地上授業——赤い実と甘い匂い
地上授業二日目。
今日の課題は、採取と調合。
「では、これから班ごとに“傷薬”を作ってもらいます」
先生の声が、耳に届く。
「授業で習った“地脈植物”を採取し、班ごとに調合してください」
地脈植物——地上にしか自生しない、
魔力を帯びた植物。
草花や果実、樹木まで、
さまざまな種類が存在する。
普通の植物と違い、
摘み方ひとつで効力が落ちたり、
調合次第で効果が高まったりするらしい。
(傷薬なら……)
私は赤い実のなる低木を探すために、
振り返り歩いた。
「確かこれだよねー!」
「な、なれちょっ! それ、毟っちゃダメなやつだよー!」
少し離れた場所から、
詩乃ちゃんの慌てた声が飛んでくる。
「なれちょ! 少しは落ち着きなさいっ!」
優ちゃんの声まで続いた。
思わず振り向くと、
そこにはカナタと玲央くんが立っている。
その向こうでは、
なれちょがすみちゃんの腕を引っ張り、
優ちゃんが二人を追いかけ、
拓斗が呆れ顔でそれを見ていて、
詩乃ちゃんは苦笑いしていた。
『大丈夫だよ、莉愛』
「え?」
「昨日は二人になれちょを任せっきりだったからな」
玲央くんが肩をすくめる。
「今日は俺たちでフォローしようって、昨日話してたんだ」
「そうだったんだ……」
『だから、莉愛はこっちに集中して』
カナタがそう言って、
そっと私の背中を押した。
「……うんっ」
私は前を向き直り、赤い実を探すために歩く。
◇ ◇ ◇
「……あった!」
少し奥まった場所で、
赤い実をつけた低木を見つける。
「これが命紅果だっけ?」
「そうっ」
果汁に治癒効果がある地脈植物。
「赤く熟したやつを採ればいいんだよな?」
「そうなんだけど……」
私はしゃがみ込み、
地面に落ちていた命紅果を拾い上げた。
カナタも隣でしゃがみ込む。
『落ちてるやつの方が、柔らかくて潰しやすい』
「ふふっ、うんっ」
前にカナタが教えてくれたこと。
「へぇ」
玲央くんも感心したように腰を下ろした。
「それでも、結構硬いんだな」
玲央くんが命紅果を指先で転がしながら、
まじまじと見る。
「そうなの。だから調合が難しいんだ」
そう言いながら、手元の命紅果を拾い
籠へ入れる。
落ち葉を避けて、確かめて、選んで——
気づけば、籠の中は赤で少しずつ埋まっていく。
周りでも同じように、実を集める音が続いていた。
『莉愛、そろそろ充分集まったよ』
カナタが籠の中を見せてくれる。
赤い実が、たくさん積まれていた。
「ほんとだっ」
「それじゃあ、戻るか」
私たちは籠を抱えて、
班のみんなのいる場所へ向かった。
その途中——
「おいっ! それまだ千切んなっ!!」
遠くから、拓斗の声が響く。
その声に視線を向けると——
「あっ! みんなっ、おかえりーっ!」
詩乃ちゃんが、ぶんぶん手を振っていた。
……涙目で。
「はやく〜っ!」
半泣きだった。
(あ、これダメなやつだ)
「行こっ」
私たちは顔を見合わせて、駆け出した。
◇ ◇ ◇
なれちょの暴走をどうにか止めて、
私たちは傷薬の調合に取りかかった。
手に取ったのは、さっき集めた命紅果。
ぶどうみたいな見た目をしているのに、
指で押してもびくともしない。
「硬ーい!」
「全然絞れないよー!」
あちこちから、同じような声が上がる。
私は命紅果を半分に切った。
断面から、じわっと果汁がにじむ。
これを——
「……ふぬぬぬぬーっ!」
両手でぎゅっと押してみる。
だけど落ちたのは一滴だけ。
(硬すぎるっ……!)
熟して落ちている実でも、やっぱり硬い。
そのとき。
隣から、くすっと笑う気配。
『莉愛、貸して』
差し出された手に、命紅果を乗せる。
カナタはビーカーの上で、
片手で軽く絞る。
ぽた、ぽた、と。
(わぁ……)
私があんなに頑張っても出なかったのに、
カナタは、あっさりとやってのける。
「カナタ、すごいっ!」
『鍛えてるからね』
「あ、そっかっ。体術だよね」
『うん』
そう言いながら、もう一度、軽く実を潰す。
無駄のない動きのまま、果汁が静かに落ちていく。
体術は、“己が武器”。
全身を使うから、全部を鍛える。
利玖が言っていた。
武装演習部の中でも、一番キツいって。
ふと、視線が腕まくりした腕に吸い寄せられた。
私の腕よりもずっと太くて、
しっかりと筋肉がついている。
無理に力を入れている感じはないのに、
ちゃんと強い。
いつの間にか、こんなに——
胸の奥が、少しだけ跳ねた。
『莉愛、はい』
「っ!」
差し出された新しい命紅果を受け取る。
カナタはテーブルの上に実を置いて、軽く押さえた。
『こうしてごらん』
そのまま、手のひらで転がす。
「こう?」
同じように真似してみる。
楕円の実が、手のひらと机に挟まれて転がる。
ころころ、と。
少し続けると——
「……あ」
指でつまむ。
「柔らかくなってる」
さっきまでの硬さが、嘘みたいに消えていた。
『中の果肉が先に崩れるから、潰しやすくなるんだ』
「そうなんだ……すごい」
もう一度、実を見る。
さっきよりも、ずっと扱いやすい。
軽く押すと、今度はちゃんと果汁が落ちた。
「ほんとだ……!」
思わず顔を上げる。
カナタが、僅かに目元をやわらげていた。
その様子を見ていた周りの班も、
同じように命紅果を転がし始める。
さっきまで苦戦していた手元が、
次々と変わっていく。
(……すごい)
カナタのやり方が、みんなを助けている。
その光景が、なんだか嬉しくて——
思わず、頬がゆるんだ。
私はカナタと命紅果を絞り続け、
ビーカーに満杯になるまで増えていた。
「これを植物オイルで乳化させるんだよね?」
『うん。それを蜜蝋と混ぜるんだけど——』
カナタが、ふと顔を上げる。
視線の先を追うより早く——
「おいっ、あいつどこ行った!?」
「わかんねぇ、見失った……!」
少し離れたところから、
拓斗と玲央くんの声が飛んできた。
(……?)
思わず辺りを見回す。
さっきまでいたはずの、
なれちょとすみちゃんの姿が見えない。
きょろきょろと探していると、
『莉愛』
カナタに呼ばれて顔を上げた。
『乳化、一人でできる?』
「うん、できるよ」
頷くと、カナタが小さく息をつく。
『じゃあ、蜜蝋の方、手伝ってきていい?』
視線の先では、
詩乃ちゃんと優ちゃんたちが、
慌てた様子で蜜蝋を砕いていた。
『ちょっと大変そうだから』
「わかったっ。行ってらっしゃい」
『行ってきます』
短くそう言って、カナタはそちらへ向かっていく。
その背中を見送りながら、
私はホーロー鍋を用意した。
植物オイルをそっと注ぎ、弱い火にかける。
ぐつぐつ煮立たせるんじゃなくて、
ゆっくり温めるくらい。
とろりとしていた油が、
少しずつさらさらになっていく。
(このくらい、かな……)
そのとき。
「莉愛ちゃんっ!」
少し離れた場所から、
芽依ちゃんの困った声が飛んできた。
「この実、全然潰れないよ〜っ!」
「あっ、それはね——」
私は火を止めて、
少しだけその場を離れる。
カナタに教えてもらった通り、
机の上で転がす方法を教えると、
「すごーいっ! 莉愛ちゃん、ありがとう!」
「ふふっ、どういたしまして」
私はすぐに鍋の方へ戻った。
——そのときだった。
鍋の前に、なれちょが立っていた。
何かの葉を千切って、鍋へ入れている。
しかも。
火が、さっきより強くなっていた。
その後ろで、
すみちゃんが不思議そうに首を傾げながら、
その様子を見ていた。
「……なれちょ?」
「ん? あっ、莉愛ちゃん、おかえりーっ!」
なれちょは振り向いて、
いつも通りの笑顔で手を振る。
悪戯をした顔じゃない。
むしろ——
褒められると思ってるみたいな顔だった。
鍋の中から、
ふわりと甘い匂いが立ちのぼる。
「なれちょ……今、何入れたの?」
読んでいただき、ありがとうございました。
カナタの「力」だけじゃなく、
知識や積み重ねてきたものを書きたかった回です。
莉愛が少しずつ、
「男の子としてのカナタ」を意識し始めている感じが出ていたら嬉しいです。
そして最後は少し不穏に。
次回もよろしくお願いします。




