552 『普通』の基準は、自分自身ですからね
ジェレンス先生には反省しながら休んでもらうことになり、ふたつある寝室のひとつへ送り込んだ。
なんのかんのいってもね……ジェレンス先生は、我々の最大戦力なのである。
そして、魔王っぽいものが復活してしまった現状、これを無駄にはできないのである……。
疲れて休みに来たところに殺し合いましょう騒ぎでさらに疲れたはずだ。しっかり休んでもらおうじゃないの、ってことだよ。
反省は……してくれるか、イマイチわかんないけど!
竜巻に放り込まれたらしい魔王がそのまま儚くなってくれれば、のどかな日常に戻れるんだけど……まぁ、そんな都合のいい話はないだろう。
わたしとしては、竜巻などに入れられたら、魔王の最後の砦であるおむつ――穿いていたとして――も失われてしまうのではという点も大問題なのだが、今は考えないことにしよう。
……おむつ穿いてるかもしれない魔王っぽい存在って、いくら考えても理不尽過ぎる。
いや! 考えないことにしたんだった! 考えちゃ駄目、ゼッタイ!
「とりあえず――」
リートがわたしを見た。嫌な予感。
「――屋根のことは、こっちでなんとかするとして」
……。
そういえば、ナクンバ様がふっとばしてたね!
なお、寝室の方は無事なので、ジェレンス先生は安眠できてるはず。たぶん。
ナクンバ様はといえば、腕輪に擬態して無言である。うんまぁ、お願いしたのはわたしだからね。責任の所在はどこかっていえば、わたしだよね……。
「君は、あの紙を使って、校長と話をして来い。君が余計なものに命を懸けざるを得なくなった件は、早めに知らせた方がいい」
「シュルージュ様が、知らせてらっしゃるんじゃないの?」
「情報は、誰から訊くかが重要なんだ」
「それは……」
「ただでさえ校長の機嫌が悪くなりそうな話だ。本人から聞いた方がいいに決まっている。だから急げ」
フンッと。リートの鼻息は、嵐を巻き起こすつもりかってくらいの勢いだ。
いや、たしかにそうだけどさ……。
「行ったら、二度とエルフの里から出してもらえなくなったりは」
「そうならないように立ち回るところまで、君の任務だ」
任務って、あんたは上官か! なんでそんなに偉そうなんだ!
でも、リートのいうことは尤もである。
ジェレンス先生がポカやったらルルベルが死にます、なんて話……エルフ校長が耐えられるとは思えない。しかも伝える人がシュルージュ様だった場合、未来の死刑執行人による宣言、って感じになるぞ。
……想像できない。なにが起きるか、さっぱりわからない!
「頑張ってはみるけど、わたしひとりで?」
「俺は残る。ジェレンス先生に多少強く出る必要があるかもしれんし、屋根の問題もある。おそらく、生属性魔法で植物を繁茂させて、なんとかするしかないだろう」
アッ、ハイ……その話が出ると弱いですね……ハイ……ワカリマシタ……。
縮こまるわたしを気にもせず、リートは話をつづけた。
「それに万が一、君がエルフの里から出られなくなった場合、救出を考えるなら外にいた方がいい。中にいると、拘束される可能性がある」
「……やっぱりやめた方がいいんじゃ」
「ナヴァトはルルベルと行け」
「了解です」
「わたしも行く?」
これはシスコ。でも、リートにあっさり却下された。
「君は残れ。シスコに会うために戻らなきゃ、とルルベルが思える方がいい」
わたしとシスコは顔を見合わせた。
いや……今生の別れってわけじゃないけど! わけじゃないけど、たしかにこう……二度とシスコに会えないかと思うと泣いちゃいそうだし、絶対そんなことにならないぞ、とは思うよね。
「本営のひとたち、睡眠とってる頃合いじゃない? もうちょっと遅くした方がいいんじゃ。今さらお伝えしてもさ、どうにもできないんだし?」
「尻込みしてる場合か。勝手にポケットを漁って紙を取り出すぞ」
ひぃっ! 胸の内側に入れてるので、それは……それは嫌! 駄目、ゼッタイ!
しかたなく、わたしは紙を取り出した。
「じゃあ……行ってきます。ナヴァト」
ナヴァト忍者がわたしの肘のあたりに手を添える。これで同行できるだろう……。
ファランス様とアリアンが、なんの話だって顔してるけど、説明はまかせた!
ぺいっ!
魔法の紙を折り直して、両手をあわせた――すると一瞬で、例の部屋である。
……やっぱエルフの魔法ってなんかオカシイよ。オカシイことやってるのに、ジェレンス先生の魔法みたいにオカシイ感じがしないあたりが、とくにオカシイ。
多角形の部屋は薄暗かった。窓の外に見える空はかすかに明るく、巨木の樹冠が曖昧なシルエットを描いている。
たくさんある扉のどれかは学園の校長室につづくはずだけど、迂闊に開けるわけにはいかない。たしか、海底神殿だの滅びの山だのといった、ヤバめの場所につながっているのがあると聞かされた記憶がある。
円形の天井から提げられた曇り硝子の照明が、琥珀色の光をはなちだす。ゆっくり、ゆっくり――それは光量を上げていって、まるで金粉が降ってくるみたいに部屋をきらめかせた。
「ルルベル」
扉のどれかが開いたわけでもなく、ただ風が動いて。
気がつけば、エルフ校長が立っていた――わたしを見下ろす眼が暗い。
あっ。
これもう聞いてるやつじゃない?
シュ……シュルージュ様はご無事かしら?
「僕は命を奪う行為を軽々に……おこなうことは……ないのですが」
ごくり。唾を飲み込もうとしただけで、喉にやたらと質量を感じる。
固唾を飲むとは、このことか!
「ジェレンスは、今のうちに殺しておいた方がよいのではないでしょうか?」
うわぁぁ! もう聞いてる、これ絶対もう知ってるやつ!
「お知らせが遅くなって、申しわけありません」
「事後報告というやつですね。ですがルルベル、僕は報告の遅れを非難しているわけではありませんよ」
「はい……」
「そんなことを約束する前に、相談してほしかった」
「ごもっともです……」
でも、猶予がなかったんだよぉ!
どう考えても、シュルージュ様は待ったなしの状態だった。マジで怖かった。
「ですが、先生。わたしも、命を奪う行為は見過ごせない方なんです」
「だからといって、おのれの命を懸けたりしますか」
ぐぅ。
しかたないじゃん! ほかに、どうしようもなかったんだよ。放っておいたらシュルージュ様とジェレンス先生が殺し合うところだったんだから!
……と、叫びたいところだったけど。
エルフ校長だって叫びたいだろう。ちょっと目を離したら、わけわかんないことになってんだもんな。
わたしがジェレンス先生の行動の責任をとるってさ……それも命懸けでだよ? 展開として、あり得なくない? 自分でも笑えるくらい、現実感がないわ。
でも、これが現実なのよね。
「これまで、我が友以上に行動が読みづらい人間はいないと思っていました」
我が友……って、初代陛下か。
魔王封印の英雄にして、央国建国の祖。しかしてその実態は、拳で語る聖属性魔法使いであり、魔王に変な勘違いを起こさせるような封印をほどこした人物であり、何年生きてるかわからないエルフをして「彼以上に行動が読みづらい人間はいない」などとコメントさせる逸材。
……どう考えても、ぶっちぎりの変人だったんだろうな!
そして今。そのぶっちぎりの変人を上回る変人の座に、据えられんとしているのでは? わたしが。このわたしが! ド平民で下町のパン屋の娘で、ちょっと前世の記憶があるけどチートに使える知識もなく、だいたい持て余してるだけの! わたしが!
それはちょっと、理不尽な評価ってものじゃない?
「わたしは、ふつうの人間ですよ」
「誰もが、そう標榜します。自分にとっての『普通』の基準は、自分自身ですからね。ロスタルスも、いつもいっていました。自分はなにも変わったところのない、ごくふつうの人間だと。ただ……夢と希望がでっかいだけだ、と」
なんとなく、子どもみたいなひとなのかな、と思った。
子どもの頃は、謎の全能感があるじゃない? 世界は思うままになる気がしてるっていうか。
年をかさねるにつれ、わかってくるんだ。世界はちっとも、思うようにはならない。自分は特別な人間なんかじゃない。
……いや、聖属性魔法が使える時点で、特別なんだな。
わたしと違って、初代陛下は自分が特別だってことを受け入れてたんじゃないかな?
「ロスタルス様って、どんなかただったんですか?」
「ロスタルス? 彼は――」
答えを探すように視線を彷徨わせ、エルフ校長は懐かしげにささやいた。
「――希望のかたまりのような男でした」
ス……ストックが……ストックがなくなりそう!(悲鳴)
頑張らないとどうにもならないので、頑張ります……頑張りたいと、思ってはいます。




