560 そ……それは二つ名とはいわないのでは?
「でも……なんで……」
「いったろ。俺の問題に巻き込んだからな。それにだ」
ジェレンス先生は呪符を畳んで上着の内ポケットにしまうと、にやにやした。
……いや、にやける場面じゃないよね? なんなの?
「それに、なんですか?」
「俺がなんかしたらルルベルの命にかかわるってだけじゃ、一方的だろ」
「はぁ……」
なんかしたらっていうか、常識外れの危険な魔法を使ったら、ってことだけどな!
「おまえがちゃんと自分の命をだいじにしなきゃ、俺がヤバい……ってことにしたら、おまえももっと気をつけなきゃいけねぇだろ。あいこだ、あいこ」
……勝負か! 勝負なのか、これ!
「わたしは死にたいわけではないので、ちゃんと気をつけてますよ」
「死にたいわけじゃねぇやつが、身代わりに死にます! なんて宣言するか? おかしいだろ」
「それは……死にますって主張したわけじゃなくて、わたしがそうすれば、先生がもう少し自重してくださるだろうし、シュルージュ様と争わずに済むだろうと思って」
「同じことだ」
ジェレンス先生は自分の頭をかいた。髪がモシャって、すぐ元通りになる……羨ましい髪質だ。
黙って見ていると、ため息をつかれた。
「おまえさ、心の中でどこかに、まぁ死んでもしかたないか、くらいの感覚があるんだよ」
「え」
それは、そうかもしれない……と、ちょっと思うのは、転生経験のせいだろう。
今度の人生、死んだらまた転生できるのかは不明だけど、とにかく一回は転生してるからなぁ。前世の自分がどんな人間だったか、さっぱり思いだせないし……人格としての継続性は曖昧だ。前世の自分は死んだんだ、とは思ってる。
でも、今こうして生きているわたしの中に、前世の自分も混ざってるからなぁ。
そういう感覚があると、死への恐怖というか、忌避感もねぇ……薄まっていても、おかしくはない。
……また転生できるのか、転生コーディネイターに訊いておくべきだったな!
そういう意味でも、あのときのわたし、まったくアホアホだったとしか評価のしようがない。
「なに『納得しました』みたいな顔してんだよ」
「え」
さっきから「え」しか口にしてないが、だってさ。
納得しましたよ? ええ、そうですとも! ジェレンス先生のご意見が、なるほど感満載だったからだよ?
なのに、なんでその意見を述べた本人にダメ出しされなきゃいけないの? おかしくない?
憤慨する以前の段階でポカンとしていたわたしの頭を、ワシャッ、と。ジェレンス先生が、かき回した。
「自分がひっかぶれば解決するって思うの、傲慢だぞ」
「ご……」
傲慢とはほど遠い性格だと自認しているのですが、それはそれとして、傲慢オブ・ザ・イヤーに選ばれても不思議はないジェレンス先生にそれを指摘されるのは、ちょっと? どうかと?
傲慢って言葉の意味が、変じゃない? わたしが知ってる傲慢とは違うってこと?
「ああ、傲慢だ。さすが世界にただひとりの聖属性魔法使い様は違うな」
「わたしは、そんなことは!」
さすがに言葉が出たわたしの頭を、ワシャッ。ジェレンス先生の大きな手に頭を掴まれて……先生、ちょっと痛いです!
「思ってんだろ。自分しかいない、自分が頑張らなきゃ、ぜーんぶ自分が! って」
は?
なにいってんの?
わたしは! 自分はひとりじゃないって思ってるし、皆が支えてくれるって知ってるし、ちゃんと……!
ちゃんと。
「思ってません」
「嘘だな。今、答える前に迷いがあった」
「思ってませんってば」
「ま、それを俺が代わりにひっかぶれるわけもねぇけどよ。少なくとも、俺のぶんは、自分で引き受ける」
だから、とジェレンス先生はわたしの頭を揺らした。文字通り、ぐらぐら動くような勢いで。
「この件はもう、気にすんな。少しでも、肩の荷を軽くしろ」
……ずるい。こんな風に唐突に思いやりを見せるの、ずるくない?
完全に気を抜いてたから。ジェレンス先生に配慮なんて期待してなかったから。
不意に、自分では割り切ってるつもりのところを突かれて、なんか胸が苦しくなって、喉にこみあげてくるものがあって、なんとかしないと……わたし、号泣しちゃうかも。
なんとかしてくれたのは、ジェレンス先生だった。
つまり……物理的に頭をゆっさゆっさされてたせいで、泣くどころではなくなったのだ。
「先生、もう、ほんと……!」
「そろそろ行くか。かなり速度出して振り切ったとはいえ、時間かけ過ぎた。捜索隊でも出されたら大変だ」
「ジェレンス先生に捜索隊は出ないんじゃないですか……」
「ま、それはそうだな。でも、おまえがいるから、出るだろ。唯一無二の聖属性様だからな」
「やめてください、そういうの」
ははっ、と笑ってジェレンス先生はわたしを抱き上げた。……そうね、たしかにこの体勢なら見えてはならないものが見えないわね、ロングワンピだからね。
「事実だろ。俺の二つ名、譲った方がいいかもな」
「いらないです」
思わず真顔になっちゃったよ!
聖属性の乙女向けの二つ名じゃないだろ、〈無二〉って!
「二つ名も、あるとけっこう便利だぞ。権威づけってやつだな」
「権威づけ……」
「ま、おまえの場合はもうあるか」
びっくりして見上げたわたしに、ジェレンス先生は笑いながら答えた。
「〈聖女〉だろ」
そ……それは二つ名とはいわないのでは? いや、そうなのか? 二つ名の一種なのか?
困惑しているあいだに、例のひどい音が聞こえてきて――先生、と呼ぶリートの声がそのあいだから割り込んできた。
これ、なんか無理矢理届けてる感じだな。たぶん魔法だ。
魔力感知で判別できるんじゃないのかと問われそうだけど、ちょっと考えてもみてくださいよ。このへん、魔王とジェレンス先生の魔力でガンガンなのよ……。
達人なら、複数の魔力を特徴で分類できるのかな。できるんだろうなぁ。
でもわたしは達人じゃないからね! 無理!
「おぅ、今行く」
言葉通り、わたしたちはすぐ、リート、ナヴァト、ファランス様の三人組と合流した。
シスコとアリアンは待機にしてくれたの、マジでグッジョブである。
「なんで先に出たのに遅れて着くんですか」
「いや、飛ばし過ぎてルルベルが目を回してな。こう、頭がぐらぐらしてたんで、休憩させてた」
わたしはジェレンス先生を睨まざるを得なかった。
頭をぐらぐらさせたのは! あんたや!
それで思いだし、わたしは手櫛で髪をととのえた。実のところ、ととのったかは謎だけども。鏡もないし。
ま、べつにいいでしょ! ファビウス先輩がここにいるわけじゃないんだしな! 綺麗なわたしは、ファビウス先輩だけに見てもらえばいいんだから!
……やめよう、無駄に照れる。本音ではあるけども……本音だから照れるのかな?
「ほんとうに大丈夫ですか、聖女様。お顔の色が赤くていらっしゃるような」
やっぱ殺しとくかって視線でナヴァト忍者がジェレンス先生を見ているのに気がついて、わたしは慌てた。
ここにいないファビウス先輩のことを考えて、謎に照れていた――などとは説明できない。
「大丈夫大丈夫! ぜんぜん大丈夫! 休憩時間をとったのだって、ジェレンス先生が気を遣ってくださっただけで」
実際にはそこで呪符を描き、自分のケツは自分で拭くぜ宣言があったわけだが――これも説明できない。
疑わしげにわたしを見るナヴァト忍者に、わたしは大丈夫をリピートするしかなかった。
「ほんと、大丈夫だって! 虚無移動を使ったわけでもないしさ、ジェレンス先生も気にし過ぎっていうか……」
フォローしろや、って目線でジェレンス先生に訴えるけど、楽しそうに見返されただけだった。
くーっ! 役に立たない!
「まぁ、頭ぐらぐらだって、ほら。見てよ。今はぐらぐらしてないでしょ! ジェレンス先生だって、わたしを粗略には扱わないってことよ。だって今のわたしはジェレンス先生の……えーっと、保護者? 監督役? なんか、そういう感じのものなんだしね」
「……君はそんな認識で平気なのか。命懸けのはずだが」
「たぶん? ジェレンス先生が無茶な魔法を使わなければ平気なんだし? さすがに先生も理解してくださったと思うし……」
理解してくださったよな?
くださったからこその、あの呪符だよな?
……いや、あれって実は無茶の結果を引き受ける、イコール、無茶はするぜって意味だったり?
わたしはジェレンス先生を見たけど、やっぱり楽しげな表情をしてるな……ってことしか、わからなかった。




