82 その作戦、まだ生きてたのか!
結局、午後の早い時間には、わたしはへろへろになってしまっていた。
これ以上やると自分で歩けなくなると察して、ジェレンス先生に終了をお願いする羽目に……くそぅ、くやしい。激やば教師め、いつか見返してやる……!
いや見返すのは難しいかな……なにしろ相手は五属性だしなぁ。ハルちゃん様レベルでないと勝てそうもない。
もちろんね? 勝つ必要はないよ、わかってるよ? でも、なんかこうさぁ! 徹底的に見下してやりたくなるよね!
「じゃ、今日の特訓は終わりな!」
そう宣言したジェレンス先生の表情は、実に清々しいものだった。
……なるほど? この無茶振り特訓、さっさと自分の時間を確保するための仕込みだったのでは? と察するものがあるくらいに。
世界を救う聖属性魔法使い様を使い物になるよう育成するより優先すべき事情って、なに? こっちは気もち悪さでうっぷうっぷしてるのに、相手がさっぱり爽やか顔をしたら、そりゃ恨み言もいいたくなるよね! 元気ないから、いわんけど。
「すみませんが……先生、保健室まで送っていただけますか」
「ひとりで歩けるだろ?」
「途中で襲われたら、指一本で倒されます」
「いつだってそうじゃねぇか。……お?」
研修室の扉が開いた。失礼しますの声かけもなしに、誰が入って来たかと思えば――ローデンス王子と見えない護衛である。なんで護衛もいると思ったかっていえば、王子が閉めてないのに扉がきちんと閉まったからだ。あの光学迷彩忍者が閉めたのだろう。
そもそも、なんで入って来たんだこいつら。
「どうしたんだ、ローデンス」
ジェレンス先生が呼んだわけではなさそうだ。ていうか、エーディリア様が王子のそばにいないの、はじめて見たかも……。
王子は、甘々のロイヤル・スマイルでわたしを見ながら答えた。
「魔力制御の特訓とやらに、是非、くわえていただきたいと思いまして」
「ああ、おまえ苦手だからなぁ、制御。なさけないほど、できてねぇよな。初心者のルルベルに、もう負けてるぞ」
えっ。
わたしは思わず王子の顔を見てしまったし、王子もスマイル抜きでわたしを見た。
このわたしが……魔法使い的には底辺を這いずっていると思われるわたしが勝てる相手がいるだと!?
「ついでに教えてやると、ルルベルの魔力制御は話にならないくらいだ。つまり、ド下手だ」
上げて落としていくスタイル、まさしくジェレンス先生! くっそぅ……。
突き落とされた穴の深さが底なしだった感のある王子に比べれば、わたしの方が初手で上昇補正かかってるだけマシではある。
王子は無表情から一気に王族スマイルになった。たぶん防御力が上がってるぞ、あれ。
「では、僕もルルベルとともに魔力制御を学ぶ必要がありますね」
「学ぶ必要はあるな。だが、おまえは学外で指導を受けてるって話だっただろ。俺の指導は断られたはずだがな?」
おお……そんな経緯があったのか! たしかに、王子はジェレンス先生苦手そうだったもんな〜。と、思いながら王子を見ると、スマイルの硬度が上がっていた。硬度ってなんだよって感じだが、硬度は硬度である。わたしもよくやるからわかる。スマイルに関しては詳しいのだ。
「ええ。ですが、思い直しました。当代一の実力を持つ先生のご指導を受けたいものだ、と」
「そうかよ。じゃ、特別に教えてやるかぁ」
にたり。……と表現したい感じの笑みが、ジェレンス先生の顔に浮かんだ。
くり返すようだが、わたしはスマイルには造詣が深いのである。あれはやばいやつだ。早く退避したい――と思っていると、ジェレンス先生と目が合った。
「ルルベル、おまえは行っていいぞ。残ってても、もうなんもできねぇだろ」
「はい、あの……」
ひとりで行けってか? まぁいいか……ここに残って王子がジェレンス先生にいたぶられるところを見物するのも、なんか不毛だしな。
「えっ? ルルベルはどこへ?」
「あいつはもう魔力を使い切る寸前なんだよ。そんだけ頑張ってんだよ。おいナヴァト」
「はい」
「この部屋は、近寄るのが危険な区域になる。おまえは扉の外に立って、誰も侵入しないように守っとけ」
「え、いや、ジェレンス先生、僕は――」
王子の顔からスマイルが剥がれ落ちている。……ぬるいな! 修行がたりてない。あるいは、それほどジェレンス先生を恐れているか、だ。……後者かも。
「殿下のご命令以外は聞かないことになっております」
いやほんと、忍者はイケボだ……無駄にイケボ。姿は見えないままなので、シュールである。
「そうか、じゃあローデンス、ナヴァトに今のように命じてくれ。ついでに、学園内では身分のことを忘れるようにという学則を叩き込んでおけ。明日までにだ」
「……ルルベル嬢おひとりでは、危ないでしょう。僕が送って行きます」
「気にすんな。ちょうどスタダンスが起きて来る頃だ。ルルベル、ちょっと待てばスタダンスが通るから、保健室に逆戻りしてもらえ。ちゃんと目が覚めてるときのあいつは、れっきとした魔法使いだ。たよって大丈夫だぞ。眠そうなときは近づくなよ。危険だからな」
……また保健室送りだったのか、重力眼鏡! 大丈夫なの、あのひと?
いやまぁ、他人の心配できる状態でもないんだけども。ぶっちゃけ、気もちわる……ちょっとギリギリまで踏ん張り過ぎたかも。ううう……。
「はい。では、失礼します」
なんとか礼儀正しく一礼して、わたしは研修室を出た。
すれ違った王子は、絶望の上にスマイルを貼り付けようと頑張っていた……うんまぁ努力は認めるけど、ジェレンス先生に面白がられるだけだと思うな!
だるっだるの身体を引きずって、わたしは廊下を歩きはじめた。
スタダンス留年生が保健室から来るなら、わたしも保健室に向かえば途中で遭遇できるはずだ。時短、時短。
それにしても、王子なぁ。一緒に特訓作戦、まだ生きてたんだな。
王子にも、打倒魔王運動に力を貸してほしいところだ。王家の秘宝を装備したイケボ忍者を貸し出してもらうためには、仲良くなるべきなんだけど。気が進まないな〜。印象悪過ぎるもんな〜。
まぁ、たいがいのイケメンが、どこかしら残念なんだけど。みんな、顔はすごくすごいのにな……。
「ルルベル嬢?」
はっと気がつくと、スタダンス留年生がすぐ目の前にいた。
……あれっ? わたし、かなりやばくない? 人の気配にもなんにも気づいてないとか。ギリギリじゃん。
「よかった……あの、保健室に行きたいのですが、その……魔力切れで」
「ああ。なんだか目の焦点が合っていないと思ったのです。なるほど、魔力切れ。つらいでしょう」
「動きだしてから、思ったより……身体がついて来なくて」
「わかります。そういうものです。もう大丈夫です。……失礼」
はい、入学して何回めか数えるのも馬鹿らしくなってきた、お姫様抱っこ! いやでも軽々だな……スタイリッシュさを重んじる魔性先輩でさえ、かけ声が必要だったのに。
わたしの体重が軽く……は、なってないだろう。入学以来、食事が豪華なので、体重はむしろ増えている公算が高い。怖い。
「すみません」
「お気になさらず」
「あの、重く……ないですか?」
「それは全然。得意魔法ですからね」
……重力魔法で持ち上げてるのか! なるほど、便利。繊細な制御が必要だろうな、これ。人体って力加減が難しそうだよね。さすが、ちゃんと起きてるときならって注釈つきにせよ、ジェレンス先生に魔法使いとして認められるレベル。羨ましい。
「スタダンス様は、魔力制御の効果的な練習法とか、ご存じですか?」
「制御ですか。それは慣れですね、ひたすら」
一朝一夕には身につかない、ということだな! 絶望だよ……。
がっかりしたわたしを見下ろして、スタダンス留年生は少し心配そうにつぶやいた。
「ですが、気をつけてください。逆効果になる場合もあるのですから、焦って魔法を使い過ぎるのは」
「使い過ぎる前に、魔力切れを起こしちゃうから、大丈夫です」
「それが危険なのです。頻繁な魔力切れが。身体が防衛反応を起こします。つまり、魔法を使えなくなる場合があります」
えっ。なにそれやばいじゃん!
「ご経験がおありなんですか?」
「そうですね。使えなくなりました、一時期は」
まさかの経験者!




