559 人の心が平和になる魔法とかさ
釘を刺しておいた方がいいかもと口をひらいたわたしを、リートが制した。
「安心しろ、あの移動魔法は無理だ。今、呪符で縛ったからな」
呪符で……ああ、そんな話してたな。そもそも、そのために紙とペンを探すことになったんだっけ?
それに便乗して紙とペンを借りた結果、あんな恥ずかしいイベントに……。
いやもう忘れよう! うん、忘れた!
「使用禁止にしたの?」
「そうだ。類似の魔法もすべて禁止としてある」
「厳しいよなぁ、リートは」
そういってニヤリと笑ったジェレンス先生……どっこも、なんっにも、懲りてなさそう!
「ジェレンス先生に甘くする理由がありませんので」
「おうおう、そうかよ。ちょっと先行するぞ」
「わ」
外に出たと思ったらもう、わたしは空を飛んでいた――いわゆるお姫様抱っこで。
もちろん、抱っこしているのはジェレンス先生である。
「こうすりゃ、見えたらいけないものが下から見えないからな」
……おそろしく、散文的な理由でのお姫様抱っこである。
「魔王に見られたら、殺されるんじゃないですかね」
「安心しろ、べつになにを見られても見られなくても変わらんよ。あいつ、俺のことは大嫌いだからな」
「なんにも安心できませんよ……」
ははっ、とジェレンス先生は笑う。
なんでこんなに楽しそうなのかと不思議に思ったけど、すぐ、わかっちゃった。
存分に力をふるえるのが、楽しいんだ。
教師としての生活って、ジェレンス先生にとっては窮屈なものだっただろう。実は教えるのもうまいけど、それを好んでるかっていうと別問題だよね。
たぶん、ジェレンス先生は力を持て余してたんだ。
でも、今はどう?
その余ってた力がぜんぶ、必要になってる。次々と新しい魔法を考えて、実践して。
わたしたちは、あの虚無移動の魔法のことしか知らないけど……間違いなく、ほかの魔法でもやってるはずだ。ちょっと応用して、強くしてみて、うまくいくか工夫して。
今までの人生で思いつかなかったような魔法を、どんどん実現させて。
そりゃ楽しいだろうな……。
「よかったですね、先生」
「あ?」
「魔法の使いどころがあって、楽しそうだなって」
「……そうだな。楽しいぜ」
わたしを見下ろして、ジェレンス先生は笑った。
それがねぇ、なんの屈託もない笑顔で。すっごい、笑顔で!
シュルージュ様と揉めたこととか、どう思ってるんだろう。 ……きっと、どうも思ってないんだろうなぁ。
「ところでルルベル」
「はい」
「おまえ結局、俺が提案した通りにしたな」
「……はい?」
「覚えてねぇか。まぁ結果が出てりゃ、それでいいんだが」
わたしは首をかしげた。なんのことだ?
「あの、話がわからないんですけど……」
「全員に好かれて奉仕されるようになればいいって、初期に助言しただろ」
……。
…………あーっ! あったな、そんな話!
うっすらと思いだしかけたわたしの頭の上で、ジェレンス先生が言葉をつづける。
「王子とスタダンスが、なんでかおまえの味方なのは、不思議だよな。不思議といえば、ファビウスがマジでおまえに惚れてんのも変だろ」
ものすごく失礼なことをいわれているが、まぁ理解はできる。
ローデンス殿下とスタダンス様が好意的にふるまってくださるのは、なんか……なりゆき? 試験勉強というか、ファビウス先輩のしごきをともに耐えた仲っていうか……。
そのファビウス先輩がわたしを好きになってくださった件については、ハイ、正直なんか変な感じですよね、ハイそうです。
「ナヴァトもいつのまにか忠誠を捧げてる風だし、校長も呪文を教えるくらいだろ? あんなの絶対、おまえにだけだ。リートは……まぁ、リートはリートだが」
おめでとう、リート! 特別扱いだよ!
「リートはリートですからね」
「だよな。ウィブルもなんだかんだ、気にかけてるしなぁ……。まぁ、あいつは誰に対しても気配りをおこたらない方ではあるが」
今にして思えば、「乙女ゲームっぽい異世界に転生したい」って要望は、頭が悪かった。いくら転生と聞いて連想したからって、そのまま口にするやつがあるか! 馬鹿じゃないのか、あのときの自分!
もっと要求することあっただろ、と思う。
暮らしに不自由しない家に生まれたいとか、戦争起きなさそうな世界がいいとかさぁ……いろいろ! いろいろあるじゃん!
特殊能力をもらうにしても、世界の危機存亡にはかかわりたくないし、目立ちたくないし、もっと平和な……そう、人の心が平和になる魔法とかさ……そういうのでいいんだよ。
唯一無二の聖属性魔法なんて、わたしには荷が重いよ。
だいたいさぁ、イケメンが多くて、なんの得があるか!
いやまぁ、目の保養ではあるよ。あるけどさぁ、結局、わたしのことを「いちばん」に思ってくれる誰かがいたら、それでいいのよ。その誰かってのは、定員一名様よ。
違う?
わたしを巡って大勢で揉めてほしいとか、逆ハーレムで囲まれたいとかいう欲望ないもん。
たくさんいたからって、とくに良いことないよね。だいたい、初期は皆さん、かなり塩対応だったし。
……そうだよな。塩対応だったよな?
えー、わたし頑張ったな。嫌われないように立ち回る努力、実を結んでるわ。
でもさ。
「そういう目的で、皆さんと仲良くなったわけではないですよ」
はっきりさせておきたいよね。
だいたい、今いわれるまでジェレンス先生の「逆ハーレムにして顎で使っちゃえよ計画」みたいなサジェスト、完全に忘れてたもん。いわれたときだって、やる気はなかった――まぁ、できる気がしなかった、の方が正確なところだけど。
「んなこた、わかってるよ」
ジェレンス先生は笑っている。
なにがそんなに楽しいのか、わからないけど。でも、すごく楽しそうだ。
「わかってるさ」
念を押すように、くり返して。ジェレンス先生は――必然的にわたしも――急降下した。
えっ、もう着いちゃった? いやでもまだ、あの世界が終わりそうな音が聞こえて……ないよな?
「先生……?」
「そんな皆のだいじなルルベルを、俺の問題に巻き込んだのはなぁ……よくなかった」
ほれ、と下ろしてもらって、わたしは地面に立つ。
そこは、例の竜巻からはまだ距離がありそうな、木立の中だった。すごく静か。やっぱり竜巻までまだ距離があるなと考えてから、はっと気づいた。生き物の気配が薄いんだ。ここで暮らしていた獣や鳥たちが避難を考える程度には、問題の場所に近いんだろう。
木はたくさん生えているけど、あまり背が高くはない。表土が薄いせいかな? あたりは岩がちで――どういう地形なんだろうなぁ、縦に割れ目の入った、表面が平たい岩がたくさんある。
「さて。急いで描くか」
描く? なにを?
思いっきり疑問しかないんだけど、ジェレンス先生はわたしに構わず、上着の内側から畳んだ紙を取り出した。それを近くにあった平らな岩に乗せ、手近な小石を文鎮代わりにして手を――。
ジェレンス先生が、わたしの手に少し。ほんの少しだけ、ふれた。
「痛っ……」
「すぐ治るから心配すんな」
あの……今、すごい勢いで小刀みたいなのが出てきて、指先を切って、それで血が……血がでたんですけどぉっ!
右手の中指だ。傷を確認してみたけど、うん、たしかにすぐ治るレベルではある。
でも、なんのために?
尋ねようと、ジェレンス先生に視線を戻してギョッとした。
ジェレンス先生は、自分の指にも傷をつけていたのだ。わたしの指につけたより、もっと深く。
「なにやってるんですか!」
わたしが声をあげたときにはもう、ジェレンス先生は指先を紙におろしていた。
「黙ってろ、すぐ終わる」
ジェレンス先生は、すらすらと指を動かす。あらかじめ考えていたであろう、躊躇のない動き。……ああ、これは呪符だ。待って、血で描く呪符ってなんか特別な意味があったような気がするぞ……どっさり積まれた本のどこかに、注意書きというか……コラムみたいな形式で、書かれていたような。
まぁやらないだろうけど、やったら洒落にならんから注意だぞ、みたいな……!
その洒落にならない血染めの呪符に、ジェレンス先生はくるっと円を描き入れた。お手本みたいに乱れのない図形に魔力が通り、たちまち発動するのがわかる。
「これでよし」
「……なんの呪符ですか、いったい」
「俺の責任でルルベルに命の危険が迫ったとき、無条件で肩代わりする」
わたしは口をあけた。能動的にあけたわけではない。勝手にあいちゃったのである。
それを見て、ジェレンス先生は笑った――ひときわ楽しそうに。
「はは、なんだその間抜け顔!」
わたしの顔が間抜けになってるとしたら!
その責任は、全面的にジェレンス先生にあると思います、異論は認めないッ!
また予約を忘れていたので、少し遅れましたが手動で急いで更新ッ!




