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第七章 乙女の楽園と過去話02

「ウチの大学はランクこそ高くはないが、プロレス部――特に女子プロレス部だけは名門でな、今まで数多くのスター選手を輩出してきた。当然その分練習も厳しくてな、入部希望者は多いんだが半分は一ヶ月も保たずに辞めていく――」


 興味津々に、黙って耳を傾ける新人達。

 ただ、この辺りまでの話は彼女達も知ってはいたし、特に驚きもしなかった。


 しかし、そんな彼女達も智子が口にする次の言葉で驚き、目を丸くするのだった。


「ただ、残った半分も、夏の合宿で八割方辞めて行くんだ」

「は、八割っ!? 残った半分の内ですか?」

「ああ、当時は夏合宿の後も残る一年なんて、ほんの一握りだった」


 名門のプロレス部――当然、入部希望者のほとんどは、何らかの格闘技経験者であろう。


 それが、ほとんど残らずに辞めて行くなんて……

 新人達はその合宿の厳しさを想像する事さえも出来ず、揃って言葉を失った。


「そんで、初めて佐野や栗原に会ったのは、わたしが一年の時……その夏合宿の時なんだよ」


 智子はそこで一旦話を区切り、缶ビールへと口を付ける。

 そんな智子に沈黙を守りながらも、好奇心に満ちた目で続きを促す新人達。


「ところでお前ら、泉流寺(せんりゅうじ)って知っているか?」


 一人で喋る事に飽きたのか、智子は新人達へと話を振った。


「泉流寺……? どこかで聞いた事のあるような……」

「わたし、知ってます。乙女山の上にあるお寺ですよね。わたしバスで通ってるんですけど、途中に泉流寺山門前ってバス亭もありますよ」

「おおっ、あの寺か」

「そう、その寺だ――」


 新人達の反応に一つ相槌を入れ、智子は再びゆっくりと続きを語り出す。


「その泉流寺は尼寺でな。プロレス部(ウチ)の女子は、毎年そこで合宿するのが恒例なんだが――まあっ、その寺ってぇのが、子供の頃の佐野と栗原がよく遊んでいた遊び場だったって事だ」

「まあ、尼寺って言っても、女住職のミズルさん――お寺の名前と同じ泉流って書いてミズルって読むんだけど、その泉流さんが一人でやっているお寺ってだけで、特に男子禁制だとか、そうゆう決まりはないんだけどね」


 新人達を挟んで智子の正面に立ち、補足する様に言葉を挟むかぐや。


「佐野なんかは、今でもたまにアソコで自主練してるみたいだしな。それに佐野も栗原も、子供の頃から泉流さんには孫みたいに可愛がられていたようだし」

「ええ、ホントに可愛がられいましたよ……色んな意味で……」


 言葉の内容とはうらはらに、かぐやはげんなりとした顔でため息をつく。


「優人も優人で泉流さんに懐いていたから、泉流さんの言う事は何でも信じて――『ゆう坊は、将来プロレスラーになりたいんじゃろ? ならばまずは足腰を鍛える事じゃ。そして足腰を鍛えるには、雑巾がけが一番じゃぞ』なんて言われれば、寺中を雑巾がけして回っていたし……少しは付き合うコッチの身にもなれってぇの!」

「ぷっ……その騙されやすくて乗せられやすいところ、お兄様らしいですわね」

「はい、なんかその時の様子が、簡単に想像出来ます」

「ただ、ありゃぁ~誰かがしっかり見てねぇと、将来女に騙されて身を持ち崩すタイプだぜ、きっと」


 かぐやの話に、ほのぼのとした笑みを浮かべていた三人娘は、その笑顔を含み笑いに変え、視線を一点に集中させた。


「な、なにコッチ見てんのよ?」

「「「いえ、べつにぃ~」」」

「ふんっ! 優人が将来、誰に騙されようと、わたしの知った事じゃないわよ」

『『『ツンデレ……』』』


 頬を膨らさせソッポを向くかぐやに、逆さにしたカマボコの断面みたいなジト目を向ける新人達。


 そんな若者達を前に、智子は肩を竦めながらゴディバのチョコを一つ摘んだ。


「ただ、あながちウソって事でもないだろ? お前達の足腰の強さと握力(クラッチ)の強さの一端は、その雑巾がけのおかげだ」

「ま、まあ、確かにそうかもしれませんけど……でも、小学生にビールのケースを担がせて、あの石段を登らせたりなんていうのは、やっぱりやり過ぎとゆうか……」


 かぐや自身にも、その自覚はあるのだろう。出る反論の言葉も語尾がドンドンと弱くなっていく。

 智子は口籠るかぐやの姿を見て微笑ましく目を細めると、仕切り直す様にパンッと手を叩いた。


「さて、少し話が逸れてしまったな。とにかく、わたしが大学の一年で、栗原達は確か――」

「小三です」

「そう、小三だ。その時の合宿で初めて会ったわけだ。もっとも、最初は離れた所からわたしらの練習にちょこまかと付いて回って、見様見真似で同じ事をしようとしてただけだけどな」

「なにやら微笑ましい光景ですわね」


 小学生が一生懸命、大人の真似をする姿を微笑ましく想像し、笑みを浮かべる愛理沙。


 しかし……


「まあ、石段の千段うさぎ飛びや、蛇に山蛭がウジャウジャいる獣道ランニングが微笑ましいと思うなら、そうなんでしょうね」

「………………」


 かぐやの言葉で、愛理沙は一気に笑みを凍り付かせた。


「え、え~と……かぐやさんやお兄様は、そのようなメニューをこなせていたのですか?」

「まさか――名門プロレス部に入って来るような人のほとんどが逃げ出すような練習メニュー、小三でこなせる訳ないじゃない」

「そ、そうですわよね……」

「まあ、こなせないって事は、そんな獣道の途中で力尽きて動けなくなるって事だけどね。アハハハハハハ……」

「「「……………………」」」


 遠い目で天井(そら)を見上げ乾いた声で笑うかぐやに、新人達は揃ってポカンと口を開けて絶句した。


「はぁ……ホント、優人のせいで何度『わたし、このまま死んじゃうかも……』って思った事か……」

「まっ、今だから笑って話せるけど、実際に佐野の奴はホントに一度死にかけたしな、ハハハハハッ」


『いや、笑えませんわ……』

『笑えません……』

『笑えねぇってぇの……』


 智子の口にした物騒なセリフへ、新人達から心の中で総ツッコミが入る。


 最初に出た、一緒にお風呂やらファーストキスやらのワードから、恋バナに近い甘いトークを期待していた三人の思いは、既にこの地点で脆くも崩れ去っていた。


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