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見捨てられた温室の片隅で、冷徹公爵様と秘密の朝食を  作者: あずきまんま


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第5話_夕映えのガラス屋根と永遠の食卓

温室の中に響き渡るアシュレイ伯爵一家の悲鳴と弁解は、近衛兵たちの冷徹な鉄靴の足音によって完全に掻き消された。


アルスター公爵が懐から取り出した勅令書には、ベルトン侯爵とアシュレイ伯爵が共謀し、国境防衛軍の補給物資を横領して闇市場へ横流ししていた動かぬ証拠が記されていた。先日アルスターが森で襲撃を受けた刺客の手配師も、まさにベルトン侯爵の配下であったことが、近衛司法部によって完全に暴かれていたのだ。


「国家反逆および軍費横領の主犯として、ベルトン侯爵はすでに昨夜拘束された。……共犯たるアシュレイ伯爵夫妻とその娘セシリアの身柄を拘束し、即刻憲兵隊の本部へ連行せよ」


「お、お待ちください、公爵閣下! 私は何も知らぬのです! 妻と娘の買い物のために……!」


「嘘をつかないで、お父様! 貴方が仕組んだんじゃないの! 離して、私はセシリア様よ! こんな薄汚い兵士に触られるなんて耐えられないわ!」


見苦しく罪を擦り付け合いながら喚き散らす伯爵一家と私兵たちは、近衛の騎士たちによって無慈悲に引きずり出されていった。


踏みにじられた土や割れた植木鉢の破片は、控えていた従卒たちによって手際よく片付けられ、温室の扉には新しい真鍮の蝶番と頑丈な閂が素早く取り付けられた。


「全員、温室の外へ退去せよ。半径五百メートルを完全封鎖とし、何人の接近も許すな」


アルスターが短く命じると、騎士たちは深々と敬礼し、音もなく温室の外へと去っていった。


静寂が、再び旧温室へと戻ってきた。


薪竈の火だけが、パチパチと穏やかな音を立てて赤煉瓦の床を照らしている。


アルスターはゆっくりと振り返り、竈の前に立ち尽くしていたクラリッサの元へと歩み寄った。その琥珀色の瞳には、先ほどまでの冷酷な処断官の威厳はどこにもなく、罪を犯した少年のように不安げな色が揺れていた。


「……身分を偽り、君を騙していたことを許してほしい、クラリッサ」


アルスターは腰の宝剣を外し、作業机の上に静かに置くと、深く頭を垂れた。


「近衛軍総監という立場ゆえに、常に命を狙われ、誰も信じることができなかった。手当を受けたあの日、君の純粋な優しさに甘え、ただの一介の兵士として君の隣にいられる時間を手放したくなかったのだ。……卑怯な真似をした私を、軽蔑してくれて構わない」


低く震える男の声に、クラリッサは静かに首を横に振った。


彼女は一歩歩み寄り、冷え切ったアルスターの大きな両手を、自らの温かい両手で優しく包み込んだ。


「顔をお上げになってください、アル様」


クラリッサの穏やかな笑顔が、至近距離でアルスターを見上げた。


「貴方が公爵閣下であっても、私にとっては、毎朝重い薪を割ってくださり、私の焼いたパンを誰よりも美味しそうに食べてくださる、ただ一人の大切な『アル様』ですわ。貴方が私を騙そうとしていなかったことくらい、その手の温もりとお茶を飲む横顔を見ていれば、痛いほど分かりますもの」


「クラリッサ……」


アルスターの息が喉の奥で詰まった。


自分を地位や権力で評価せず、ただ一人の人間としての真心を受け止めてくれた女性。その尊い温もりに、男の凍てついた魂が完全に溶け去っていくようだった。


アルスターは赤煉瓦の床の上に、静かに片膝をついた。


軍服の胸元から取り出されたのは、芳しい香気を放つ白杉の小箱だった。蓋を開けると、中には、クラリッサの淡い緑の瞳とまったく同じ輝きを湛えた、大粒のエメラルドの指輪が収められていた。金の台座には、オリーブとローズマリーの葉の紋様が、繊細な透かし彫りで刻まれている。


「クラリッサ。私の広大な邸には、金銀のシャンデリアも、贅を尽くした料理も溢れている。だが、そこには君の淹れてくれるお茶も、君の焼く温かいパンも、心安らぐ居場所も何一つない」


アルスターの真摯な声が、温室のガラス屋根に反響した。


「君のいない豪華な城など、冷たい石の牢獄にすぎない。……私は君のその笑顔を、その温もりを、生涯を懸けて守り抜きたい。どうか私の手を取り、私の隣で、共に生きてくれないだろうか。私の公爵夫人になってほしい」


飾り気のない、しかし男の命のすべてを賭けた求婚に、クラリッサの目から大粒の涙が零れ落ちた。


家族から「魔力を持たぬ役立たず」と蔑まれ、温室へ追いやられた。


その自分が、いま、この王国で最も気高く誇り高い英雄から、誰よりもかけがえのない宝物として請われている。


「……はい、アル様。不束な私ですが、喜んで、貴方様のお手を取らせていただきます」


クラリッサが微笑んで答えると、アルスターの顔に、この世のすべての光を集めたかのような幸福な微笑が広がった。


彼は震える手でエメラルドの指輪をクラリッサの薬指へと滑り込ませると、立ち上がり、彼女の華奢な身体を自らの胸の中へと力強く抱き寄せた。


「公爵邸の南庭に、この温室とまったく同じ石造りの温室をすでに造らせている。君の愛するハーブをすべて移植し、日当たりの良い竈を据えよう。君が誰にも邪魔されず、好きな時にパンを焼き、好きなだけ笑っていられる場所を、私が生涯を懸けて保障する」


アルスターは作業机の端に寄せられていた、根の無事な冬咲きジャスミンの苗をそっと手に取り、湿らせた苔で包んだ。


「この苗も連れて行こう。私たちの愛のように、どんな厳しい冬の中でも、清らかな花を咲かせ続けるはずだ」


「まあ、アル様ったら……! 本当にお優しい方ですわね」


クラリッサは涙を拭い、彼の胸の中でくすくすと笑った。薬指に嵌められたエメラルドの冷たい滑らかさに触れながら、本当の幸福とは魔法の力などではなく、誠実に互いを慈しみ合う心の中にこそ宿るのだと、クラリッサは深く実感していた。


二人は並んで竈の前に立ち、温め直した丸い麦パンを取り出した。黄金色に輝くパンを二つに割り、特製のハーブバターをたっぷりと塗って、一口ずつ口に運ぶ。


口いっぱいに広がる香ばしさと、溶け出すバターのまろやかな甘み。


ガラス屋根から差し込む夕陽の光が、二人の寄り添う影を赤煉瓦の床へと柔らかく落としていた。


見捨てられた温室の片隅で始まった小さな朝食は、いま、二人の永遠の幸福を照らす温かな食卓へと、美しく生まれ変わっていたのだった。


お読みいただきありがとうございました!


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