60 恋バナでしか補給できない栄養素がある
意外過ぎる……と思ったけど、よく考えればそうでもないのか。だって、初手からシスコってリートのことをなんかこう……憧れのこもった眼差しで見てたもんね? 早食いがかっこよく見えるなんて文化が違うんだな、という感想しか抱かなかったわたしだが、そういう問題じゃなかったのか。
そんなことを頭の中で高速で考えていると、シスコがあわてだした。
「あのね、ごめん、こんな風に話すつもりじゃ……」
「なんでよ、教えてよ。もっと聞きたい」
恋バナでしか補給できない栄養があるのだ、たぶん!
でも、シスコはなんだか、ごにょごにょとつぶやきはじめた。
「ごめんなさい、ほんとに。うっかり口走っちゃって……だって、ルルベルはリートとその……いい感じだし。だからね、わたしはそれを見てるのが、こう、好きっていうか」
「え、いい感じとかじゃ、全然ないけど?」
「え」
巨大な勘違いという深淵が我々のあいだに横たわっている!
シスコが、こわれものを扱うようにそうっと、わたしに尋ねた。
「違うの?」
「ないない! 正直、横柄な兄弟が増えたみたいな感じ」
「横柄な兄弟……」
「わたし、兄と弟がいるんだけど。弟は小生意気で、たまにリートっぽいんだ。あと、名前も同じなの」
「名前が同じ?」
「そう。うちの弟、リートっていうの。それだけでもう無理」
「無理……」
「だって、弟と同じ名前だよ? 無理無理、名前を呼ぶたびに弟のこと思いだすもん」
「たしかに、それは……難しいかも?」
恋人ならずとも、クラスメイトと弟が同名とか、あんまり考えたくない偶然だ。リートも嫌がってる感はあった。だが、お互いに不可抗力である。
「逆にね、家族みたいな気安さはあるよ。同日入学だし、同じ平民だし。でもねぇ……やっぱりそう、家族を連想するんだよね。最初は『弟じゃない方のリート』って呼ぼうとしたくらいで」
「そんな風に呼んで、大丈夫だったの?」
わたしの説明に、シスコは心底びっくりしたようだった。
「や、もちろん却下されたよ」
「そうなのね……」
「リートも、わたしが聖属性で、めんどくさいことになりがちだから気をつかってくれてるけど、それだけでしょ? それよりシスコ、わたし、むっちゃくちゃ興味あるんだけど! リートのどこがいいとか、そういう話、聞きたい!」
「え……」
シスコの顔が、真っ赤になった。おお。可愛い。リート風情にはもったいないぞ。弟でも、弟じゃない方でも。
「教えてー!」
「や、ちょっとそれは、え……っと、……堂々としてるところ?」
「あー」
わからんでもない。リートは動じない。新入生歓迎会で思い知ったよね……王族のかたがたに声をかけられようが、隣に座られようが、頭越しに会話を継続されようが、なんにも動じてる風がなかった。あれは才能ではないだろうか。
でもなー、あれってムカつくときは本気でムカつくよ? 当社調べ。
「今日も、殿下に面と向かって、あんな風に……話せて、すごいなって」
「たしかにね」
わたしは、すごいと思うより心配してたけども。大丈夫なのかね、あいつ。
「自分にはできないことだから、憧れるし、素敵だなって思う」
これ以上赤くなる余地があったのかと感心するほど、シスコは真っ赤になっている。どうしようマジ可愛い。わたしのものにしたい。しまいこんで愛でたい。……なにを考えてるのか、わたしは!
「それってやっぱり恋? 好きってこと?」
「恋……なのかな。わからないの。わたし、今までそういうの経験なくて」
「わたしもだよ」
「そうなの?」
パン屋の看板娘として、お客さんたちには等しく愛想をふりまいてきた。ちょっと馴れ馴れしいお客さんや、たぶん好意があるんだろうなってお客さん、妙に偉そうなお客さん、そして例の粘着質の客など――いろんなお客さんがいたけど、誰かを特別扱いしたことはない。
わたしが立派な店員だから、なんて理由ではない。誰のことも、特に好きではなかったからだ。
好きってなんだろうな、と思う。家族のことは、それなりに好きだ。友人として、シスコも好き……ついさっき、ちょっとその枠を踏み越えそうな一瞬があったが、まぁあれは発作的な気の迷いってやつだ。とにかく、そういう感じの「好き」ならわかるし経験もある。
でも、恋愛と呼べるような好意を、わたしは知らない。
「全然ないよ。たまに、自分には恋愛の才能がないんじゃないかって思うんだ。誰にも恋をしないまま、一生、終わっちゃうんじゃないかなって」
シスコの顔の赤みがおさまり、急に真剣な表情になった。
「……わかるわ。それって、怖くない?」
「んー、怖いってより、損した気分。だって、恋愛って素敵なものっぽいじゃない? 皆、やってるし。なのに自分だけできないの、損かなーって」
「そうね。わたしも思うかも」
「でも、シスコは恋をみつけちゃったんじゃない? どうなのよ。リート」
シスコはまた、真っ赤になった。あーこれはやっぱり恋なんじゃないのー、ねー、きっとそーでしょー、可愛い!
「なんかね……」
「うん」
「つい、目が追っちゃうというか」
「うんうん」
いいよぉー! いいよぉ、そういう話! もっと聞かせて!
「でも、リートが見てるのは、ルルベルなの」
ぐはぁ。胸を衝かれてルルベルは999のダメージを受けた!
と……尊い……尊いけどその視線の意味は、護衛が護衛対象の無事を確認したり観察したりしてるだけなんだ! すまない、すごい勘違いだ!
「それでね、そこが好きなの」
「は?」
おいおい、話が思わぬ方へ転がりはじめたぞ……。どういうこと?
「ルルベルが大変なのは、リートもわかってるでしょ? だから、できるだけフォローしてくれてるんだよ。さっきも、校長先生に話しに行くって……そこまで考えられるの、すごいよね」
うん、……うん、すごいけど、それも仕事だ。やつの業務だ!
どうしよう、これ教えちゃっていいの? いや今日はもう我慢だ……だって、知らしめるつもりはない、とか話してた記憶あるもんな? そうだよ……護衛だって話は基本、内緒なんだ。危ない、もうちょっとで喋るところだった。
でも黙ってるのも心苦しいし、シスコに話してもいいかは、本人に確認しよう。明日しよう、そうしよう。
とりあえず……今話しても嘘をついてることにはならなくて、なんかこう、安全な感じの相槌が必要だ。えーっと。
「リートって、危機意識高いよね」
もうちょっと気の利いた返しを思いつけなかったのか、と自分でも思うぜ!
「うん。わたしなんて、ぼんやり生きてたから……家を出て寮に入るなんて無理って家族に笑われて、そんなことないわ、って反発してね。……こうして寮に部屋をもらったけど、はじめは寂しくて、どうしていいかわからなくて、やっぱり家に帰ろうかと思ってたんだ」
「えっ、嫌だ、帰らないで!」
思わず叫ぶと、帰らないよ、とシスコは笑った。
「頑張ってるルルベルや、ルルベルを支えてるリートを見てたらね、わたしって、なんの苦労もしてないなって思うようになって。だったら、そのぶん頑張れるところで頑張ろうって。そうね、わたしはたぶん、はっきりした目標とか目的意識があって頑張れるひとが、好きなんだと思うわ。自分にはないから……」
だから、これが恋かどうかはわからないわ、とシスコは話を結んだ。ささやくような声で。
余韻台無しかもしれないけど、わたしは黙っていられなかった。
「シスコだって、すごいよ。シュガの実の手配とかさ」
ちょっと自己評価が低過ぎじゃない? シスコはちゃんと、すごいよ!
「あれは、ルルベルの頑張りを見て思いついただけ。うん、あそこから、はじまったの。新しいわたしが」
「新しいシスコ……?」
「頑張れるわたし。ふたりは、わたしの憧れなの」
そういってシスコは微笑んで。その笑顔が、こわれものみたいに儚かったから、なんだかわたしまで胸がぎゅーっとなってしまった。
「シスコは頑張ってるよって、いったでしょ」
「うん。そんな風にいってくれるの、ルルベルだけよ。……大好き」
うわぁん、シスコぉ!
ついに60回!
今週も、平日は毎日一話ずつ移植を進める予定です。




