。


「じゃあ、そろそろ…いただきましょうか。」


 その一言に、自然と私たちの声が重なった。


「「いただきます。」」


静かな朝に、3人の声が優しく響いた。


焼いてくれたパンを手に取り、お母さんのスープをすくい、私はちょっとだけ背筋を伸ばして、いつもより丁寧に口に運ぶ。温かくて香ばしくて、ほんのり甘いスープは、まだ少し寝ぼけた体が、少しずつ目を覚ましていくのが分かった。


いつもの家族。いつもの朝ごはん。


でも今日は、ほんの少しだけ違う。ほんの少しだけ、大切な日。


食後、お父さんがポットから丁寧に注いでくれたのは、お父さん特製の紅茶。ふわりと立ちのぼる湯気の向こうに、紅茶の優しい香りが広がる。


たっぷりのミルクとお砂糖を3個、お父さんが私のカップに入れてくれた。私の好みにぴったり合わせてくれた味。ほんのりと熱いカップを両手で包み込んで、そっと口をつけると、ほっとする温もりが喉を通って胸に染みた。


——あぁ、しばらくこの味ともお別れなんだ。そう思った瞬間、胸の奥がきゅうっと小さくなる。



「ごちそうさまでした」と3人で声を揃えた後、私は羽織を手に取り、足早に洗面所へと向かった。


鏡の前に立つと、朝の光が差し込む中、髪を手櫛でなでたそのままだったことに少しだけ反省する。お気に入りのブラシを手に取り、静かに髪を梳かしはじめる。毛先にこもっていた小さな絡まりがほどけていく度に、ライトに照らされた髪がかすかに青みを帯びて煌めいた。


ブラシを置き、漆黒の羽織を手に取る。絹のような布地がさらりと指先を滑っていく感触は、何度着てもどこか背筋が伸びる。衿をきちんと整える手順は、お母さんに何度も教わった通りに。鏡越しに、ふわりと微笑むお母さんの顔が思い浮かぶ。


最後に、昨日のうちに用意しておいた羽織紐を手に取る。中央に飾られた翡翠は、常盤町の象徴。…って利玖が言ってた。深い緑に光が差し込むと、まるで朝露を含んだ葉のように澄んだ色を放つ。


結び目をしっかりと整えながら、胸の奥でひとつ、小さく深呼吸をする。


身支度を終えた私は、鞄を手にリビングへ戻った。お父さんとお母さんはすでに支度を済ませていて、玄関には2人分の上着と、3人分の靴が並んでいる。私は卒業式と同じ、赤褐色のショートブーツを履き、玄関の扉を開けた。



外の空気は春の匂いがした。ほんの少し冷たい風が、羽織の裾と長い袖をふわりと揺らす。私の隣にはお母さん、反対側にはお父さんが並んで歩く。3人で並んで歩くこの道も、今日でしばらくはお預けだと思うと、なんだか一歩一歩がゆっくりになる。


道端には早くも咲きはじめた小さな花たちが、顔をのぞかせている。町は朝の光に包まれ、まだ眠たげな家々の間を、渡鴉便(レイブン)が器用に飛んでいる。


駅まではそう遠くない。けれどその短い時間すら、今日は特別に感じられる。


「今日は天気もいいし、いい出発日和ねぇ。」


お母さんが柔らかく笑い、私の羽織の衿をそっと整えてくれた。


「緊張してる?」


お父さんが冗談めかして聞いてくる。


「してないもん。」


即座にそう返したけれど、正直、少しだけドキドキしていた。だけど、そのドキドキが、怖さじゃなくて、楽しみの方だって自分でもちゃんと分かっている。


駅に近付くにつれて、人の気配が増えていく。制服姿の子たち、送りに来た家族の姿──みんな、今日という日のことを忘れないんだろうな。


魔械軌車(マギアきしゃ)の駅は、木と赤茶色のレンガで重厚に造られていた。歴史の重みを感じさせるその外観は、どこか温かく、懐かしい匂いがした。アーチ状の出入口を潜れば、弧を描く屋根の下には、微かに魔力の振動が空気を震わせていた。天井付近や壁のあちこちには、大小さまざまな魔械歯車が組み込まれており、静かに、けれど確かに回り続けている。その回転は装飾ではなく、すべてが実用のために存在していた。


構内中央に設置された大きな掲示板は、魔力を通した板状のガラスが淡く発光し、時刻と行き先、軌車の出発時刻や遅延情報を次々に映し出している。その切り替わりのたびに、上部の歯車が一段階「カチリ」と音を立て、魔力の流れを変えていた。


こうした魔械のひとつひとつが、この駅という大きな装置を静かに、そして確実に動かしていた。


入構ゲートの前で、私は立ち止まった。改札の先に進んでしまえば、もうしばらくは家族と離れ離れになる。


「……行ってきます。」


ぎゅっと鞄の取っ手を握りしめながら言うと、お母さんがそっと私の手を取って、微笑んだ。


「行ってらっしゃい。困ったことがあったら、利玖もいるし、お母さんやお父さんに何でも話してね。ずっと応援してるから。」


お父さんも、私の肩に手を置いて言った。


「いっぱい学んで、いっぱい笑って、ちゃんと帰ってくるんだぞ。」


その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


思い切って、お母さんとお父さんに両手を伸ばす。少し照れながらも、2人は私をそっと包むように抱きしめてくれた。


「じゃあ、行ってきます!」


今度は明るい声で言えた。改札口へ向かうと、背後から、お父さんとお母さんが手を振る気配を感じた。


改札口は、同じく精密な歯車が仕込まれていた。乗客が魔械(マギア)義肢を鳴らす、金属のアームが滑らかに動き、軋み一つない音で通路を開く。魔力の波長を読み取る検知機も組み込まれていて、不正があれば即座に遮断される仕組みだ。


もう一度振り向くと、お父さんとお母さんは、また手を振ってくれた。私は大きく手を振って答えた。



駅のホームへ行くと、ほとんどが私と同じ制服を着ている子たちだった。それを見て私は、少しホッとして、詩乃ちゃんいたりしないかな?とキョロキョロしてみた。すると、後ろの方から声がした。


「莉愛ちゃーん!」


聞き覚えのある声に、嬉しくなって振り向くと、そこには私と同じ制服を着た詩乃ちゃんと、拓斗がいた。


卒業式でも思ったけど、本当に意外な組み合わせ。


「詩乃ちゃんっ!と、拓斗も一緒にいるんだ?」


「悪りぃかよ。」


拓斗の目が、少し鋭くなる。


「そういう目、しなければ良いよ。」


拓斗は「うっ…」と図星を突かれたような顔をした。それを見て詩乃ちゃんは、そっとクスクス笑ってた。


新入生でごった返している発着場に、低く唸るような音が響く。姿を現したのは、まるで古い蒸気機関車をそのまま切り出したような、魔械軌車(マギアきしゃ)だった。


艶を抑えた黒鉄の車体は、ところどころ真鍮で補強され、まるで機械そのものに意志が宿ったかのような重厚さを纏っている。車体の前方には、大きな魔力灯が1つ。夜でも霧の中でも進路を照らすように、青白い魔光が淡く点滅していた。


外装の継ぎ目には、魔力導管を思わせる細かな蔓模様が浮かび、動力源となる魔法石が車体の両脇で鼓動のように脈打っている。


さらに、後部には短い煙突があり、魔力が循環するたびにほのかな光を含んだ霧のような蒸気を、静かに吐き出していた。


私たち3人は、やってきた魔械軌車(マギアきしゃ)に乗り込んだ。金属と魔力で動くその車両は、どこか蒸気の香りを漂わせながらも、滑らかで静かな音を立ててドアを開く。


車内の座席は、柔らかな革張りで、2,3人掛けのベンチシートが交互に向かい合わせで並んでいる。空間は広くはないけれど、どこか落ち着いた温かさがあった。


私たちは自然と、私と詩乃ちゃん、拓斗で別れて座る。拓斗は座るなり、無言で窓の縁に肘をついて、外の風景を眺めはじめた。特に気にしている様子はなかったけれど、女子2人に男子1人、気まずく感じても仕方ないのかもしれない。


そんな空気を和らげようと、私は隣の詩乃ちゃんに話しかけた。他愛無いことをぽつぽつ話していると、車掌さんの落ち着いた声が、車内に響いた。


「まもなく、発車いたします。扉にご注意ください——。」


その声とほぼ同時に、魔械軌車(マギアきしゃ)のドアが静かに閉まる。内蔵された魔力歯車の振動が、足元から微かに伝わってきた。ほんの少し揺れると、魔械軌車(マギアきしゃ)はゆっくりと動き出し、ホームの景色が少しずつ後ろへ流れていく。

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