538 魔王ってこんな、かがやくように笑うの?
おっきくなった魔王に抱っこされる聖女の図……危険過ぎるだろ、あらゆる意味で!
さりとて、ちっちゃい魔王を抱っこする聖女の図というのも……逆よりは平和だけどね? それこそ、ぽかぽかあったかゆる次元なら許されると思うけどね?
ここ、そういう次元じゃないから!
そもそも、なんだけどさ。なんで抱っこ?
抱っこなんて言葉、久々に使ったよ! なんで魔王にせがまれてんの。おかしいだろ。
「……ひとつ、質問したいんだけど、いいかな?」
「抱っこしてくれたら」
「いや、抱っこから離れて。そこちょっと置いといて。しばらく忘れて?」
「……」
「知っておきたいの。あなたは、魔王なの?」
推定魔王は小首を傾げた。……あざとい! かっわいい!
生え揃ってきた髪は、青みを帯びた艶のある黒。さらっさらのストレートで、カットもブローもしてないのに、人気子役タレントのグラビア撮影か! くらいの整い具合である。
「わかんない」
これが近所のお子さんだったら、抱っこもやぶさかではなかった……!
かっわいい、キュンキュンするぅ!
「そっかぁ。じゃあ、どこから来たのかは覚えてる?」
聖女様、とナヴァト忍者がささやいた。交流は自重しろってことだな? 慎重にすべきという考えも、わからなくもないけど……そもそも、会話しなかったら爆速で成長してたわけだし。
推定魔王は、難しい顔をしている。
「わからない……ずっと、うた、きこえた」
「歌?」
「こんなの」
ふんふんふ〜んと推定魔王は鼻歌を一節。それから、うーんと唸ってまた首を傾げる……可愛いかよ!
「おっきしたら、いいことがいっぱい、やさしいママがいて、抱っこしてくれるって」
誰だよー、そんな歌をセットしたの!
「じゃあ……起きたらわたしが見えたから、ママだと思った感じ?」
推定魔王は、また首を傾げた……なんだろうこの……この小動物っぽさ! いや実際、小さいサイズの生き物ではあるからね? 現段階でね? ヴィジュアル的にこう……訴えかける力が強い。
どうしよう、可愛さに屈服して抱っこしちゃったら。
「あのね、えっとね……」
言葉まで可愛くなってきた! やめて!
「ゆっくりで大丈夫だよ」
「うん……んとね、そこにいたからママだと思ったのも、そうなんだけどね、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「ずっと、まわりにあって、あったかくて、やさしかったの。そういうの、似てるの」
……?????
魔王の周りに、あったかくて、やさ……しい……。
「あっ」
思いついてしまったが、いやそんな馬鹿な……ただの突飛な思いつきであり、誰かに鼻で笑ってほしい考えだ。まぁ誰かなどと曖昧にいう必要はなく……鼻で笑うなら弟じゃない方のリートだろうけども……。
同じ思考に辿り着いたらしいナヴァトが、まさか、とつぶやいた。
「興国の祖であられる、陛下が……」
ナヴァトが同じ思考にたどり着いたらしい。
魔王を囲んでいたというなら、封印だろうと考えるのが筋でしょ……信じがたいけど。
聖属性魔力って、本来は相反する力で魔王にとっては厭わしいものなんじゃないの? と、思わなくもないけど……それがまぁ「あったかくて、やさしい」と認識されていたらしいね?
……殴ってわからせる暴力的な封印をしたはずなのに、平和な夢じゃん……。
「へいか?」
「よくわからないけど、それってこう……これ?」
わたしは少しだけ魔力を放出してみた。もちろん、聖属性である。
推定魔王は、ぱぁっという笑顔になった……この子ほんとに魔王? 魔王ってこんな、かがやくように笑うの?
「それ! もっとほしい、抱っこして」
「また抱っこに戻っちゃったかぁー……」
「抱っこ!」
と、推定魔王は小さな両手をさしのべる。
……可愛い。抱っこしてあげたい。
頭の中にリートがあらわれて「危機意識」と冷淡に告げなければ、危なかった……。
「抱っこは、ちょっと無理かなぁ」
「なんで?」
「知らないひとを相手に、抱っこしたりされたりは、ダメ」
「知らなくないよ、知ってるよ。だって、ずっと、ずっとだったもん。ふわぁ、って……あったかくて。でも消えちゃったの。消えちゃったけど、ママがいたから、ママになったんだよね?」
……翻訳しよう。
たぶん、自分を包んでいたあたたかなもの――おそらく初代陛下の聖属性魔力――か消えたが、同種のあたたかさを帯びた人間が、目の前にいる。だから、もう一回包んで! ……が、抱っことイコールになっているのだ。
「これ、抱っこしてあげたらすべて解決するのでは」
思わず口走ったら、ナヴァト忍者が律儀かつ冷静に問い返してくれた。
「なにが解決するんですか」
「え、っと……魔王問題?」
「愚見ながら申し上げますれば、なにも解決しないように思われます」
まぁ……そうよね……。
「封印の具体的な方法を思いつくまで、保護してればいいと思わない? そうすれば、この子が魔王だったとしても悪さはできないわけだし」
「賛同いたしかねます」
そうよね……。そうよね!
「ママァ、もういい?」
「えっ、なに?」
「おっきくなって、いい?」
「まだ! まだよ〜、もうちょっと、ゆっくりしようよ。子どもにしかできないことっていうのも、あるんだから! あと、わたしはママじゃないからね?」
「ママ……」
推定魔王は顔をぐしゃっと歪めた。
あっ……これは……。
「ママァー! うわーん!」
泣いたー!
わたしが泣かせたー!
でもいわせてくれ、ママじゃない! ママでは! ない!
「ごめんごめん、泣かないで」
「ママァー、抱っこー!」
……ブレない!
「ママ」と「抱っこ」に関してはブレが皆無なの、なぜなんだ……。
泣いている推定魔王幼児が可愛くて、かわいそうで、もうどうしようもなく抱き上げたくなったけど――まさに、そのとき。
――それが魔王か?
耳元で声がした。
リートだ! 危機意識の鬼が来た!
かわいそうだけど推定魔王よ、これで君の抱っこ路線は消えた……。
「たぶん」
――赤子だと聞いていたが?
デスヨネー。
「すごい勢いで成長した。今は、お願いして成長を待ってもらってる」
――意味がわからん。
デスヨネー! わたしだって、わからんわ!
「わたしを母親だと思ってて、抱っこしてほしがってる。母親だと思った理由は、目が覚めるまで自分を包んでいた、心地よい力と似てるから……だ、そうですよ」
「ママァー! いいこにしたよー! いいこにしたから、抱っこー!」
大泣きしながら一歩、推定魔王が前に出た。
――うるさいな。
リートがリートである……。
――少し距離をとれないのか?
「追いかけてくるから……」
――幼児くらい、引き離せるだろう。ナヴァトに運んでもらえ。
「たぶんだけど、離れると成長加速するよ」
そして大人になって、今度はわたしを抱っこする側になると主張しているのである!
なんかもう……なにそれ?
自分が当事者じゃなければ呆れて笑ってたわー! 当事者じゃなくなりたーい!
「ママァー!」
――ママ?
鼻で笑う声である……。
ほらな! リートはリートだった!




