551 おまえへの期待は捨てました
はぁ? と声がした。
かたわらに立つジェレンス先生を見上げれば、すっごい間抜け顔でわたしを見ていた。
理解できなかったようなので、もう一回。
「すっごく嫌ですし、ぜんぜん死にたくないですけど、しかたないですよね。今後、ジェレンス先生が不埒な行為に手を染めた場合、責任をとって、わたしが死にます。……あ、できれば魔王封印が終わってからにしてほしいです」
「ちょ……おい、なにいってんだ」
「今後、ジェレンス先生が他者を慮ることのない行為に手を染めた場合、責任を取って、わたしが死にます――と、申し上げてますけど?」
シュルージュ様に視線を戻して、わたしは話をつづけた。
「この条件なら、殺し合うのはやめていただけるかと思いました。いかがでしょう」
「なるほど……考えましたね」
シュルージュ様は納得してくださったけど、ジェレンス先生は駄目だった。わたしの肩を掴み、くるっと自分の方に向かせる。
「自分がなにいってんのか、わかってんのかルルベル!」
……さっきと同じことリピートしてますよ、先生。
「わたし、馬鹿にされてます? 自分で考えて、それしかないと思ったから提案したんですよ」
「提案っておまえ! 無茶だろ! なんでおまえが、そこまですんだよ」
「あの……先生が変なことさえしなければ、なにも問題なく終わるんですけど」
「馬っ鹿! そういう話じゃねぇだろ!」
いや、徹頭徹尾、ずーっと、そういう話なんだが……。
シュルージュ様のご登場からもう、その話しかしてないんだが?
うーん、どういえば伝わるんだ。
「ジェレンス先生の魔法は、周りにとっては天災みたいなものなんですよ。でも、天災は不運を嘆いて耐えるしかないけど、ジェレンス先生の魔法は、ジェレンス先生という主体がちゃんと我慢してくれたら、それで済む話ですよね? ……っていうことを、シュルージュ様は先生に教えてらしたんじゃないかと思うわけです」
「それはいい。それはわかってる。ただ、なんでおまえがそこに巻き込まれに行くんだよ! 命まで懸ける意味があんのかよ!」
「うるさいですよ、ジェレンス」
「うるさくもなるだろ!」
シュルージュ様の静止に、珍しく、ジェレンス先生が一発で従わなかった。
わたしの両肩を掴んだまま、ジェレンス先生は顔だけをシュルージュ様の方に向けた。
「俺の失敗は俺の失敗だ、伯母上にお仕置きされるのはしかたがない。それを、こいつが責任とる理由なんて、どこにもないじゃないですか!」
シュルージュ様は、大きく息を吐いた。ため息というには重過ぎる。
「今まで、おまえが事態の本質をわかっていなかったことを、よく理解しました」
「無茶な魔法を使って周りに迷惑をかけるなってことでしょう、それくらいはわかりますよ!」
「わかっていませんね。聖女様の申し出に、こんなにも取り乱すほどに。特定の個人が命を預けると確約した時点でようやく――いえ、まだ理解していない。その入口で立ち竦んでいるだけ。わたしを容易に倒せる実力がありながら、相変わらず人を殺す覚悟はない。それでいて、意図せず人殺しになる力だけはある」
それが、とシュルージュ様は低い声で告げた。
「おまえの問題です。強い魔法使いの宿命といってもいい。強ければ強いほど、その者は社会から浮き上がる。自分だけは、なにをしてもいいと勘違いをする。自覚なく、他者を格下に見る。ですがジェレンス、それは間違いなのです。実際、今のおまえは人間として、聖女様に劣ります。はじめから今に至るまで、おまえは思いつくことさえできなかった――おまえは、わたしに宣言すべきだったのです。やらかしたら、自分の命を奪ってくださいと。その覚悟が第一歩なのに、それもない」
「いや……だって、そんな……」
ジェレンス先生は、わたしを見た。
……ここで、すがるように見られても困るんだけど!
「いいでしょう。おまえへの期待は捨てました。聖女様の申し出を受け入れます。今後、無自覚であるか否かにかかわらず、おまえが横暴なふるまいをしたならば、聖女様のお命を貰い受けることとしましょう。……聖女様、お覚悟にお変わりはございませんね?」
「はい」
「ルルベル! いや、伯母上、待ってくれ……こんなの、おかしい」
「では、わたしは戻ります」
「伯母上!」
扉を開けてから、シュルージュ様は肩越しにふり返って淡々と告げた。
「簡単なことですよ。おまえが良識のある魔法使いであれば、それで済む。励みなさい、ジェレンス」
その声を残して、シュルージュ様の姿はかき消えた――おそらく、超速で走って行ってしまわれたんだと思う。
……いやぁ、生属性魔法使いって、ほんとすごいね。
置き去りにされたジェレンス先生はといえば、わたしの肩を握っていた手がずるずると下がって行って、本人も床に座り込んでしまった。
「先生、足は大丈夫ですか?」
ぐにょぐにょされていたことを思いだして尋ねると、ジェレンス先生はぼんやりとした口調で答えた。
「伯母上が治して行ったから、なんともねぇよ……」
「さすがですねぇ」
自分がやったことの後始末は、きちんとね。
……甥との格差が、パネェっすね!
「ルルベル……なんてことを約束したんだ。伯母上は、やるぞ。ほんとにやる」
「わかってますよ。でも、ほかに解決策が思い当たらなかったんです」
わたしとシュルージュ様が殺し合う? 一方的な虐殺にしかならないでしょ……そりゃ万物融解装置を使えば勝てるけど、そんなことできる?
できるわけないじゃん。
だからって、シュルージュ様とジェレンス先生が殺し合うのを看過できる?
それも無理じゃん。
なんとかシュルージュ様とのあいだをとりなしたとしても、ジェレンス先生の虚無移動そのほかで、いつ事故が起きてもおかしくない。だから、これもアウト。
「わたし、人殺しにはなりたくないんで。命を懸けるとしたら、自分のだな、と思って」
「軽々しい! 軽々しいにもほどがあるだろ、それ」
「でも、先生が自制してくだされば問題なくないですか?」
ジェレンス先生は、ここで言葉に詰まったようだった。
わたしの横にシスコが来ると、ぺいっ! と、ジェレンス先生の手を払い除ける。
「先生のせいでルルベルになにかあれば、絶対に、許しません」
「ありがと、シスコ。でも大丈夫、ジェレンス先生は間違いなんて起こさないから」
「シスコ以前に、ファビウスに追い詰められるだろうな」
リートがつぶやいて、なるほど、と思う。
「ファビウス様だったら、なにも起きないように固めに来る気がするな」
「そうだな。呪符で契約を結ばせるだろう……ルルベルの命がふっとぶ前に、ジェレンス先生を破滅させるような」
わぁ〜、どんな契約だろう。具体的には想像もつかないけど、やりそう〜!
「そうであってほしいです」
つぶやいたのは、ナヴァト忍者だ。
「おまえら、もうちょっと怒れよ。なに受け入れてんだよ」
呆れたようなジェレンス先生だけど、すぐに口を閉じた。ナヴァト忍者に、襟首を掴まれたのである。
「怒ってますよ」
「おい、喉詰ま、る」
「呪符で縛るまでもなく、このまま殺してもいいかと思うくらい、怒ってます」
わーっ!
ナヴァト忍者ステイ! ステイ!
「待って待って、わたしが悪かった、ごめん! ごめんだから、手を引いて」
「ジェレンス先生に、怒ってるんですよ」
こいつが、と地の底を這うほど低い声で、ナヴァト忍者はつづける。
「あれだけいわれてもまだ、自覚なく傲慢だから。今、殺しておかないと、聖女様の命を無駄に散らせることになるかもしれません」
「殺し合い、禁止! ……あっ、一方的な殺戮も禁止! 離してあげて、ジェレンス先生の顔色がおかしくなってるから!」
「おかしくしたので当然です」
そういって、ナヴァト忍者は手をはなした。
ジェレンス先生の喉から、ヒューッ、と音が漏れる。それから咳き込んだ……リートを見ると、肩をすくめられる。生属性魔法でのフォローの必要なしってこと? そういうことだよね?
「おま……もうちょい、手加減、しろや」
「手加減? しましたよ、死んでないでしょう」
ここでわたし、ビビッと直感したよね。
ヤバいこれ。ナヴァト忍者って、シュルージュ様と同じ人種だ――つまり、必要なら躊躇なく殺人できる側の人間だ。
そりゃそうだよな。戦闘訓練受けてるし、王子の護衛も長くつとめてたわけで、いざというときに敵対する相手に情けをかけるようでは、話にならない。
パン屋の娘とは、そもそもの立ち位置が違うのである。
「待って。ほんとに待って。わたしがシュルージュ様にお約束した意味がなくなるから、待って!」
「ご命令とあらば」
ナヴァト忍者は従順に後退したけど、たぶんこれ「必要とあらば」とかいって、状況次第ではジェレンス先生を殺しにかかるぞ……そのとき、わたしが止められるとは限らない。大魔法使いであるジェレンス先生を物理で仕留めるには、一瞬の隙を突いて、一気にヤッチマウしかないと思われるからだ。
つまり、今のは示威行動であり、ほんとに手加減していたのだと思われる……。
感想:いきなりガチで殺しにくるほど野蛮じゃなくてヨカッタ!
またまた更新が遅れて申しわけありません。




