51 呪文を唱えれば自分の属性以外の魔法も使える可能性
のんびり散策しようとするエルフ校長を急かしつつ、わたしも時には意趣を凝らしたお店の佇まいや瀟洒な住宅街に見惚れたりなどしてしまい。いや〜、雰囲気がよい街ですねルレンドル。観光で、ゆっくり来たい。
でも! 特訓しないと魔王に間に合わないので帰らせていただく!
結果、またしても上空から研修室にインしてしまったため、道が覚えづらい……。エルフ校長はわたしを下ろすと、自分はまたどこかへ飛んで行ってしまった。……自由だ。
「待ちかねたよ、ルルベル」
ファビウス先輩は椅子に腰かけ、長い足をこう……かっこよく組んでいた。今まで膝を突き合わせてばかりだったので、このポーズは初見。……えっなに、かっこよ!
「たいへん遅くなりました。申しわけありません」
「君に早く会いたかったのは間違いないけど、待つ時間も悪くはないよね。かならず、会えるとわかってるんだし」
はい、必殺上目遣いいただきました! ……いや、こんなものでは動じないぞ。
婚約という名の奴隷制度には、断固として反対である。それ以前に、王族とどうこうなる気はゼロだ! ナッシング!
だいたいさ、ローデンス王子殿下はまだいいよ。だって、王子ですってわかってるじゃん。ファビウス先輩はどうなのよ。まぁ貴族だろうね……くらいの雰囲気から、いや間違いなく高位貴族……からの、実は隣国の王子でしたー、ってさ! だまし討ちだろ! 卑怯なり!
そんな心情が顔に出てしまったのか、ファビウス先輩に心配された。
「どうかしたの? 具合でも悪い?」
「いえ」
大皿のソーセージをばりばり平らげる程度には絶好調ですよ、身体の方は。
……って考えて、気がついた。あーそうか。精神の方は、あんまり調子よくないのかもなぁ。
「訓練、ちょっと休む?」
「それはできません。わたしは早急に強くなる必要があります」
ジェレンス先生が斥候役をまかされる程度に、事態は進行しているのだ。多少、周りに不信感があったとしても、やめるわけにはいかない。
ファビウス先輩は有用だ。色属性魔法がなければ、わたしは自分の魔力を実感できない。なにができているか、できていないかさえ確認できないのだ。
「どうしたの」
気がつくと、ファビウス先輩が立ち上がっていた。お得意の上目遣いが使用不可ゾーンに入るというのに、わたしとの距離を詰めて、手を握る。
「あの……」
「手が冷たい」
このひとがやさしいのは、東国のためだ。わたしが聖属性に目覚めたからだ。
王子がやたらと食事に誘うのだって、同じ。先生たちが、あれこれと気をつかってくれるのも。
なにもかも、そう。皆が特別扱いしてくれるのは、わたしの属性が聖だからなのだ。
「明るい方を見るように、したいんですけど――」
思わずこぼれ出てしまった言葉に、ファビウス先輩は黙って耳をかたむけてくれた。
沈黙を埋めるために、わたしはつづける。
「――うまくいかなくて。それだけなので、大丈夫です」
「ひとが大丈夫って口にするときはね。だいたい、ほんとは大丈夫じゃないときなんだよ」
「そういうものでしょうか」
「ちゃんと大丈夫なときもあるけど」
でも、と先輩は低くつぶやいた。
「今の君は、大丈夫そうには見えないね」
「訓練はしたいです」
暫しの沈黙。それから、ファビウス先輩はうっすらと笑った。
なにを考えてるのか全然わからない。初対面からずっとだし、今さらだけど。
「じゃあ、負担が少なくて済むように、初日と同じ方法でやろうか」
「はい、お願いします」
みちびかれるまま、向かい合うように座った。
「まず、僕が魔力で覆うよ。それに沿うように魔力を流してみてね」
「わかりました」
「……今日は、手を握っても嫌がらないんだね」
そういわれてはじめて、先輩の「うっ」がなかったことに気がついた。
「あれっ? ほんとですね。慣れたんですかね」
「そうなのかな」
ラメ入り魔力に覆われるせいで、視界すべてがかがやいて見える。つまり、先輩の顔もキラッキラである。いやもうそんなキラキラせんでええがな、と思うくらい。もともと綺麗なんだし。
……エルフ校長とは質が違うんだよなぁ。エルフ校長はこう……尊い。
先輩は艶っぽいんだよな。どちらも現実離れした美形ではあるんだけど、なんていうか……先輩の方が、すぐそこにいる美形感があるというか。いやまぁ実際、そこにいるんだけどさ。
「魔力を流してみて」
「はい」
ていやっ! とわたしは手に力をこめた。魔力が自分から流れ出る感じがする。以前はこれを感覚することさえあやしかったんだから、わずか数日ですごい進歩である。我が成長の前に頭を垂れよ、魔王! ……って呪文みたいだなと考えて、気がついた。
この世界の魔法って、詠唱とかないのかな。なければないで、暗記するものが減るんだろうからいいんだけど。魔法の歴史の本に登場してたような気はするんだ……うっすらぼんやり。
「うん、いいね。初日とは段違いだよ」
「全然関係ない質問なんですけど、呪文が必要な魔法って、ないんですか?」
「呪文? 昔はあったけど、今は聞かないね。廃れちゃったんだ」
「そうなんですか」
やっぱり、昔はあったんだ。
「うん。たとえば戦場で火炎柱の呪文を詠唱したら、詠唱開始と同時に、相手が察するよね。気のきいた魔法使いがいれば、対抗呪文を用意して応じるだろう? いろいろ工夫されはしたけど、今は無詠唱が主流だね。魔力の感知と操作の訓練ができていれば、呪文で定義する必要がないから」
「なるほど……」
「呪文に強みがあるとしたら、少しなら自分の属性と関係ない魔法も使えるところかな。呪符みたいに」
えっ。すごい話が出てきた! 期待が高まる!
「じゃあ、わたしも呪文詠唱を勉強したら、ほかの魔法が使えるってことですか?」
「理論的にはそうだけど、効率が最悪なんだ。たとえば、火属性の魔法使いならここの天井まで届くような火柱を出せる呪文でも、僕が唱えたら指一本ぶんくらいになっちゃう」
……駄目だ。呪文詠唱は駄目だ。
そんなにがっかりしないで、と先輩は苦笑した。
「呪文が廃れた最終的な要因は、呪符に落とし込めるようになったから、だよ。詠唱に時間がかかる、相手が察してしまう、そこをどうする? って問いへの回答なんだろうね。個人の得意属性と無関係の魔法を使えるのも、その路線を追求していったからだろう。だから、呪符魔法ならルルベルの期待に応えられるよ」
「あの……校長先生は、なんかエルフ語っぽいものを使ってるのかなって思うんですけど」
「うん、あれはエルフ語で、世界に遍在する精霊と交流してるんだ。だから、呪文っていうよりは……自然へのお願いみたいな感じ? 人間が覚えても、あんまり効果はないと思う」
なんとなく、納得である。あれはエルフ校長だから使える。なるほど。
しかし、聖属性魔法使いにできること、ほんと少ないな。
「ルルベル、気を散らさないで。厚みがばらばらになってるよ」
「あっ、えっ……はい!」
「だけど、喋りながらでも全身覆えてるね。自分で感じられる?」
「えっ? えっと……たぶん?」
「手をはなすよ」
そういって、ファビウス先輩は立ち上がった。先輩カラーの魔力も同時に引いていく。
わたしの魔力が揺れた。支えがなくなって、とたんに不安定になっている。全然、自立できてない。
いやいや、踏ん張れルルベル。相手はハニトラ要員の卑怯な王子様だ。依存してどうする。自分の力だけで魔力の覆いを実現させるんだ! 見返してやれ!
そのあいだに、ファビウス先輩はわたしの全身を観察できる位置に立った。
「とてもいいよ。綺麗に覆えてる」
「ありがとうございます!」
「そのまま動けるか、やってみようか。まず、立ち上がって」
いきなり難易度高い気がするが! やってみせるぞ、絶対に!
おそるおそる立ち上がると、わたしを覆ってる魔力の膜が揺れ、厚みが変化した。踏ん張れ……踏ん張れ……ああ、踏ん張り過ぎて中腰の変な姿勢になりそうだけど、なんとか……よし、ちゃんと立てた!
「よくできたね。すごい進歩だ! 僕も嬉しいよ」
思わず、わたしはファビウス先輩を見た。
言葉通り、先輩はほんとうに嬉しそうな笑顔で――魔法に夢中になる、ただの十六歳の男の子みたいで。それを見たとたん、わたしの集中が切れた。魔力がパッと散ってしまう。一瞬で、消えてしまった。
「ああ……声をかけない方がよかったかな。ごめんね」
「いえ、自分のせいです」
原因は、わかってる。誰にも利用されたりしないんだ、という方向性で頑張っていた自分が、嫌になったから。それで消えちゃったんだ。
「ファビウス先輩、訊いていいですか」
「なに?」
「先輩は東国の王子様で、国の威信のために、わたしを取り込もうとしてるって……ほんとですか?」
訊いちゃった。口を葉っぱにして我慢できない方だからな!




