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#10 裏の剣闘士試合

 “裏”の闘技場は、とても意外な場所に存在していた。表向きは単なる商店。工芸品も野菜も売っている雑貨屋といった感じの店だ。しかし店主に「試合を見に来た」とマグナスが声をかけると、専用の通路へ案内してくれた。ちなみに賭けに参加する場合はここでその旨を伝えることになっているらしい。


 薄暗い通路上には、試合開始を待つ観客達がたむろしている。狭い箱のライブハウスのような、躁状態の観客達の放つ熱気。通路の先の扉はまだ開かれていないようだ。中がどうなっているのかは不明。


「その身なりでよく通してもらえたな」


 ホームレス感全開のマグナスに向かって、俺は無遠慮に言ってみた。


「身なりなんか気にするヤツは“裏”にはいねぇぜ。客も出場選手も、差別はしねぇ。それに貧乏人なんざ、ここいらにゃ腐るほどいるぜ」


 マグナスはあちこちの客を指差していく。そちらへ視線を向ければなるほど確かに、明らかに小汚ない連中がいた。彼らも、なけなしの金を試合に賭けるのだろうか。いや、コークスの試合は賭けとしてはほぼ成り立たないんだっけ。


「“裏”の胴元はヤバい奴らもいるからな。ここみたいに入場がタダのところも多いが、みんなマナーを守ってるよ」


 ということは、“裏”の試合は闇の組織の資金源となっているのかな。にしては、イリヤさんの口振りからして取り締まりは行われていないようだった。半ば黙認している形か。“裏”で人気と実力をつけて“表”に上がってくる者もいると言っていた。回り回って、政府に利潤が流れてくるようになってるのか。


 その時、奥の方で動きがあった。観音開きの扉がゆっくりと開いてゆく。いよいよ、入場開始のようだ。


 一斉に我先にと観客達が雪崩れ込んでいく。


「開いたな、俺達も行くか」


 マグナスに促され、俺は他の観客にぶつかられつつ試合場へ小走りに進む。


 扉を抜けた先、俺が目にしたのは思っていたのとまるで違う光景。コロッセオやコンサートホールのようなものを想像していたが、そこにあったのはもっとずっと、言っちゃ悪いが貧相な試合場だった。


 綺麗に掃き清められた土の上にチョークのような白い粉で円が描かれている。その円より外側に観客達が立っていた。椅子など、一つもない。オールスタンディングだ。


 急拵(きゅうこしらえ)の相撲の土俵のような。


「こんなところで試合をするのか。人気ナンバー1の剣闘士が……」


 いささか、不釣り合いに思えた。華々しくスポットライトを浴びて戦う姿ばかり想像していた。


「コークスは吹っ掛けられた喧嘩は、一切拒否しない。たとえ連日の試合になろうと必ず受ける」


「必ず? 怪我とかしてても?」


「受ける。奴は、絶対に戦いから逃げない」


「そうなのか……」


「王都にはコークスを倒して名を挙げようとする剣闘士がわんさかやってくる。そいつらを片っ端から、奴はぶちのめしてきた」


 コークスについての話題になる度、俺はその強さを嫌と言うほど聞かされてきた。コークスは剣闘士試合において、ほぼ神格化されていると言っていいだろう。だから帝国も彼の素行の悪さについて大目に見ているのだ。客寄せパンダならぬ、客寄せゴブリンか。


「今日の相手もきっと負ける。よくその目に焼き付けておくんだな、奴の戦いを。そうすりゃ、挑む気なんか失せちまうだろうよ」


 実際、戦う気が萎えたらどうしよう。ちょっと弱気になるじゃないか、そこまで言われたら。

 でも、カッコつけちゃった手前、今更止められないよなぁ。何とか対策を考えないとな。スキル頼りで勝てるほど甘い相手ではなさそうだし。


 と、ここで観客の一部がひときわ大きな歓声を上げた。そして人の波が割れ、即席の花道ができる。


「おい、いよいよお出ましだぜ!」


 奇しくも花道は俺の真正面にあった。だから俺からはその光景がはっきりと見えた。


 コークスと、その対戦相手である小柄な狗頭族(コボルト)が並んで入場してきた。どちらも相手と目を合わせず、まっすぐに歩いてくる。花道といってもそれはあくまで観衆が一時的に退いたことで出来た空間に過ぎない。二人の剣闘士とそれを取り囲むボディーガードが通過すると花道は自然に消滅した。


 やがて土俵のようなサークル内に、二人の剣闘士が足を踏み入れた。ここで彼らを守っていたガードマンが散開した。


 俺の勝手なイメージだが、こういった試合ではそれぞれの選手が別の入場口から出てきて顔を合わせるものだと思っていた。こうやって並んで登場することがやや意外だった。まぁ狭い試合場だから、そこまでの配慮や演出も出来ないのだろう。選手控え室すら、あるのかどうか。


 サークルは直径が10メートルくらいだろうか。土俵よりは幾分広いが、得物を振り回しながらの戦いであればこれでも狭いかもしれない。


 コークスは2メートルを超えようかという巨体。その灰色の体は筋肉の塊だ。そしてマグナスの言った通り、両手に諸刃のロングソード。

 対するコボルトは身長が低い。160センチくらいだろうか。やや猫背気味だから余計に小さく見える。シェパード犬のような頭部、全身に柔らかくしなやかな毛が生えている。大型犬が後肢で立ち上がっているかのようなフォルム。けれどその手は人間のものとほとんど変わらないし、足の形状も人に近い。左手に丸い盾を装着し、右手に直刃の取り回ししやすそうな短剣。


 大人と子供くらいの体格差だ。


「これじゃああんまりにも……」


 差がありすぎる。


 しかしコボルトの目に怯えの色はない。むしろ炯炯(けいけい)と輝いて、とてもアグレッシブな印象を与える。剥き出しの牙も、これからコークスを喰ってのし上がってやるという野心を感じさせる。


「あのコボルトもきっと町の外から来たんだろうな。コークスを筋肉だけの鈍重な戦士だと思い込んでいるに違いない」


 マグナスが言う。


「違うのか?」


「そもそも技量が高くなければ二刀は扱えない。それに……いや、まぁ口で言うより自分の目で見てみな。その方が早い」


 司会も、審判もいない。ゴングもない。呆気ないほどあっさりと試合は開始された。いつ始まったのかもわからないくらい静かに、一定の距離を置いて対峙していた両者がじわりと動き始めたのだ。


 さぁ、いよいよ俺はこれから、最強の剣闘士であるコークスの戦いを目撃することになる。

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