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62 人間関係をひとことでいうと、めんどくさい

 今日の昼食担当は、ウィブル先生だった。いちばん平和な人選じゃない? 校長先生もファビウス先輩も背負ってそうな思惑が怖くて気が抜けないもの。


「それで? シスコちゃんとは仲良くなれたの?」

「最近は部屋に入れてもらう勢いですよ。それでね、シスコの部屋がすっごい可愛くて!」


 今日は先日のような眺望抜群の席じゃないけど、教職員用の席ではある。つまり、王子一派が突撃してくる心配はない。心がやすらかだ……。


「そうなの? 見てみたいわねぇ」

「残念ながら無理ですね!」


 ウィブル先生は男性なので、女子寮には入れない。女子寮は、当然のように男性進入禁止の呪符が設置されているらしいよ。もちろん、生きるチートであるジェレンス先生に効果がないことを、わたしは知っているわけだが……。男性進入禁止呪符、どっか欠けてるんじゃないだろうな?


「でも、友だちができたって聞いて安心したわ。リートもいるけど、あの子の場合、ほら。話題が」

「なにを話しても物騒になります」


 恋バナでさえ、わたしの護衛に都合がいいから広めよう、って展開になるしな!


「まぁ許してやってちょうだい。あの子なりに、頑張ってるんだから」

「それはわかりますけど……ウィブル先生は、やさしいですね」

「あら、けっこう厳しい方よ?」

「だけど、誰に対しても評価がやわらかいです。悪い子じゃないとか、わかってあげて、みたいな」

「そういうところに気づけるのが、ルルベルちゃんの才能ね」


 そういって、ウィブル先生は微笑んだ。気を抜いてたから、ヴィジュアル系イケメンの微笑みを真正面から全力で受け止めてしまったぜ……そりゃもう美しい。羽毛ストールがわたしの趣味じゃないという点を差し引いても美しい。

 なお、本日のストールはシルバーアッシュで渋派手。よく見てしまったので理解したが、アイシャドウも同系色であわせてるね……若干、青みがかってる? アイラインもそうかな……黒とか茶みたいな、おとなしい色じゃなさそう。青紫?


「誰だって気がつくと思いますけど」

「そんなことないわよ。リートが気がつくと思う?」

「……すみません、『ただしリートを除くものとする』って附則を採用する必要がありそうです」

「むしろ『ルルベルは特によく気づく』の方が現実的だと思うわ。他人の特徴をいい感じにとらえるの、不得意なひとが多いのよねぇ……特に、魔法使い業界」


 ……妙に説得力があって困るな。


「ファビウス先輩は、なんでも褒めてくれますよ!」

「女性相手だけでしょ、あれは。それに、わかって褒めてるっていうより機械的に褒めてる感じだし。心がこもってないのよ」


 あら、厳しい。それこそ、ウィブル先生には珍しく、って感じ!


「まぁそうかもですけど、それにしても褒めのバリエーションが豊富でおどろきます」

「そういえば、今日はファビウスは休みですって」

「え」


 昨日は、また明日、っていってたのにな。なにかあったのだろうか。


「詳しい事情はジェレンスが聞いてるはずよ」

「ジェレンス先生? お留……守なんじゃなかったんですか」


 内緒だったことを途中で思いだし、後半とても小声にしたので許してほしい。

 ウィブル先生は、きらきらしいお顔を少しこちらに寄せ、ささやいた。


「戻って来たの。ちょっとやばかったのよ」


 やばかった、ってなにが? ジェレンス先生はもともと激やば教師であり、いろんな意味でやばい存在だが、そういう意味じゃないよな?

 これ、質問していいの?


「やばかったって、なにがですか」


 訊いちゃうよねぇもう、これは無理でしょ、我慢するのは!


「眷属よ。吸血鬼」

「……まさか交戦なさったんですか?」

「ジェレンスって、血の気が多いから……やるんじゃないかと思ってたわ」


 マジかよ。吸血鬼っていえば、魔王の眷属の中でもトップクラスだぞ! いやでもジェレンス先生も当代一の魔法使いで〈無二〉だったわ……。魔王とさえ戦ってみたいらしいから、そりゃ眷属ともやりあってみたいのか。

 いやー、そんな「俺より強い奴に会いに行く」みたいなノリで命を賭けるなよ!


「魅了されたりしなかったんですか?」

「ジェレンス本人は、なんとかなったらしいんだけど……周りがねぇ。大量に人質をとられたような状況になって、さすがに焦ったっていってたわ」


 わあー。ありそう!


「ジェレンス先生って、単独行動が向いてそうなタイプですもんね……」

「おう、偉そうなこというようになったな」


 ガッと勢いよく椅子を引いて、わたしとウィブル先生のあいだに座ったのは。


「ジェレンス先生、お久……しぶりです」


 留守にしていたことは内緒なので、ちゃんと小声にしたわたしを褒めてほしい。序盤はふつうの音量だったことについては、不問に処していただきたい。


「元気そうだな。ウィブル、俺の皿取って来てくれ」

「なんでよ」


 と文句をいいながらも立ち上がるあたりが、ウィブル先生のやさしさ……。いや、見送ってる場合か?


「わたしが行きます」

「いいのいいの、座ってて。だってルルベルちゃんにサインさせるわけにいかないもの」


 あ、食費ですね。はい。立ち上がりかけていたわたしは、すとんと椅子に腰を戻した。うん、余分なお金はね。ない。

 ジェレンス先生は、だりぃー、と口にしながらだらけている。いやほんと、座りかたがみっともない。

 なお、教職員用の席は生徒の席より一段上なので、下の生徒たちからは簡単には見えない。多少だらけても、示しがつかないなんてことはないが……それにしても、ずいぶんなポーズである。


「大丈夫ですか。お疲れのご様子ですが」

「疲れてる。このまま部屋でごろ寝したい」

「えっと……じゃあ、午後の特訓は先生がごろ寝しててもできるようなことを」

「おう、そのつもりだ」


 マジか。

 戻って来たウィブル先生が肉とか野菜とか肉とかをガンガンに盛った皿を卓上に置くと、ジェレンス先生は座り直し、前のめりになって食べはじめた。リートよりは噛んでいるな、というのがわたしの評価である。


「で、俺の留守中どうだった? 報告しろ」

「レポートは提出してあります」

「座学はわかってる。実技の方だよ。あと人間関係。あーそれから、この卓を囲んでる三人以外には聞こえないように、音は切ってある。気兼ねせず喋れ」


 さすがチート級魔法使い……。


「あの、音を切るってどうやるんですか?」

「風魔法の応用だ。方法はいくつかあるが、今やってるのは振動だな。音ってのは空気のふるえだから、乱せば、意味のある言葉も判別不能な雑音に変化しちまう。それを、この席を覆う空気の層でやってる。外の人間には、なんかざわついてる……くらいの印象を与えるって仕組みだ。おまえには無理だ」


 すかさず否定してくるジェレンス先生クオリティ。ブレない。

 ……と思ったら、つづきがあった。


「だが、知っておくことは有用だ。知識は無駄にはならない。使いかた次第では武器にも防具にもなる。覚えとけ」

「はい先生。教えてくださり、ありがとうございます」


 さりげなく教師っぽい発言をするところも、やっぱりジェレンス先生だな!


「報告」

「……あーはい。実技ですが、自分の身体を魔力で覆うのはできました。覆ったまま立ち上がるのも達成しましたが、集中が切れるとすぐ散ってしまいます。ファビウス先輩には、常時覆えるようになるのが理想だと教わりましたので、それを目指すつもりで訓練をつづけていこうと思っています」

「初心者が並行魔法を使えるわけねぇから、気が散ったらおしまいなのは当然だな。できるようになったのは、それだけか?」

「はい。あっ、魔力切れが近いのがわかるようになってきました」

「なるほど」


 で? と、肉を食いちぎりながら上目遣い――ファビウス先輩と違って、甘ったるいやつではない。どっちかというと、迫力のあるやつだ――でうながされ、わたしは話をつづけた。


「人間関係の方は……めんどくさいです」


 優雅にお茶を飲んでいたウィブル先生が、むせた。むせながら、ごめんごめんと謝ってくれた。


「笑いごとじゃないけどね、ごめん、たしかにめんどくさそうね!」

「めんどくさいです」

「おまえ、ちゃんと説明しろよ。俺に届いている報告では、校長がおまえを西国に連れ出したとか、スタダンスは善良な馬鹿を晒した、王子は姉姫に命じられたことしか考えてなくて笑える、ファビウスと対立して尻尾を巻いて逃げたとか……ああ、シスコとの仲は良好らしいな。このへん『めんどくさい』で終わらせるんじゃねぇよ」


 ジェレンス先生、情報収集能力もチート級なんて聞いてないんだけど?

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