561 魔王に抱っこされるよりゃ、マシだろ?
……で、だ。
わたしたちが小屋を出てきたのは、なにもこんな会話をするためではない。
ジェレンス先生特製の巨大竜巻がどうなってるか……いや、正確にはその中にまだ魔王が封じ込められているかどうか、を確認しに来たのだ。
「竜巻、弱まっているんじゃないですか。被害が及んでいる範囲を目視した限りでは、この大きさに見合っていません」
容赦なく評したのは、リートである。リートって、ほんとリート。
ファランス様もあたりを見回して、たしかに、とうなずく。
そうなのだ……なんか前に見たときと違うなと思ったんだよな。今でもまだ巨大ではあるけど、エルフ校長と見たときに比べると……なんか、おとなしくなっている。
エルフ校長曰く、たくさんいるらしい精霊の皆さんに、そのへんどうですかとインタビューしたいところだ。
「あー、そうだな。かなり縮まってる」
ジェレンス先生が認めて、この話は結! となったが、当然、次の話に派生する。
「時間経過で減衰したということですか?」
「それもなくはないだろうが、当初の計算とは違うな」
「では、魔王がジェレンス先生の魔法に対処しているということですか」
「そうだな……竜巻相手に真っ向勝負に出るのではなく、魔法に同調して、ほどいてる……って感じか。持続性のある魔法でしか見られない現象だ。珍しい。実に、興味深い」
ジェレンス先生ったら、研究対象にしそうな口調で評価してるぞ……。
アリアンだったら、伯爵令嬢蔑視アイ――つまり、軽蔑の眼差しってやつだ――でジェレンス先生を見ながら、なにか貴族的に遠回しな毒を吐きそうなところである。
しかし、ここにアリアンはいない。ジェレンス先生は、なにが珍しいかの説明をはじめた。
……そういう話をしたいんじゃないんだけどなぁ! でもまぁ、聞かせていただこう。
「敵対的な魔法からの解放を求める場合、圧倒的な魔力があるなら、その魔力をぶつけて相殺を狙うのが筋だ。っていうか、なにも考えなくていいから楽だし、ふつう反射的にそうなる。この竜巻に込めた俺の魔力が、かなり膨大であるにしても、相手も魔王なんだ。魔力量で負けたりはしねぇだろ。だから、自分の力をぶつけて大爆発を起こすのが筋なんだが」
わたしたちは、あらためて周囲を見回した。
……うん、大爆発したような形跡があるかないかでいえば、けっこうそんな感じではあるけどね! ぶっちゃけ、リートもファランス様も、なるほど、みたいな表情になりかけてるからね!
でもこれ、ジェレンス先生の竜巻自体が引き起こした被害だって、わたしは知ってるわけですよ。だって見たもん、バッチリ。エルフ校長が精霊の怒りが云々っていってたけど、そりゃ怒るわって破壊度だったもん。
証言してあげるから、ありがたく思ってくれよな!
「先生の竜巻がまだ巨大だったときに見てるんですけど……そのときに比べて破壊が進んだようには思えません」
「だよな? 俺もそう思う」
というわけで、魔王が真正面からぶつかってきた説は消えた。
それなら、やっぱり魔法を解析してほどいてる、ってことになるわけだ……。
「俺が当初用意した竜巻を相殺するなら、そのへんの山が吹っ飛ぶくらいの衝撃はあるだろう」
わたしは思わず、初代陛下の話を思いだした。王都の半分くらいの面積を吹っ飛ばしたという、アレだ。アレ……魔王が反射的に相殺しようとしたのもあるのかも?
どうなんだろうな……魔王に訊けばわかるだろうけど、質問にまっすぐ答えてくれるとは思えない。わたしと顔をあわせたら、どうせ一方的に「ママ、抱っこ」である。
「そうなってないってことは、やっぱり相殺はしてねぇんだろうな……まず防御に徹したんだろう。それはそれで、正しい対処法だ。基本的に、俺たち魔法使いが使う魔法に永続性は求められない。よって、ほとんどの攻撃魔法は、はじめの衝撃さえやり過ごせばどうとでもなる。これも、魔法での戦いにおける対処法のひとつだ。魔力の残存性には限りがあるから、追加の魔法が飛んでくるのでもない限り、耐えればいいって話だ」
魔法での戦いなんて、やりたくないけど……でも、避けて通るわけにもいかないだろうし、この話はちゃんと覚えておくことにした。
わたしが攻撃された場合、こっちの魔力は多くはないんだから、相殺狙いは賢くない。防御に徹する方が、まだ望みがある……などと考えていたら、ジェレンス先生が話をこちらに向けた。
「例外的に残存性にすぐれているのは、聖属性だろうが――」
全員が、わたしを見た。
はいどうも、聖属性魔法使いです……わたしはわたしを見れないので、視線のやり場が!
ここはおとなしく、生徒の顔でジェレンス先生を見上げておこう。
「――それでも、こうして封印がとけて魔王があらわれるように、永遠の効果は望めない」
「そういう話をするなら、ジェレンス先生のこの竜巻だって、かなり長持ちしているんじゃないですか?」
「当然だ。長持ちするように、魔力を目一杯こめたんだ」
ちょっと得意げですね……なるほど、魔力を目一杯こめた竜巻だったから、こんなに広範囲に被害が及ぶような、巨大なやつだったわけね……。
それ説明しても、精霊の怒りはとけないと思うなぁ。
「では、すでに魔王の解析による解除が進んでいると考えるべきですね」
さすがリート、危機意識の鬼である。リートを見てると、こんな破壊された場所に立っていても、これが日常で通常営業だって気がしてくるから、不思議だね。
……こういう日常、あんまり歓迎したいわけじゃないけど!
「ま、もうしばらくはいけるだろう」
「すでに脱出して中にいない可能性は?」
……詰めるなぁ。さすがリート、ほんとリート。
でもたしかに、その可能性だって考えないわけには……。あ!
「魔王が脱出したら精霊が知らせてくれるかもしれない、と……校長先生が」
「あー、なんかそんなこと、去り際にいってたが……精霊の知らせなんて、俺たちの中に気づけるやついるか?」
全員が顔を見合わせ……なぜかまた、わたしに視線が集まった。
どうも、聖属性魔法使いです……が!
「精霊と話したことはないですよ。そもそも、時空の感覚が違うとかいう話ですし……なにかが伝わったとして、それが役に立つ情報かどうかは――」
あわてて説明するわたしに、ジェレンス先生はいかにも雑な返しをした。
「はいはい、わかったわかった。できないならしかたない、できたら運がよかったって処理でいく。つまり、失敗したからって文句はつけねぇから、気にすんなってことだ。とにかくルルベル、この中じゃ、通信できる可能性が高いのが誰か、わかるだろ? おまえだよ。一応、意識しとけ」
「――わかりました」
無理だと思うけど……まぁ、精霊さんが頑張ってくれることを祈ろう。
そしてそれより、魔王がまだ脱出していないことを祈ろう!
と、思った、まさにそのときである。
ちりちりと鈴を鳴らすような音がして、わたしの視界に金色の光が舞い散った。
「え、なに?」
「どうした」
ジェレンス先生が尋ね、ナヴァト忍者が一歩、わたしに寄る。リートは離れた位置から周囲を警戒、ファランス様も……たぶん風属性魔法を使ったんじゃないだろうか。警戒態勢だ。
……つまり、今の音はわたしにしか聞こえてないし、光も見えてない?
「あの、なにか音が。あと、光も」
「光?」
やっべ、と思うのと、祈るのが遅かったと後悔するのが同時。
「ママー!」
聞きたくなかった声がした。
それにしてもブレない。そこはブレてよと思うが、ブレない!
あまり見たくなかったが、見ないわけにもいかず……わたしは声がする方、はるか上方を見上げた。
魔王がいた。
魔王だというのに、なんだか光っていた。
光っているおかげで、オムツ一丁なのかどうなのかもわからない。とりあえず、謎の光に感謝したい……。
「ルルベル、いざというときはアレ使うからな。覚悟しとけ」
アレ? アレって虚無移動? いや、呪符で縛られてるんじゃ……と思ったわたしを、ちらっとジェレンス先生が見る。その自信満々の顔で、わかってしまった……。
リートが用意した程度の呪符では縛られませんよってことね! たぶんそうね!
なんてこったい。
「また世界の果てに落っことす気ですか」
「魔王に抱っこされるよりゃ、マシだろ?」
ぐうの音も出ないとは、このことであった……。
わたしがなにか答えられるようになるより、魔王が動く方が早かった。
「ママにさわるなー!」
光の尾を引いて突っ込んでくる姿はかっこいいのだが……。
「ママーッ!」
ほんともう台無し! 年間最高残念台詞賞があるとしたら、ぶっちぎりで受賞できると思うね。
たびたび更新が飛んですみません。
今後も飛ぶ気がしています。
あたたかい目で見ていただければ、幸いです。




