09
お父さんとお母さん、私とカナタの四人で、ゆっくりと校門へ向かって歩いていく。
道の両脇では、桜が疎らに咲き始めていた。まだ満開には程遠いけど、淡いピンクが所々枝先を彩り、小さな春のトンネルを作っていた。
入学式の頃には、あの花たちも全部咲いているのかな。そんなことを考えながら歩いていたら、ふと視線の先に詩乃ちゃんが見えた。
誰かに手を振って、帰って行った。相手は、門の柱に遮られてよく見えない。
もう少し近付いたところで、ようやく相手の姿がはっきり見えた。
——拓斗だった。
「あらっ、どうも先程ぶりです」
お母さんが拓斗のお母さんとお父さんに声をかける。
向こうも笑顔で応じて、お喋りが始まった。何となく私たち三人は、横並びになると、私は拓斗に話しかけた。
「……拓斗って、詩乃ちゃんと仲良かったっけ?」
「……別に。普通に話すくらいだろ」
あっさりした返事。でも私の中では少し引っかかった。二人が一緒にいるところなんて、今まで見たことなかったから。
「ふ〜ん……」
気にしない振りをしながらも、何となく視線を拓斗の方へ送ってしまう。
その時、不意にお父さんが私を呼んだ。
「莉愛、ちょっと来てくれないかな?」
「えっ……」
写真を撮る場所の確認みたいだった。でも私は、思わず声を漏らしてしまった。
今ここを離れたら、カナタと拓斗が二人きりになってしまう。今は取り巻きがいないけど、あまり二人きりにしたくなくて、離れたくなかった。
でも、そんな私の気持ちを汲んだように、カナタが静かに言った。
『……大丈夫だよ、莉愛』
その瞳は穏やかで、少しだけ背中を押してくれるような優しさがあった。
拓斗の親もいるし、きっと変なことにはならない。それは分かっていたけど、それでも胸がきゅっとなる。
「……分かった。ちょっと行ってくるね」
私はカナタにそっと言い、後ろ髪を引かれたまま、お父さんのところに向かって歩き出した。
「一人で撮る時は、こっち側かなぁ。二人で撮る時は……くっついて撮るか、真ん中を挟むか……」
お父さんは、校門のそばに立てられた“卒業式”の看板の横に私を立たせて、独り言のようにぶつぶつと呟きながら、撮影の構図を考えている。
私は素直に従いながらも、目線だけは少し横に向けていた。
——カナタと拓斗。あの二人が今、どうしているかが気になって仕方なかったから。
視線の先の二人は、何か話しているように見えた。表情までは読み取れないけど、少なくとも今は言い合いになってはいない。
拓斗が、あのいつもの挑発的な雰囲気ではなく、普通にカナタと話しているように見えた。
——ちょっと意外。
そう思ったのも束の間、拓斗の目付きがふっと変わるのが見えた。僅かに目が鋭くなったように感じて、私はハッとして身を乗り出す。
また、何か言い合いになるんじゃ——。
思わず一歩踏み出しかけたその時だった。
拓斗の目が、また変わった。
さっきの鋭さはすぐに消え失せ、代わりに浮かんだのは、驚いたような、いや、それ以上に——何かに気付いたような、肩の力が抜けたような表情。
まるで毒気を抜かれたみたいに、目の奥の光が柔らかくなった。私はその変化に、足を止める。
何があったのかは分からない。何を言われたのか、何を感じたのかも。
だけど、あの一瞬の表情の変化は、間違いなく拓斗の中で何かが動いた証だった。
「莉愛、どうした?」
突然動き出した私に、お父さんが少し驚いたような声で問いかけてくる。
「あっ……そろそろカナタ呼んでもいい?」
「そうだね、そろそろ撮ろうか」
私は頷いてから、カナタたちの方に視線を向けた。拓斗はギョッとした顔でカナタの方を見ていた。少しだけ心配しながら、カナタに声をかける。
「カナター! 写真撮ろー!」
カナタはちらりと私の方に目を向け、それから拓斗に何かを一言だけ告げて、ゆっくりと歩いてくる。
『……お待たせ』
変わらぬ、穏やかな声。私は小声で尋ねた。
「カナタ、大丈夫? 嫌なこと言われなかった!?」
心配で思わず声が強くなってしまったけど、カナタは目元をふわりと優しくして、静かに首を振った。
『大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。……寧ろ、僕の方が言い過ぎちゃったかも』
それは、どこか安心したような、申し訳なさそうな言い方だった。カナタの心の中で、ほんの少しだけ何かが解けたのかもしれない、そんな気がした。
「それじゃあ、撮ろうか。まずは二人共、ここに立ってくれる?」
お父さんに促され、私とカナタは“卒業式”の看板を挟むように立った。
右手には卒業証書の入った筒を、左の義手にはリョク様からいただいた羽織紐の入った、黒色の革の小さなケースを持って、背筋を伸ばす。
「うん、良いね。それじゃあ撮るよ。笑ってー」
お父さんの声に合わせて、私はにっこりと笑う。すると、お父さんが覗き込んでいたレンズ付きの魔械機器から、カシャッと小気味よい音が響いた。
続けて、お父さんが義足でコツンと地面をタップすると、魔械機器から名刺くらいの大きさの紙が、ゆっくりと二枚出てきた。
それをお父さんが手に取り、確認しながら笑みを浮かべた。
「うん、綺麗に撮れたよ」
私とカナタは興味津々でお父さんに駆け寄り、その紙を覗き込んだ。
そこには“卒業式”の看板の横で、微笑んで立つ私と、無表情ながら穏やかな顔をしているカナタの姿がはっきりと写っていた。
「わぁ〜すごぉい! 写真ができるところ初めて見たっ!」
アルバムや写真立てで見ることはあっても、その場で撮ってすぐに現れる瞬間を見るのは初めてで、思わず感動の声が漏れた。
カナタも目を丸くしながら、ジッと写真を見つめていた。
「それじゃあ次は、一人ずつ撮ろうか。どっちから撮ろうか?」
お父さんが声をかけると、カナタは少し驚いたように目を丸くした。
『えっ……僕もいいんですか?』
「もちろん。リョク様に渡したら、きっと喜ぶよ」
その言葉に、カナタはフッと目を伏せ、短く考えて答えた。
『ありがとうございます。お願いします』
「うん、じゃあ先にカナタ君が撮ろうか」
お父さんの言葉に促され、カナタは、私がさっき立っていた看板の隣へ戻った。右手に卒業証書の筒を、左手に黒い革の小さなケース。
咲き始めた桜が風にそっと揺れる中、お父さんがまた魔械機器を構え直す。
「撮るよー」
お父さんの声と後に、また魔械機器が小さくカシャッと音を立てた。
カナタの写真が撮り終わると、魔械機器からゆっくりと温かい紙が吐き出される。お父さんがそっとそれを手に取って、確認する。
「うん、上手に撮れた。はい、これとこっちも。リョク様にも、見せて差し上げてね」
『……ありがとうございます』
カナタは丁寧に頭を下げた。そして両手で二枚の写真を受け取り、まるで壊れ物でも扱うように、大切そうに見つめていた。
「じゃあ、次は莉愛だな」
「うんっ!」
お父さんの声に頷いて、もう一度『卒業式』の看板の横に立つ。
さっきよりも少し、胸を張って。
「今度は、しっかり笑ってね」
お父さんの冗談に、私は少し照れくさく笑った。今度は、ちゃんと、心からの笑顔で。
「いくよー!」
——カシャッ。
魔械機器の中で、また音が鳴る。
「うん、今のはすごく良かったぞ!」
お父さんが嬉しそうに言って、できたばかりの写真を見せてくれる。
写真の中には、桜色の風の中で、笑顔の私が立っていた。
『……本当だ、さっきより柔らかい顔してる』
カナタが隣で覗き込みながら言ってくれたのが嬉しくて、私はちょっとだけ照れながら、もう一度写真を見つめた。
「ね、良く撮れてるよ。…二人共、本当に、卒業おめでとう。」
お父さんが、改めて私たちにお祝いの言葉をくれて、また胸がくすぐったくなった。
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