446 諦めず、腐らず、夢を捨てずに
わたしもしょんぼりだが、エルフ校長も萎れていた。
曰く「僕のやりかたが、駄目だったのでしょう」とのこと。
見顕しの呪文のプレゼンテーションが? いやいや、あれすごかったよ? あんだけやって駄目って、問題があるのはわたしの方だと思うけど。
しょんぼりしてもお腹は減るので、その日も食堂に行った。
卒業後の進路について、シデロアの考えをさりげなく聞き出す……というタスクがあるのでね。せめて、それくらいは! 達成したい!
ところが、である。
「……あれっ、シデロアはいないの?」
いないのである……。
アリアンもいない。つまり、今日の食卓は平民席だ。少し前なら、今夜は気楽でいいわねーって感じだったと思うけど……実際には、伯爵令嬢ズの不在を寂しく感じる始末。
慣れって怖い。
「今日はお休みだったの」
「ふたりとも?」
「そうなのよ……昨晩、あんな感じだったでしょう? 気になるわ」
「うん。リラ、アリアンのところに行ってみるつもりだから、もう帰るね。時間、遅くなり過ぎるし」
「えっ?」
思わぬ申し出に、わたしは眼をしばたたいた。
人見知りのリルリラが、伯爵令嬢のお宅に――つまり伯爵家に行ってみる?
「あのね、探してる本がみつかったら、いつでも持って来てほしいって、いわれてるの。だから……」
「みつかったの?」
「輸送に問題なければ、入荷してるはずなの。それが駄目でも、アリアンが読んでる本のつづきが新しく出たばかりだし、ほんとは今夜、うちの店に寄って帰るかもっていわれてたのね。だから、その本を持って行けば問題ないの」
……すごい成長してる! シスコにべったりだったのが、なんということでしょう!
「でもリラ、無理に聞き出したりはしないでね」
「シスコにも、いわれた……。うん、気をつけるね。でもね、リラが心配してるのは、本の話ばっかりして、ほかを忘れちゃうかもってこと」
君、そんなに本大好き人間だったっけ? えっ、初出とキャラ変わってない? シスコやアリアンと話してるうちに感化されちゃったのかな。
……ありそう〜!
「それはそれで、いいんじゃないかな」
「でも……」
「たとえその、核心? にふれるような話はしなくてもさ。なんとなく気遣ってるよ、って雰囲気が伝わればさ。アリアンも気分転換したいかもしれないじゃない? だったら、関係ない話で盛り上がれるのって、すごく良いと思うよ!」
「わたしもそう思うわ」
すかさずシスコがアシストをしてくれて、リルリラの視線がそちらに向かう。
「そうなの?」
「ええ。だってわたしたち、部外者じゃない? 無理にその話をするべきじゃないと思うの。もちろん、アリアン自身が話したがっていれば別だけど」
「リラ、そういうのよくわからないから……シスコも来る?」
「わたしも行くと『店の者が参りました』じゃ、なくなってしまうわ」
ご学友が世間話をしに訪れるには、遅過ぎる時間である。正直、店の者が参りましたも常識的にはアウトだろう。事前の口約束があるからアタックしてみる、ってだけで。
それでも、地位と財産を併せ持つ贔屓筋との取引なら、非常識な時間帯にも対応可なのが店というもの。実をいうと、例のブレスレット。ファビウス先輩がお店のひとを呼んだのは、もう夜ですけど? って時間帯だった。それでも、当然のように呼ぶし、呼ばれるし、注文は通るのである。
上流相手の客商売、大変だな……。
「……うん。リラ、頑張る」
リルリラは思いっきり不安げな表情。いってることと顔が一致してない。頑張れ!
シスコとわたしの声援を受け、リルリラは食堂を出て行った。一回、店に寄るらしいけど……夕飯はいつ食べるんだろう。
「難しいねぇ、人間関係」
「そうね」
残された我々は、いつものようにリートが並べてくれていた料理の皿から、適当なものをいただいた。
今日の気分はソーセージかな……ソーセージといえばジェレンス先生が思い浮かぶ。ジェレンス先生馴染みの店のソーセージはプリップリのジュワッで美味しかったが、魔法学園の食堂も負けてはいない。こっちの方が、ちょっと皮がやわらかいかも。噛みちぎりやすくて助かる。……お貴族様仕様なのかな。基本、ここの生徒って貴族だし。
「人間関係っていうか……社会が、難しいね」
「社会?」
季節野菜のポタージュを口に入れながら、わたしは考える。
この話題、むちゃくちゃセンシティヴだよな。シスコとわたしの間柄であっても、立ち入りづらいと感じる程度には。
「昨日、校長室でちょっと話したけどさ。学園を卒業後の女子生徒の進路が、けっこう……教育があまり役立ってないというか、実力を活かせる方向じゃないというか……そういうのが多いって。校長先生が、おっしゃってて」
「うん」
「シデロアも……」
言葉がつづかなくて、わたしはまたポタージュをすくった。
女子が社会に求められるのって、結婚して子どもを産むことだけなんだろうか。
シデロアを見てると、そう感じる――魔力がある、ちゃんと魔法が使えるという貴族「らしさ」を周囲に喧伝するために、魔法学園に入って。でも、必要とされてるのはそれだけ。日本語でいえば「箔を付ける」ってやつ。魔法を深く理解する必要はない。実技が巧みでなくてもいい。
そんなのって。そんなのってさぁ……!
「……先は長いなぁ」
わたしは平民で、聖属性だから。そっちはそっちで、大変さはある。
礼儀作法はおろか、社交のなんたるやも知らない状態で上流階級との交流を迫られたり。魔王の眷属の脅威が身近になったとたん、呼ばれるというか……拉致されたり?
聖女という型を求められているのは間違いないけど、しとやかに微笑んでいればオッケーという業務じゃない。自分の力を鍛えれば評価される。シデロアや、ほかの貴族の子女が感じているような閉塞感とは無縁だろう。
「それってきっと、終わりのない戦いね」
「先が長い、とは違って?」
シスコは深くうなずき、わたしの眼を覗き込んだ。
「女子の進路が、今より自由になってほしいわよね?」
「うん」
「それが実現しても、終わりじゃないと思うの。たとえば、男子の進路だって、ある意味固定化されているわ」
「男子の……ああそうか」
長男は跡取り。自由なんて、どこにもない。次男以下はスペアだから多少の自由はあるけど、だからって無限の選択肢があるわけじゃない。
平民はカオスが基本だけど、まぁ親の仕事かその周辺領域に行くよね。平民の世界は狭いのよ……選択肢があるということすら、気づけない。そういう暮らしをしてるのがド平民。じゃあ上流はっていうと、上流の面子があるから、へたな職業は選べないのである。家の恥になったら困るから。
漠然とした「さすがあの家の息子」という理想像に、男子だって縛られているのだ。
だから、魔法学園でもっとも熱心に学んでいるのは貴族の次男以下っていうのは、なんとなく知ってる。これはもう、在籍したら肌感でわかるってやつだ。
社会的に誇れるような地位と収入がある魔法使いの求人って……そんなに多くはないらしい。基本給が高過ぎて、雇用主になれるのがそれこそ国家機関か豪商くらい。社会的地位でいえば、国家機関一択だろう――だって、貴族の子が平民の成り上がりに仕えるんじゃ、面子が立たないからね。
「もっと実力主義になればいいのかなぁ」
「そうなったらなったで、力がない者はどう生きるのかって問題があると思うの」
「ああ……そうだよね。そうか。うまくいかないのはすべて、おまえに力がないからだ――なんて蔑まれることになるんだろうな」
嫌な想像しちゃったなぁ。
せっかくの美味しいポタージュが、無って感じになるよ。無!
「誰もが納得する素晴らしい社会って、実現しないのかもしれないわね」
「そうだね……でも、だからって諦めるのは違うと思う! 少しずつ、ひとつずつでも変えていかないと。改善したと思ったことが間違いだったりするかもだけどさ。でも、校長先生がいってたもん。間違うのは当然だから、間違っていいんだって」
シスコは少し眼をみはってから、うん、とうなずいた。
「さすがルルベルね。わたし、あなたの友人であることを誇りに思うわ」
「わたしこそ! だよ」
「いつか、もっと自由に生きられるようになるといいわね。わたしたち、皆が」
「うん。そう思う」
その「いつか」が、今日や明日にはなり得ないとしても……諦めず、腐らず、夢を捨てずに生きたい。
皆が、そうなれるといいな……。




