558 よくって? あなたは魅力的なの
「わたしに、そんな特技があったとは!」
大きくリアクションをとったわたしに、シスコは顔をしかめて見せた。
「冗談をいってるんじゃないのよ、ルルベル。これってね、理由があって」
「理由?」
シスコはその横に、大きな文字でこう書いた。
ルルベルが、皆の幸せを願ってくれるから!
わたしは眼をしばたたいた。
皆の幸せを願う? いやそりゃ……幸せになりゃいいと思うけど……そんなの、誰だって思うことじゃないの?
「誰もがルルベルのことを好きになっちゃうのはね、ルルベルが良い子だからなのよ」
「良い子って」
「善良と表現してもかまわないんじゃないかしら」
アリアンが首を突っ込んできた。視線が合うと、クールに微笑んで。指先でとんとんと紙を叩き、これね、という。シスコが追記したところだ――皆の幸せを願う、ってやつ。
「周りの幸せを願うって、実は難しいの。他人は不幸になってくれた方がいい、って思いが先に立つひとも少なくないのよ。でも、あなたは違う。周りの幸せを願ってる。とくに気にしてる風でもなく、ただただ、しぜんと願っているような風情でね。わざとらしさを感じないから、嫌味にもならない……これって、得難いことなのよ?」
わかる? といわんばかりにアリアンは小首をかしげて言葉を切った。
わたしは――わからないので、思わずシスコを見た。視線が合うと、シスコは思いっきり頭を縦にふった。
え、わかるの? 通じてるのコレ? わたしは、アリアンが急に饒舌に語った内容、ピンと来てないんだけどー!
アリアンに視線を戻すと、しょうがないわね、といわんばかりに肩をすくめられてしまった。……なんでか、諦められているようだ!
「ほんとに、わかってないのね。無自覚だからこその魅力だろうから、しかたがないとは思うけど」
魅力。リートなら鼻で笑いそうなフレーズだ。
おいリート、今こそいつもの冷笑的なコメントのひとつやふたつ、ぺらぺら並べて割って入ってくれ!
これ、すっごい……すっごい恥ずかしいんです、正直もうマジで無理、やめてアリアン!
だけど、アリアンはやめない。
「よくって? あなたは魅力的なの。だいたいの人間は、あなたと時間を過ごすことで毒気を抜かれるし、まともな人生を歩もうって思うようになってしまうの。心当たりはない?」
「いや、べつに――」
「ファビウス様なんか、好例だと思うけど?」
はい?
いやいやいや、わたしごときがファビウス先輩に影響を与えて真人間にしたなんて、そんな……そんなこと……少しだけあるかもしれないが……なんか遊び人風の触れ込みだったけど、最近ぜんぜんそんなじゃないしな。
というか、初手は依頼されてわたしを落としに来たんだった、あのひと。
いろいろあって忘れてたが、胡散臭いにもほどがあった!
「あの、アリアン……」
「なにかしら」
「今はその、魔王の封印について考えているのであって……そのために、自分の特質みたいなものを書き並べいたので……つまり、わたしが好かれる? 理由とか? そういうのを、探求しているわけでは」
「聖属性魔法のことは、よくわからないけれど――正直いって、記録に残っている魔法使いの誰も、攻撃的ではないのよね。強いていえば、ロスタルス一世陛下は拳闘の名手でいらしたそうだけど、それも本が残っていて」
「本」
「ええ。みずから認めたられた一冊だけれど、読んだことはなくて?」
「ないです……」
「たしか『救いの拳』という題名よ。わたしは読まされたのだけど、誰かを救うどころか、救いようのない悪文だと思ったわ」
……不敬ッ!
ジェレンス先生が、プッ、と吹き出した。
いや先生……止めてくださいよ、生徒の暴走を!
「その本が、どうしたの?」
「意図の汲みづらい本ではあったけれど、おおまかにいうと、陛下は拳闘を救済手段として捉えてらしたみたいなの」
「きゅうさいしゅだん……」
「あらゆる場面ですべてを助けるには、無力であってはならない。力が必要だ。だから拳を究めることにした――物騒な時代だったわけだし、綺麗ごとだけでは生きていけなかったのね。だから、魔族も人間も平等に殴ったそうよ。慈愛の心を込めて。道を踏みはずすな、と」
乱暴! でも、当時はそれが最適解だったのだろう。
「もちろん魔王についても書かれていたわ」
「えっ」
まさかの、初代陛下の悪文回想録にヒントが!
「魔王は会話ができる状態ではなかったから、ひたすら愛の拳をふるったそうよ」
……と、期待させておいて、結局は曖昧な精神論かッ!
愛の拳ってなんなの? ただの暴力じゃないの?
アリアンは少し眉根を寄せ、なにかを――というか、例の『救いの拳』の内容を、だろう――思いだすようにしてから話をつづけた。
「たしか、世界は美しいとか、愛に満ちているとか。生きるとは愛することだ……あとは、なんだったかしら」
さっきとは別の意味で恥ずかしくなってきた!
もうやめてとアリアンを止めようか悩んでいると。
「親に慈しみ育てられることを知らぬまま生きる、それがどれほど虚しいものか。今こうして殴るのは、おまえが愛に恵まれるためだ。打ち倒すのは、おまえが眠りに就いて破壊を忘れることを願うからだ。野蛮で残酷な世界と訣別させるためだ。そして、次こそは掴みとれ。愛とやさしさを。おまえを抱きしめてくれる腕のぬくもりを――だったかな」
なんと、つづけたのはジェレンス先生だった。
「暗唱できるんですか」
「子どもの頃、親に叩き込まれたんだよ。おまえも気をつけないと魔王になる、誰にも好いてもらえないぞ、って。泣いてるか怒ってるかわからない顔でさ」
……ジェレンス先生の親御さん、ご苦労なさったんですね。一瞬で、伝わりましたぞ!
そして、気がついてしまった。
「それ、魔王の今の行動原理の根っこになってるのでは」
「はぁ? 抱っこをせがんでくるんだろ、ルルベルに」
「辻褄が合いませんか? ロスタルス陛下、本心から憐れんだんじゃないですかね、魔王を。ただ魔族の隆盛のために出現して、会話もできないほど暴れ狂って……地上で最強の存在になって。でもべつに幸せそうには見えなかったんでしょう。それで、親はいいぞぅとか、次は愛されろよぉとか、そういうニュアンスが膨大な聖属性魔力とともに魔王を包んで封印した――と考えると」
あったか聖属性魔力大好き、抱っこ希望の赤ちゃんのできあがり!
……陛下、着衣についても教えてあげてほしかったです。
「あー……そういう? なるほど、たしかに……いやでも、魔王がそんな風になることあるか?」
現実、なっちゃってんだからYO! ヘイ、YO! と、無意味にヘイヘイYOYOしたくなってくるので、わたしもかなり疲れている……。
さっきから、妙に恥ずかしい話を連続で聞かされて、ちょっと思考がバグりはじめたようだ。
でも、そのバグが正解のような気はするよね……救いの拳で殴られた魔王、破壊と暴力の世界から愛こそ至上世界に叩き落とされ、それも悪くないかもしれないから試してみるか、って。
……いやー、そんなことある?
「あまり信じたくないが、有効な仮説のひとつではあるな」
リートに真面目な顔でいわれると、もう後戻りできない気がするわ……。
……そこ! アリアンとシスコまで、真面目な顔でうなずかないで!
「意味不明ではあるけど、もともと意味を考えるべきじゃないのかもしれないわね」
「魔王封印に意味などないってこと?」
「そうね……魔王を封印すること自体には、意味があると思うわ。だって、それができないとまた、大暗黒期の到来よ? いいたいのは、そうじゃなくて……少なくとも陛下は、考えて封印なさったわけではないと思うの」
ノー・プランで愛を唱えて殴った、と。
そのフレーズの強力さに、わたしは震えるしかなかった。
ノー・プランなのは百歩譲るとして、愛を唱えて殴る、って。
エルフ校長には、よくわからなかったんだろう……いつも通りに愛をこめ、救いのために殴っていた「我が友」が、なにを考えていたかなど。
……いや、そうじゃない。なにも考えていなかったなんてこと、エルフには伝わってなかったのかもしれない。なにしろエルフだからな……存在自体が、人間と違うものだからな。
てーか、初代陛下も存在自体がかなりオカシイひとだったと思うね!
あっ、だからエルフと親友になれたのか! 納得!
「理解できないことが理解できた気はするけど、参考になるかっていうと……」
「ルルベルは殴らないものね」
シスコに慰められた。うんまぁね、あんまり殴らないよ。暴力反対。
「……まぁ、ちょっと魔王の様子を見に行くか。ルルベル、行くぞ」
「瞬間転移は禁止で!」
あわててお願いすると、ジェレンス先生は苦笑した。
「さすがに昨日の今日ではやらねぇよ。安心しろ」
いや待て、それは明日や明後日ならやるかもしれないって意味じゃない? ちょっと! ジェレンス先生!
先週は完全に更新を忘れてました、すみません。




