562 ……やっぱり詐欺に遭うんじゃないかな?
「ナヴァト、姿を消してルルベルの奪取を警戒! ファランス、リートの移動補助! リートは魔力玉を使え――俺も使う」
そう宣言して、ジェレンス先生が取り出したのは。
出陣式のイベント仕様、特大魔力玉……おお、さすが残置性? 残存生? とにかく残る力が強い聖属性魔力……あんまり減ってないように見える。念入りに作ったからなぁ……と当時を思いだすと、感慨深い。
「殺す気でやれ、でないと通じん」
……指示が物騒。
魔王を倒すことはできないって話をしたはずなのに、そうなるの? それ逆に無理ゲーになったりしない? と声をあげかけたわたしにも、ジェレンス先生は指示を飛ばす。
「ルルベル、俺が移動補助できない場面で危ないと感じたら、竜を使え。伯母上のところに逃げろ。ひとりでは行くな、最低でもナヴァトを拾え」
はい、と答える暇もなく、ジェレンス先生は上空へとぶっ飛んで行った――はやっ! まさに人間ロケットである。
移動補助……移動補助ってなに? ああ、虚無移動か……そういや、非接触の対象も移動できるようになったんだっけ……やめてほしい、できればやめてほしい。できなくても、やめてほしい。
でも、抱っこはもっと! やめてほしい!
「ママのところに行く邪魔をするなーッ!」
……どんどん邪魔してくれ。もう……ほんっと!
頭を抱えるわたしに、ナヴァト忍者が声をかける――声だけだ。姿は消えている。
「聖女様、目くらましの合図は覚えてらっしゃいますか」
「うん、大丈夫」
「距離が縮められない場合は、目を、と叫びます」
「了解。よろしくね」
なるほど、合図は接触が必要だからな。危急の際にはピカッとするのも計算に入れておかないとなんだな……。
戦闘がスタートしたようだけど、まだ魔力回復途上って感じのわたしができることなんて、なにもない。ぶっぱしようにも、魔王とジェレンス先生、そしてファランス様とリートの動きがもう、目で追うのがやっとのレベルなのだ。
お互いに攻撃を撃ってるみたいだけど……なんなの、あれ?
ジェレンス先生は、ド派手に雨を降らすみたいなことしてた――それ、わたしの魔力玉由来ですか? えっ? すごい無駄打ちみたいに見えるよ? でもそうか、広範囲をカバーするから逃れようなく、絶対、多少は当たるんだな。
一方、リートは絞りに絞った攻撃……のように見える。
あいつ、隙あらば魔力玉寄越せするし、ジェレンス先生の魔力玉の残り具合を見るに、今までに渡したぶんもそれなりに残ってるでしょ……何個か持ってるに違いないけど、そこはリートだ。魔力切れを警戒して、無駄打ちはしない。
魔王は魔王で、なんか黒い渦みたいなものを出してる……あきらかに竜巻を学んでるよね! ジェレンス先生によるスパルタ英才教育か! この場合、教師が有能というより生徒が凄いってやつだろうけど、褒めたくはない。学ばないでほしかった。
いやー、この状況で、聖属性魔法使いのくせに観戦に徹してるの、どう贔屓目に評価してもサボりだけど。これはねぇ……無理。無理です、降参です。
あれに混ざろうとしても、邪魔にしかならないって、はっきりわかる。
……じゃあ、今のわたしにできることは?
魔力玉を追加するとか? いやでもなぁ、余剰魔力がほとんどないから、お察しレベルのものしか作れなさそうだし。
といって、都合よく封印の手法を思いつけるわけでもなく。
「ママーッ!」
……封印できるなら、したいけども。
恨みますよ、初代陛下……あなたの慈しみの心が、あの化け物を産んだんだぞ! よって、ママは陛下であるものとする! 証明完了!
リートが撃った光の矢が、魔王をつらぬいた……ように見える。
ジェレンス先生が降らしてる雨、どういう仕掛けなのか未だに継続中……わたしの魔力、そんなに量あった? そんなはずないでしょ? ……あっ、循環させてるのか。だってあの雨、下に落ちてない。
なんてエコなシステム……魔王に当たったぶんだけは回収できないとしても、それ以外は回収してまた降らしてるのか……。
それができるのもすごいけど、発想も怖いわ。ふつう思いつかんやろ。できるから思いつくの?
「ママーッ! なんで……こんな酷いことするのーッ!」
これを、幼児の姿で訴えられたら……わたし、キュンッとして魔王を庇うために飛び出してたかもしれない。ママじゃないにしても、守ってあげなきゃって思うもの。
ぬかったな、魔王。迂闊に成長するから駄目なんだぞ。そういうとこだぞ。
「痛いよママーッ!」
叫びながら、魔王は光の矢みたいなやつを引き抜いて、リートに投げ返した。あやうく正面から受け止めかけたリートの姿が、フッ! と消える。
……少しして別の場所にあらわれたリートは驚愕してたし、出現後、少し落下してた――これアレだろ、ジェレンス先生がやっただろ。できないはずのことを。虚無移動を!
落ちたのはファランス様がリートを見失ったからだし、少しで済んだのは即座に把握して補助したからだろ……ファランス様すごいな。
なお、すかされてしまった光の矢は、空の彼方へ飛んで行った……あれが途中で消えてくれることを祈りたいけど、聖属性魔力のかたまりってことは、たぶん……残置性が高いやつだ。
うん、ただの魔力だから魔王以外には影響しない、リートを避けさせたのも念のため、と考えることにしよう。精神衛生、だいじ!
ジェレンス先生の聖属性雨循環作戦は、魔王に効いているらしい。目に見えて、動きが鈍くなった。
油断を誘うための作戦かもしれないけど……でも。
「ママぁ……」
声まで弱々しくなって。
いや待って、ほんと待って? 魔王って、倒せないものじゃなかったの?
それがこんな急場の、そこに居合わせただけの……まぁジェレンス先生は当代最強としても、いっちゃ悪いが残りはそこまでの実力者でもないはずなのに、たった三人の魔法使いの力で?
決め手の聖属性魔法使いであるわたしは、ただこうして見上げてるだけなのに?
「なんで……抱っこしてほしかった、だけなのに」
聖属性魔力を浴びて、魔王の輪郭がきらきらしている。長い髪も、手足も、青白い炎のようだ。
わたしを呼んでいるようで、べつにこちらを見てはいない。
「なんで?」
消え入りそうな声なのに、なぜか聞こえた。
聞こえてしまって、その瞬間――わたしは直感した。これ、初動を間違ったんじゃないか、って。
だって、そうだよね。
ロスタルス陛下のおかげで、魔王は聖属性の魔力に親しみを持っていた。愛着さえ感じていた。自分の存在と相反するものなのに。
魔王は友好的だったのだ――それが今、覆ろうとしている。暴力をぶつけられ、存在を否定され、敵対するしかない状況に追い込まれている。
これあれだ、ポイント・オブ・ノー・リターンってやつだ!
なにが衝撃って、わたしたちが、自分から望んで魔王をそっちに追いやってるってこと――それに、今の今まで気づけてなかった、ってことだよ!
陛下がどこまで考えてのことだったかはともかく、せっかくのお膳立てが意義を失いつつある。
わたしは焦った。これ駄目だ、なんとかしなきゃ!
「ナヴァト、ごめん」
「聖女様?」
――ナクンバ様!
――諾。
ナクンバ様が翼をひろげ、またたくまに巨大化する。その背には、わたしひとりだ――ナヴァト忍者は抜き。でないと、話がこじれると思うから。
「行って!」
もともと聖属性魔力を糧に顕現したナクンバ様だ。ジェレンス先生が降らせている聖属性の雨も、リートが投げつけている槍のような光も、意に介することはない。
一瞬で、わたしたちは魔王とジェレンス先生のあいだに割り込み、そして。
「おいで!」
のばした手を、魔王は迷いなく握った――こいつ、そのうち詐欺に遭うんじゃないかな?
「ルルベル!」
ジェレンス先生の声が聞こえたが、構っている時間も惜しい。
「あとで説明します!」
ま、これでいいだろう。いいことにしてくれ。
竜の背に魔王を引っ張り上げながら、わたしは命じた。
「今すぐ、子どもの姿に戻って!」
「え、なんで」
「なんででも! でないと抱っこしてあげない」
「戻る!」
……やっぱり詐欺に遭うんじゃないかな?
最近、更新がアレで申しわけありません。
こちらが滞っているということは、もちろん、SNS連載の方も進んでないです。
お薬の副作用で気が散って、小説を書きづらいこと、この上ないです。
ぼちぼち頑張ります。




