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#11 コークスVSコボルト

 静かな滑り出しだった。


 王都ロメリアで最強を誇る剣闘士、灰色ゴブリンのコークスと、挑戦者であるコボルトの戦い。

 円形の、ただチョークで線を引いただけの簡素な試合場。その中央で今、二人の戦士がいよいよ接触する。


 互いの得物のリーチで考えればコークスの方が有利である。しかしコボルト側は盾を装備している。それと肩からタスキ掛けのようにして防具を装着し、腹を守っている。コークスは両手に剣を持っているものの、防具の類は身につけていない。


 動くスピードは小柄なコボルトの方が上だ。しきりに上体を動かし、コークスの攻撃を誘っている。体格で劣る分、ヒット&アウェイで戦うつもりなのだろうか。


 コークスは何の構えも取っていない。剣を握った両手をだらりと垂らして、正面を向いて棒立ちだ。こちらも隙を晒しコボルトの先制攻撃を待っているのかもしれない。


 ゆらりと上体を揺らし様子を窺っているように見えたコボルトがここで深く身を沈めた。そして右足を大きく踏み込む。


 コークスは対応するべく、右の剣を振り上げようとした。多分、低い姿勢から突っ込んでこようとするコボルトの動きをけん制するため。あわよくば、コボルトの方から剣の軌道上へ突撃してくるのも狙っていたのかもしれない。


 が、そうはならなかった。右足を踏み込む動作を、コボルトは中断した。前へ出ようとしている右足を空中で停止し、地面へ蹴り込んだ。人間よりも犬に近い足の爪が地面に潜り込み、次に右足を跳ね上げるのに合わせ土埃が舞い上がる。少量の砂粒がコークスの顔面へ降りかかる。


 はじめから、これ狙いか。うまい。

 砂粒をコークスの目に当てて一瞬視界を奪う作戦だ。狡猾であり、狙いも正確だ。恐らくこのコボルトの得意技なのだろう。


 土埃を舞わせながら一気に間合いを詰めるコボルト。盾を装着した左腕を使ってコークスの振り上げてくる右の剣を外側へ弾き、がら空きになった胴体目掛けて短剣を突き入れる。


 俺は、すぐ隣で観客が息を呑む音を聞いた。これほど早期に、決着が!?


 ザウッ!!!


 否、そうはならない。

 鋭い剣閃がコボルトの頭上から降り掛かり、迅速に飛びのいた彼の一瞬前まで立っていた地点を叩いて土煙を巻き上げる。


 コークスの対応は、早かった。懐に潜り込まれたと見るや即座に左の剣でコボルトを両断しにかかった。あの体勢からでは体幹の捻りを活かせない。ただ腕力のみを使った振り下ろしになる。故に通常であれば威力は乗らない。しかし過積載されたコークスの筋肉は、尋常ならざる膂力(りょりょく)は、単なる手打ちの一撃を必殺の斬撃へと変える。


 しかしこれをかわしたコボルトもまた只者ではない。土煙の中に彼の毛髪が混じっている。本当にギリギリのところで回避したようだ。コークスの対戦相手に名乗りを上げるだけあって、敏捷さは相当なものだ。そして先ほどの奇抜な手口といい、かなり場数を踏んでいそうだ。


 最初の一合で互いに、相手の力量をある程度理解したはずだ。


 低い姿勢で構えるコボルトがだらりと赤い舌を垂らして肩で息をしている。舌の先端から汗が滴り落ちている。こういうところは、犬っぽい。肝を冷やした、みたいな表情をしている。


「面白い戦い方をする」


 コークスがしみじみと言った。そして右の剣を深く、地面へ突き刺した。


「……何の真似だ!?」


 コボルトが問う。


「ふふっ、久々に喰らい甲斐のある相手と巡り合えたようだからな、もっと楽しみたいと思ってね」


 言いながら力の限り、左の剣を地面へ突き入れた。これで2本の剣を両方とも手放したことになる。

 武器を自ら、放棄した!?


「ハンデ、というわけではない。今日はいろんな戦い方をしたいと考えている。普段のように二刀でねじ伏せのもいいが、たまには素手で戦ってみるのも一興だ。あらん限りの俺を、見せておきたいんだよ」


 水平に、コークスが右手を動かした。人差し指を突き出し、この俺に向ける。


「次の、対戦相手にね」


 何っ!?


 コークスの言葉を受けてこの場にいる全ての観客の目が一斉に俺へと向けられる。


「次の対戦相手!?」

「アイツが!?」

「ヒョロっちいぞ」

「あんな奴が!?」


 口々に、観客が俺の感想を喚いていく。場が、騒然となった。


「その為に観戦に来たんだろ?」


 挑発的なコークスの視線が真っ直ぐに俺を射抜く。バレていたのか、俺が見ていることが。


「あの雑魚ゴブリンと戦うお前を見て、俺は心が躍ったよ。正直、飽き飽きしていたんだぜ、ああいう雑魚の相手をしてやるのに。戦い続けていればいずれ俺に匹敵する相手と巡り合えると思っていたんだが、一向にそんな奴は現れない。俺はこのまま、退屈な生活が一生続くんじゃないかと諦めかけていたんだ。そこへ、お前が現れた」


 異様な静けさが訪れた。コークスの語りを観客全員が傾聴している。俺とコークスとを見比べながら、事の成り行きを全員が固唾を呑んで見守っているこの状況。


「これまで俺が見たことのない動きだった。人間が、ナックルダスターを装備していたとは言え、ゴブリンをあそこまで一方的に殴り倒すとは。しかも予め攻撃がどこへ来るのかわかっていたかのような完璧な回避、スムーズな攻撃への転化……俺がこれまで遭遇したことのない種類の格闘術だとピンと来た。是非、お前のそれを直に味わってみたい。全てを晒け出したお前を、この俺が叩き潰してやりたい」


 恍惚とした表情で、熱に浮かされながらコークスは語り続けた。歪んだ愛の告白のような言葉の数々は俺にとっては、不快以外の何物でもない。俺はこいつのようなバトルジャンキーではない。


「だからまずはお前が堪能してくれ。この俺の、戦い方を」


 戦闘中であるにも関わらず滔々と語り続けるコークスの背中はさぞや隙だらけだったに違いない。それなのにコボルトは不意打ちできなかった。この空間にいる観客も、コボルトも、そして俺も、全員が呑まれていた。コークスの持つ磁力、華に。


 いけ好かない野郎だが、コークスには見るものを惹き付けて止まない魅力があった。最強の剣闘士として血なまぐさい戦いの舞台に立ち続けた者の持つ、圧倒的な迫力。


「というわけだ」


 コークスはようやく視線を俺から離し、本来の対戦相手であるコボルトへ向けた。


「お前はその盾と剣を存分に使うがいい。この俺は、武器無し、防具無しで行く。こんな好機は二度とないぞ。最強の剣闘士を斬り殺すまたとないチャンスだ」


「な、舐めやがって!!」


 激昂したコボルトは、一気にコークスとの距離を詰めにかかった。身体能力は人間の比ではない。一歩で間合いを潰し、コークスの拳は届かず自分の剣は届く絶妙な位置取りを行った。


「死ねぇ!!」


 鋭い突きがコークスへ降り掛かる。まるでボクシングのジャブのように素早く何度も、突きは繰り返された。剣がある分、コボルトのリーチが今は勝っている。

 しかし一発もクリーンヒットしない。コークスの皮膚をかすめていくだけ。ウィービングやダッキングに似た回避の動作を用いて、コークスは剣を至近距離で回避し続けている。動体視力がズバ抜けている。コボルトの剣も決して鈍くはない。しかし格が違う。


「チイッ!」


 焦りが生まれたコボルトが深く突き入れた剣を半身になって回避したコークスの左拳が、裏拳となって顔面を強烈に叩いた。その威力にコボルトの首が大きく仰け反った。

 空中で伸びきっているコボルトの右腕を、コークスは素早く自身の左腋(ひだりわき)に抱え込む。そして腕に万力のような力を込めた。するとすぐに、


 ビギィ!!


 骨が折られる背筋の凍るような音が、聞こえてきた。と同時に、コボルトの悲鳴。


「ピーピー喚くなよ、子犬ちゃん」


 グシャアッ!!


 頭突き。

 コボルトの頭蓋骨がその一撃でひしゃげて、鼻と口から鮮血が溢れ出した。


 更にもう一発。コボルトはこれで白目を剥いた。意識が吹っ飛んだようだ。全身から力が抜け、だらんとその場に崩れ落ちようとした。しかし右腕を抱えられているから倒れられない。


 コークスは、対戦相手の鮮血をべったりと顔面に張り付かせたまま、再び俺の方を向いた。


「どうだった? 楽しんでもらえたかな?」


 血の絡んだ歯を見せて、嗤う。


「趣味が……悪いぜ」


「血を見るのは好きじゃないのか。ふぅん……」


 コークスは右手で気絶しているコボルトの顔面を鷲掴みにしてそのまま宙へと持ち上げる。


「じゃ、もう終わりにしようか!!」


 何の躊躇もなく、後頭部から真っ逆様に、地面へコボルトを叩き付けた。気を失っているから受身は取れない。衝撃はそのまま素直に頚椎が請負う事になる。


 結果は、言わずもがな。


 コークスが手を離した時、コボルトの頭部は本来曲がるはずのない方向を向いていた。即死だ。


「……おいマグナス、聞いてたのと違うじゃん。半殺しにするだけじゃなかったのかよ」


 凄惨な決着に思わず声が上ずってしまう。


「お、俺に言われても。こんな荒ぶったコークス、見たことねぇよ!」


 興奮しているのか、コークスは。

 それほどまでに俺を好敵手として、認めているということか。


「昨日も言った通り、俺はいつでもお前の挑戦を受けてやる。覚悟が出来次第、挑んで来い」


 コークスが言った。そして、物言わぬ死体と化したコボルトを一瞥し、踵を返した。地面に突き刺した2本の剣を抜き取り、引き揚げてゆく。

 その姿はすぐに見えなくなったが、観客たちは誰も帰ろうとはしなかった。皆、固まってしまっていた。コークスの戦慄すべき強さと、そんな彼をして「心が躍った」と言わしめた俺の存在に。


 外堀をどんどん埋められていってる気分だ。これはヤバい。

 ってか、勝てるのかアイツに。


 最初は自信満々だったのにこんな戦いを見せられたらすっかり不安になってきたぞ。

 に、逃げたい……。

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