表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

152/165

もう、戻らない側へ(拓斗視点)

 結局、

 詩乃にはなんとか小さいフルーツ飴を買わせて、

 俺たちはそのまま祭りの屋台を見て回っていた。


「……大変だよ、拓斗くん」


「……今度はなんだ」


 半分呆れながら隣を見る。


 詩乃の手には、もう竹串しか残っていなかった。


「いちご飴、あっという間になくなっちゃったっ!」


 本人が一番びっくりしたみたいな顔で言う。


「そうか。よかったな」


「もう一本買いにいこっ」


 そう言って、当たり前みたいに俺の袖を引っぱる。


「まだ食う気かよ。太るぞ」


「大丈夫っ。いちごって、実は野菜だから!」


「……どういう理屈だよ」


 意味が分からない。


 そう思いながら、

 来た道を戻ろうと振り返った——その瞬間だった。


「あれ——拓斗じゃん」


 その声だけで、

 背中の奥がひやりとした。


 次いで聞こえた笑い声に、

 確認するまでもなく分かる。


 ——あいつらだ。


「……おぅ」


 顔だけそっちへ向ける。


 案の定。


 まとまって立っているそいつらが、

 揃ってこっちを見ていた。


 口元には、昔と何も変わらない、

 あの嫌な笑いが浮かんでいる。


 その目が、俺じゃなく——

 俺の隣にいる詩乃へ流れるのが分かった。


 詩乃が、俺の袖をぎゅっと掴む。


 顔は伏せたまま。


 でも、それだけで充分だった。


 ——怯えてる。


 俺は半歩だけ前に出て、

 詩乃を隠すようにそいつらへ向き直った。


「……なんか用?」


「え、冷たくね? なに、デート邪魔されて怒った?」


 小さく息を吐く。


「……そうだけど。もういい?」


「……は?」


 そいつの頬が、ぴくりと引きつった。


(……へぇ)


 適当に話を合わせて、

 さっさと切り上げるつもりだったけど。


 思ったより、効くらしい。


「……てか拓斗。双輪試走、あいつとペアだったんだな」


 そいつは気を取り直したみたいに、

 またあの嫌な笑いを浮かべる。


「変な円盤みたいな創駆、マジで笑えたわ。最後、拓斗が助けなきゃ失格だったのに、なんで助けたんだよ?」


「失格になったら、俺も困るからだろ」


 何を当たり前のことで煽ってるんだ。


「っ……でも、あれだろ? あいつに全部作らせて、自分は高みの見物で合格ってわけだ。いいご身分だよなぁ。あ、“おぼっちゃま”だもんな?」


「確かに、全部はやってないな」


 俺は肩をすくめる。


「先輩に、操縦者がメインで作った方がいいって言われたから。俺は、手伝いくらいしかしてない」


 その時だった。


「そ、そうだよっ!」


 震えながらも、

 後ろから詩乃が声を上げた。


「操縦者がちゃんと作った方が、魔械のこともわかるし、操作もしやすくなるんだよっ!」


 ぎゅっと袖を掴んだまま、

 それでも詩乃は顔を上げる。


「わ、私だって……莉愛ちゃんにちょっとだけ手伝ってもらっただけで、ほとんど一人で作ったもんっ!」


 ——莉愛。


 その名前が出た瞬間、

 後ろにいた何人かの顔色が変わった。


 目に見えて、たじろぐ。


(……へぇ)


 今ので分かった。


 こいつらにとって、

 莉愛はもう“笑っていい側”じゃない。


 双輪試走で結果を出して、

 影魔法まで形にした。


 もう、

 気軽に見下せる相手じゃなくなってる。


「ていうか、お前ら全員、操縦者だったよな」


 俺はそいつらを見渡した。


「……自分で作らなかったのか?」


「「「…………」」」


 返事がない。


 いい先輩に出会えなかったのか。

 助言をもらっても聞かなかったのか。


 そんなことは、どうでもよかった。


「……合格、したのか?」


「っ!」


 今度は、揃って目を逸らした。


 そこで、やっと分かった。


 こいつらは最初から、

 何かを持ってる側じゃなかった。


 自分で背負う気もないくせに、

 誰かを笑って、

 誰かを前に立たせて、

 自分だけは後ろで安全な場所にいる。


 ただ、それだけだった。


(……俺は)


 喉の奥が、ひどく冷えた。


 ——こんな奴らの顔色を、見てたのか。


 ふいに、

 前にカナタに言われた言葉がよぎる。


 “操り人形”


 あの時は、腹が立った。


 でも今なら分かる。


 あいつは、多分ずっと見えてたんだ。


 俺が何に合わせて、

 誰の顔色を見てたのか。


 “操り人形”なんて言葉すら、

 もったいない。


 こんな薄っぺらいやつらに、

 合わせて、

 振り回されて、

 前に立たされてたんだ。


 ——そりゃ、カナタも呆れる。


 ……でも、もう違う。


「た、拓斗くん……」


 少し震えた声が、後ろから聞こえた。


 顔だけで振り向くと、

 詩乃が目を潤ませながら俺を見ていた。


 でも——

 その顔は、ただ怖がってるって感じじゃなかった。


 じっと、俺を見ている。


 まるで、

 何かを確かめるみたいに。


「……どうした?」


 声を落として聞くと、

 詩乃は一瞬だけ目を瞬いた。


 それから、

 ふっと肩の力を抜く。


「……ううん」


 小さく首を振る。


 その顔を見て、分かった。


 詩乃が見てたのは、

 あいつらじゃない。


 俺の方だった。


 また戻るのか、

 戻らないのか。


 それを、

 ずっと見てたんだ。


 それで今、

 ちゃんと安心してくれたんだ。


 その時だった。


「チッ。なに無視してんだよ」


 そいつの視線が、俺の肩越しに詩乃へ滑る。


 背後で、

 詩乃の指先が

 ぎゅっと俺の袖を掴み直したのが分かった。


「おい、詩乃。俺らも混ぜろよ」


「……っ」


 小さく息を呑む気配が伝わってくる。


「やっ——」


 拒む声に被せるみたいに、

 そいつが詩乃へ手を伸ばした。


 細い腕が、乱暴に掴まれる。


 次の瞬間には、

 俺の手がそいつの手首を掴んでいた。


「……っ、え?」


 そのまま外側へ返す。


「いっ、だっ!?」


 体勢を崩したそいつの腕を、

 逃がさない角度で押さえ込む。


 そのまま、一歩だけ踏み込んだ。


「っ、あ……!」


 少し力をかけただけで、

 そいつの顔が引きつる。


「は、離せって……!」


「……俺に勝てないからって」


 少しだけ力をかける。


「っ、あ……!」


「女に手ぇ出すのかよ」


 そいつの肩が、びくりと揺れた。


「っ、てめ……!」


「“おぼっちゃま”だからな」


 腕を押さえたまま、

 淡々と告げる。


「礼儀と一緒に、護身術も仕込まれてる」


 空気が、ぴたりと止まった。


 そいつの後ろにいた連中も、

 さっきまでの笑い顔を消している。


「……次は、本気で止める」


 静かに言って、手を離す。


 そいつはよろけながら腕を抱え込み、

 悔しそうに顔を歪めた。


「っ……行くぞ!」


 吐き捨てるみたいにそう言って、

 そいつらはそのまま足早に人混みへ消えていく。


 その背中を見送りながら、

 俺は小さく息を吐いた。


 振り向くと、

 詩乃もあいつらの背を見送っていた。


 その手はまだ、

 俺の袖を掴んだままだ。


「……大丈夫か?」


 詩乃ははっとしたように顔を上げて、俺を見た。


 じっと、こっちを見てくる。


 でも、何も言わない。


 その沈黙がなんとなく落ち着かなくて、

 俺は適当に言葉を足した。


「……いちご飴、買いに行くか?」


「え?」


「それとも、別のやつにするか」


 すると詩乃の表情が、

 ゆっくりほどけていく。


「……ううん、大丈夫っ」


「いいのか? 食いたかったんじゃねぇの?」


 詩乃はいつもの調子で、ふにゃっと笑った。


「なんか……お腹、いっぱいになっちゃったっ」


「……なんだそれ」


 思わず、小さく吹き出す。


 すると詩乃も、

 つられるみたいに笑い出した。


 さっきまでの強ばりが、

 少しずつほどけていく。


「……んじゃ、もうちょいぶらつくか」


「そうだねっ、デートしよっか!」


「ブッ!」


 思いっきり吹き出した。

 顔が一気に熱くなる。


「なんでデートなんだよ!」


「えっ、デートなんでしょ?」


 詩乃は口元を隠しながら、にやにや笑っていた。


「おまえ……」


 さっきの俺の言葉で、完全に揶揄ってきてる。

 でも、不思議と嫌じゃなかった。


「……勝手にしろ」


「うんっ!」


 詩乃は満足そうに頷いて、

 俺の横に並ぶ。


 そのまま、ふたりで歩き出した。


 別に気まずいわけじゃない。


 ただ、なんとなく無言になる。


 横目で見ると、

 詩乃はまだ少しだけ嬉しそうに笑っていた。


(……まぁ、いいか)


◇ ◇ ◇


 その後もしばらく祭りをぶらついて、

 気づけばみんなと合流していた。


 優と芽依は、

 買ったものを見せ合って騒いでいる。


 玲央はその横で、

 なんだかんだ楽しそうに眺めていた。


 詩乃と莉愛も、

 少し離れたところで何か話している。


 そんな様子をぼんやり見ていた時だった。


『拓斗』


「ん?」


 聞き慣れた、

 僅かに機械の響きを含んだ声に振り向く。


 カナタと目が合った。


 カナタは一度だけ視線を逸らしてから、

 少し探るように声を発する。


『……あいつらに、会った?』


「っ、会ったのか!?」


 思わず、聞き返していた。


『いや。見かけただけ』


 変に濁すこともなく、

 カナタはそう言った。


「……そうか」


 小さく息を吐く。


「……あぁ、会ったよ」


 一瞬だけ、間が落ちた。


『……何か、された?』


 表情はいつも通りなのに、

 視線だけが少し違う。


 ああ、

 心配してんのか。


(……ほんと、心配されてばっかだな)


 胸の奥で、少しだけ笑う。


「……腕、捻ってやった」


『え』


 珍しく、

 カナタの声に僅かな抑揚が乗る。


 そんなに驚くことかよ。


 そう思った次の瞬間、

 チョーカーから、ふっと笑う息が漏れた。


『……やるじゃん』


 切れ長の目が、

 ほんの少しだけ面白そうに細くなる。


(……そんな顔、するんだな)


 ちょっと意外で、

 でも悪くなかった。


「……だろ」


 軽く笑いながらそう返すと、

 胸の奥に残っていたものが

 少しだけ軽くなった気がした。


ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ