61 乙女心には理解も配慮も必要なくはない
恋バナでしか摂取できない栄養のおかげで翌朝にはお肌もつるぴか……なんてことはないが、気分は上向きである。うっきうき、ってやつだ。
シスコは、夜はつい喋り過ぎてしまうものなのね、危険だわ、なんてことをつぶやいていた。そういう傾向はあるかもしれないが、とにもかくにも喋らせた者勝ちである。ふはは!
我ながら気もち悪いくらいニタニタ笑っていると思うのだが、リートはまったく動じない上に、コメントさえしなかった。おかしいだろ。身の安全以外の面で、わたしに興味がなさ過ぎる。
なお、彼は図書館へ行くわたしの護衛をしているのだ。毎日、ご苦労なことである。
「ちょっと確認したいことがあるんだけど」
忘れないうちに、わたしは例の話の確認をとることにした。
「なんだ」
「リートがわたしの護衛だってこと、シスコに話してもいい?」
「よくはないな」
「え、なんで。嘘ついてるみたいで嫌なんだけど」
「嘘?『護衛じゃない』とでもいわない限り、嘘をつくことにはならないだろう」
うんまぁそうなんだけどさぁ! そうじゃないんだよ!
「誤解されてるのが嫌だから」
「なにをどう誤解されてるんだ」
「リートが護衛だから、わたしのこと注意深く見てるでしょ。それを、いい雰囲気だと思われてるの!」
リートは眉根を寄せた。
「……いい雰囲気?」
通じねぇ!
こういう表情してると妙に賢げになのに、見た目詐欺じゃん。
「男女関係的に、ってこと!」
「男女関係?」
いや、これはさすがに通じろよ。これ以上、どう表現すりゃいいんだよ。
「リートとわたしが、つきあってるんじゃないかと思われてたの!」
「否定だけすればいいだろう。護衛の件を話す必要はない」
「単なる否定だけじゃ、信じてもらえないかもしれないでしょ!」
リートは足を止め、じっとわたしを見た。そして、びっくりするほど意味不明な感想を述べた。
「……なるほど。君と俺が男女関係的につきあっていると誤解されているのは、都合がいいな」
「はぁ? 都合がいいってなんでよ。意味わかんない」
「つきあっている男女は、行動をともにしがちだ。一緒にいても、あやしまれない。むしろ、ひとりでいると、どうなってるのかと周りが気にしてくれる。君が拐かされたりしても、どこで見かけたとか、誰と一緒だったといった情報が俺に集まることが期待できる」
「いや、そんなのどうでも――」
「よくはないな」
「――よくはないかもしれないけど! でもだったら、護衛だって話しても同じことじゃないの? どこにいたとか、誰といたとか、リートに情報集まるのは同じでしょ?」
「護衛だとわかれば警戒される。ただの恋人だと思われている方が油断を誘える」
そんなこともわからないのかという顔をされた。ああそうだよ、そんなこともわからないよ!
ていうか、さらっと恋人とか口にすんな!
「じゃあ、こうしよう。シスコには口止めする。それでいい?」
「口止めなどあてになるか。むしろ、広めさせろ。それならかまわん」
「……は? 広めるって、なにを?」
「俺たちがつきあっている、という話だ。それなら、シスコが口をすべらせる心配がなくなる。自分で逆のことを皆に教えてまわるのだからな。そうやって任務を与えることで、秘密を明かしたいという欲求も発散できる。非常に有効な手だ」
嫌に決まってんだろぉぉ!
「なんでそうなるの。リートとつきあってるって誤解されるのが嫌だっていってんの!」
「それが便利だといっている。君にとっての最重要人物であるシスコの誤解は解けるのだから、問題ないだろう。ほかは、どうでも」
「問題あるよ!」
ふむ、とリートは顎に手をやった。いやほんと賢げに見えるけど、こいつの口から出てくる考え、ろくなことじゃないし、けっこう阿呆だからな。わたしは知っているぞ! もはや詳しいといってもいい。
「してみると、誤解されたくない相手がシスコ以外にもいるのだな」
「そういう話じゃないんだってば。たとえ見知らぬ誰かであっても、リートとわたしがつきあってるんだなって誤解されるのが嫌なの! 乙女心ってやつよ!」
「乙女心か。それは理解不能だ」
「理解しなくていいから、従ってよ」
「配慮する必要を感じない」
そこは感じてくれよ! たのむよ!
「……こんなことで揉めるとは思わなかったわ」
「俺もだ」
「いや、もうほんと……変な誤解を広めるのは嫌だからね、わたし」
「ではシスコにも明かすな」
疲れた。シスコはこれのどこがいいのだ。いや、昨晩いろいろ聞いたけどさぁ!
「逆に訊くけど、誰になら明かしてもいいの。つまり、リートのこと知ってるのは誰?」
「前にいっただろう。校長とウィブル先生……今はジェレンス先生もだな」
「それだけ?」
「そう考えてかまわない」
依頼主も知ってるだろうけど、あーそうか、いわないよね。守秘義務あるし!
つまりこれは、わたしが知っていてもかまわないとリートが考える範囲、って話だ。実際誰が知ってるか、とは別なんだ。そんなこと、教える気もないんだ。護衛の都合が最優先で、事実を伝える気なんかないんだよ。
単に、わたしが知っているべき範囲に変わりはない、ってことだ。
……ああもうムカつく!
「わかった、とりあえず今日は、それで了承する」
以後は無言で図書館に向かった。
誰が知ってるのか、なんで知ってるのか、どうして知らせたらいけないのか……などを考えていたら、疲れがどんどん加算されていくのを感じた。
まだ朝なのに、やたらと疲労困憊している自分がいる。なにこれ理不尽。
図書館の入口に着いて別れるときに、リートが口を開いた。
「一応いっておくが、そういう態度は助かる」
「そういうって、なに? とぼとぼショボショボしてる感じのこと?」
「君がなんの話をしているかはわからないが、俺がいっているのは、事前に確認してくれることだ。それと、俺の話に理があると思えば、押し切らずに我慢するところだな。今後も継続してくれ」
わたしがぽかんとしているあいだに、リートは扉を開いてわたしを中に押し込んだ。
いや。なんだったの、今の。
もしかして、褒められてるのか。
……。
えっ、リートって他人を褒めることができたの!? 衝撃の事実。
びっくりだなぁと思いつつ、わたしはカウンターへ向かった。
毎日通っているのに、書類を書かねばならないのが面倒だ。年間パスポートみたいなのがほしい。エルフ校長にお願いしたら、作ってくれないかな。いや無理か。そんなに面倒なら安全な場所に出奔しましょう、って連れ出される未来が見える。この案は却下だ。
しかたなく、いつもの司書さんに書類をもらって記入。記入。また記入。本を持って来てもらって閲覧室に入るだけで、一仕事である。
本日の禁帯出本は、呪符魔法の歴史について詳しく、ってやつ。歴史はだいじだよね……先人の派手な間違いを学べるから。
第一章は、呪文と呪符の関係……あーこれファビウス先輩が話してたやつか。簡単に爆発する呪符魔法なので、研究開始当初は数多の犠牲者を出したらしい。なんでこれで研究をやめないのかが不思議だよ。こっわ。
魔法より、人間が怖い!
古式ゆかしく美しく、清潔で静寂に満ちた閲覧室でひとり、わたしは本の頁をめくりながら息を吐いた。
「わたしが原因で大暗黒期その二を発生させることは、絶対に避けよう」
これを、第一の目標に置こう。わりと切実だよ。魔王を封印し直すよりも、こっちの方が重要な気がする。
……あと、実は難易度高そうだな〜、とも思うよね! 現状を鑑みると!
なお、現時点での第二の目標は「リートとつきあっているなどというデマは広めさせない」である。放っておくと、この設定の便利さに気づいたリートが工作しかねないんじゃないかという予測が……じわじわと来た。
しかも、便利さに気づかせたのは誰かっていうと、わたしだよね!
あああああもおおおおおっ!




