第九章:「特別じゃないと言い聞かせながら」
客は、全員平等。それ以外は使ってくれる額による。
それが俺のスタンスだった。
誰にでも、最低限の優しさを向ける。嘘だって躊躇なくつける。
これは“仕事”だから。
でも――ひなだけは、違った。
最初は他の客と同じだった。
一見大人しそうな雰囲気で、でも芯が強くて、素直で、俺の話をちゃんと聞く子。
そのくらいの印象だった。
なのに、気づいたら目で追ってる。LINEの未読が気になる。声を聞くと、どこかホッとする。
「めんどくせぇな、俺。」
ふと、そう独りつぶやいた。
ひなに対して、少しずつ俺は“特別”なことをしていた。
月に一度あるかないか、誰にも教えない俺の部屋に、ひなを招いたことがある。
そのときも、きっかけは何でもなかった。ただの「飲み直す?」という流れ。
でも本音を言えば、俺の生活を見せたいと思った。
誰もいない部屋、物音のないリビング、誰にも干渉されない自由。
そんな“孤独”を、ひなになら覗かれてもいい気がした。むしろ知って欲しいとどこか願ったのかもしれない。
ある日、使いかけの香水をふと、ひなに渡した。
「これ、ひなにも合いそうだし、新しいの買っちゃったから。」
そう言い訳を添えて。
本当はそんなこと、他の客にしたことなんて一度もなかった。
俺が日常で使ってたものを、誰かにあげる――それはもう、踏み込んでる証拠だ。
でも、渡した後に少し後悔もした。
(俺、なにやってんだ…)
ひなから自分と同じ香水の香りがすると同時に、俺の中で何かが揺らいでいく気がした。
あるとき、ひながぽつりと聞いてきた。
「…これ、本当に、くれるつもりだったの?」
「ん? あぁ、そう。どうせ使わねぇし。」
「そっか、ありがとう。」
笑って答えたその顔が、なんだか切なくて。
もしかしたら、ひなは気づいてるのかもしれない。
俺が時々、仕事としての一線を越えようとしてることに。
でも、越えることができない。
俺はホスト。
上辺だけの“愛を売る”ことはできても、“愛する”ことには慣れてない。
あいつは素直だ。嘘をつかない。
それが、眩しくて、羨ましくて、そして――怖い。
「ひなって、バカだよな。」
つぶやいた言葉に、自分でも驚いた。
それは呆れではなくて、どこか愛しさの滲んだ響きだった。
素直に想ってくれることが、どれだけありがたくて、苦しいことか。
俺にはまだ、わからない。いや――きっと、わかりたくない。
特別視をやめられないのは、自分でも気づいてる。
でも、それを認めたら、今の関係は壊れる気がした。
だから今日も、また曖昧な距離を保つ。
本心を隠したまま、香水の残り香を思い出しながら、「仕事だから」と自分に言い聞かせて。




