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52 心に教官を召喚せよ、厳しそうなやつ

 少しおどろいたように眉を上げてから、先輩は微笑んだ。


「そういう風に、訊いちゃうんだ?」


 相変わらず糖度の高い声だけど、逆に怖い。

 いや、誓約魔法で縛られてるわけだし、わたしが嫌がることはできないって相手だから危険はないけど、なんか怖い。……なんか! 怖い!

 申しわけございませんでしたーッ! と叫んで五体投地したい。


「……失礼なことを、申し上げました。すみません」

「謝ってほしいわけじゃないよ、お姫様」


 いつもなら距離を詰めそうなところなのに、ファビウス先輩は動かない。ただじっと、わたし見ている。考え深げに。

 やっぱり、なんか怖い……。


「いずれ、そういう話もあるとは思ってた。だけど、今、ここで、そういう感じ? って。ちょっと意外だっただけだよ。それで?」

「はい?」

「僕がどう答えれば、君は満足するの?」

「それはあの……どうお答えいただくかではなくて、事実をお教え願えればと」

「わかってないね、ルルベル。僕が否定すれば、君はそれを信じてくれるの? そうなんですか、安心しました! って笑顔を見せてくれるの?」


 そういわれると……返す言葉がない。

 立ち尽くしているわたしに、ファビウス先輩は静かに告げた。


「誰がなにを、どう説明したかわからないけど。僕の立場を教えてあげるよ。僕は、姉がこの国の王子に嫁いだときに、おまけのようにくっついて来た。なぜこの国に来たか、わかる?」

「お姉様が、お寂しくないように……と」

「僕と姉が仲うるわしいみたいな話になってるけど、そんなことはないからね」

「はい?」

「姉に限らない。僕は血族の誰とも親しくない。だから、厄介払いされてこの国に来たんだ。そんな祖国のために、はたらくと思う? 君を売ると思うの?」

「売るっていうか……だって、わたしは――」


 ファビウス先輩は目を伏せて、ささやいた。


「ねぇ、ルルベル。僕がそう説明したら、信じる?」

「わ……わかりません。調べると思います」

「誰に訊くの? 同級生たち? それとも教師かな。でも、僕の背景に東国セレンダーラを見るなら、かれらの背景にあるものも見てあげなよ」

「それって……」

「ローデンス殿下はわかりやすいよね。彼は姉姫と仲がいいから、たのまれて素直に引き受けたんだろう。あの娘を籠絡しなさい、って。彼の背景にあるのは、この国の王家だ。スタダンスは忠実な家臣だから、その方針に従う。生徒会の役員あたりは、だいたいそうだね」

「そんなのは、わかってます」


 強がって答えると、ファビウス先輩は笑みを深める。甘ったるい笑顔だ。


「そう? じゃあ、シスコ嬢のことはわかってる?」

「シスコ?」

「彼女の家は、東国との貿易で財をなしている。わかりやすくいうと、この国に、東国のものを高く売りつけて儲けてるんだ。だから、両国の力の均衡は重要な関心事だろうね。東国の方が上でないと困るんだ。でないと、関税なんかで酷いことになるから。彼女はどちらかといえば僕の味方だろう? 違う?」

「シスコは……シスコはそんな利害関係で助けてくれるわけじゃない!」


 頭に血がのぼって、思わず叫んでしまった。

 違うもの。シスコは……違う。たしかにファビウス先輩には好意的だったけど、それは遠い親戚だからで……。ああ、だから東国にも親戚がいるってことなんだ。

 でも。だけど。


「羨ましいね。彼女は君にそんなに信じてもらえてるんだ。じゃあ、リートはどうかな」

「リートは……」

「彼は君の護衛だよね」


 なんでか、ファビウス先輩はそんなことまで知っているようだった。

 いや、これはなんらかの引っ掛けかもしれない。うっかり認めないようにしないと。気をつけろ、ルルベル――そう思って、ああ、と絶望的な気分になる。

 わたしはすっかり、ファビウス先輩を敵扱いしてるんじゃないの?


「雇い主が誰か、知ってる?」

「……」

「王家だよ。もちろん、この国の」


 嘘だ、と思った。

 リートが王家に雇われてるなんて、そんな。だって彼は平民で、ウィブル先生の弟子で……エルフ校長も、リートの件は承知してるって話だったはず。

 ああ、でもエルフ校長はこんなこともいっていた。王家の要求を、もっと毅然としりぞけるべきだった、とか。ウィブル先生も、それはいろいろ要求されてるって話を……その中に、護衛としてリートを紛れ込ませることも含まれていたのだとしたら?

 だったら、筋が通る。

 リートの雇い主を明かしてくれれば後ろ盾として考える、ってわたしがいったとき。リートは微妙な態度だった。王子から逃げ隠れしておいて、王家を後ろ盾にします、なんて決めるはずがないからだ……。


「ルルベル」

「もう嫌です。聞きません」

「僕の弁明も聞いてくれないの?」

「順番がおかしいです。ほかのひとを貶める前に――」

「話したじゃないか。僕は国に義理なんかない、って。そういう意味では、誰より安全なのに。誰が君に僕のことを悪く吹き込んだの? いや、答えてくれなくていいよ。そいつを憎みたくなっちゃうだろ」


 あんなこと、訊かなければよかった。我慢していればよかった。

 今のわたしは疑心でいっぱいだ。


「……今日の訓練は終わりにする? でも、夕食は一緒にとる約束だったね。それもやめる?」

「訓練はします」


 わたしは口を引き結び、ぐっと顔を上げた。たぶん今、すっごいみっともない顔になってると思うけど、まぁしかたないじゃん。イケメンどもに比べたら、わたしの顔面なんてね。気にするこたぁないよ。うむ。

 見栄えじゃないんだ。度胸と根性と向上心だ!

 あと、看板娘に必要なのは、聞きたくないことを聞き流して適宜褒め言葉とかに変換して認識するシステムと、愛嬌。


「お許しください。たいへん失礼なことを申しました。身の程をわきまえない発言でした。……自分が聖属性に目覚めただけの平民である自覚を持たねばなりません!」

「急にどうしたの?」

「気もちを引き締めております!」


 心に教官を召喚するんだ。厳しそうなやつ。いでよ、軍曹!

 よし、まず理解しろ、おまえはこの地上で最下級の生き物だと!

 サー・イェッサー!

 訓練を終えるまでは、ただの食べて排泄して寝るだけの存在だ!

 サー・イェッサー!

 みごとに魔王を封印できる実力を得るまで、人権はないと思え!

 サー・イエッサー!


「……うん?」


 ファビウス先輩は当惑しているようだったが、納得は自分で勝手にしてほしい。わたしはわたしで、自分を納得させるのに忙しいのだ。

 何回でも確認する。色属性魔法による染色は、聖属性魔法の訓練に有用。というより、必須! だから、ファビウス先輩も必要!

 つまり、聖属性魔法の持ち主だから落としたろうかいと相手が考えるんなら、わたしだって色属性魔法の持ち主だから利用したろうかいと考えているのであり、まったくの、あいこでしょ!

 多少ハニトラ仕掛けられたとしても、わたしが断固として拒否すればそれで済むわけであり、仕掛けられなかったとしたら、それはそれでオッケー!

 よし。これでスッキリ!


「引き続き、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「いや、さっきまでの話はどうなったの?」

「気にしないことにしました!」


 お、先輩のポカン顔いただきました。ちょっと可愛いかも。


「そんなことできるの?」

「やり遂げます。今、わたしに必要なのは、聖属性魔法の熟練度を高めることなので。それ以外は雑音です!」

「……それで結局、僕のことは信じてくれるのかな」

「あ、それは保留でお願いします」

「保留」

「はい。信頼というものは、そのー……積み重ねていくものですので! 今はまだ、あんまりですね」

「あんまり」

「わたしは嘘がへたくそなので、これは率直な心情です。失礼かとは存じますが、あんまり、としか申し上げられません」


 ファビウス先輩は、やれやれって感じの顔をした。


「どうしよう。僕は君のことを信じられるかも」

「わたしが嘘がへただからですね!」

「うん、まぁ……うん、そういうことかもしれないね」

「そういうことだと思います。では先輩、つづきをお願いします。また、座って同じことやります?」

「いいよ、そうしよう」


 向かい合わせに座って手を繋ぐと、ファビウス先輩は例の上目遣いでささやいた。


「僕が君に恋を語っ……うっ」

「先輩、しっかりしてください!」


 コントかよ。

 ていうか、先輩が嫌な話をしてるあいだは誓約魔法が発動しなかったの、なんでだろうなぁ。わたし、ああいう話を聞きたかったってことかな……それはそれで、闇が深いな!


八月も終わりだ! 九月への突入にそなえろ!

サー・イエッサー!

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